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「すみませんでしたっ。あんなことがあった後だし、絶対に陽さんからブロックされると思ったんです。それをされちゃうと、立ち直れないと考えついたら、先にブロックしちゃいました」


ずっと頭を下げたまま、一息で理由を告げた宮本を、複雑な心境で見下ろした。誰だって進んで傷つきたくないのは当然のことをなので、これ以上は責める気になれなかった。


「……頭を上げろよ」


はぁと深いため息をついてから話しかけた橋本の言葉に、宮本は恐るおそる顔を上げる。


「雅輝、本当に悪かったな。あのときは頭に血が上って、いっぱいいっぱいになった状態だったから、自分のことしか考えられなかったけどさ」


オドオドしている宮本を宥めるべく、薄い笑みを唇に漂わせてみた。すると宮本の不安そうな表情が、橋本の笑みを見た瞬間から消え失せた。

夜目でもわかるくらいに頬を上気させつつ、上目遣いで橋本を見たかと思ったら、慌てて瞼を伏せて視線を逸らす。明らかに様子のおかしい宮本に、どうしたんだと質問したかったが、とりあえず自分の気持ちを告げることを優先する。


「おまえが俺のために考えてくれたことは、つまるところお節介だけど、やっぱり嬉しかった。すぐには気持ちの整理はつかないとは思うけどさ、落ち着いたら視野を広げる努力をするよ」

「陽さんなら、きっといい人が見つかります。俺と違ってカッコイイし……」

「雅輝こそ、もっと自分に自信を持てって。男は見た目じゃない、中身だろ。おまえの持つ優しさは、間違いなく魅力になる」

「……例えばですけど陽さんはそのぅ、優しい人と付き合うのってどう思います? 優しさだけだとつまらないなんて、思ったりしませんか?」


赤ら顔をキープしたまま、たどたどしい感じで告げられた不思議な質問に、橋本は首を捻った。


「優しいヤツと付き合ったことがないから、イマイチ想像つかないけど、つまらないとは思わないかな」


答えにならないことを言ったのに、宮本の表情は安堵に満ちたものに変化した。


「おまえ、さっきからどうした?」

「なっ何でもないです、すみません。陽さんの好みはどんな感じなのかなぁと、つい気になっちゃって。キョウスケさんみたいな、イケメンがいいとか……」

「そりゃあ見た目が良ければ、言うことないだろうな。顔を突き合わすたびに、癒されるわけだし」


顎に手を当てて答えた橋本を、宮本は渋い顔で見つめる。そんな表情をさせている理由は、男は見た目じゃないと自らから言ったせいだろうと考えついた。舌の根の乾かぬ内に何を言ってるんだと、心の中で呆れているかもしれない。


「陽さんの中ではやっぱり、見た目も大事な条件のひとつになりますよね。見目麗しい相手ならデートをするたびに、俺もきっと見惚れちゃうだろうな」

「だけどそこまで、顔にはこだわりはないって。アッチの相性と趣味が合えば最高かな」


どことなく雲行きが怪しいのを感じた橋本が、適当なことを言って誤魔化すと、宮本の表情がますます難しいものになった。


「そうですよね。深い仲になったらそういうコトだってするんだし、相性が最悪だったら百年の恋だって、一気に冷めちゃうかも……」

「そんなことよりもおまえ、白銀の流星なんて呼ばれた、伝説の走り屋だっていうじゃないか。すげぇな」


店長から教えてもらった、宮本自身のことを告げた瞬間、目の前で顔全部をこれでもかと紅潮させる。


「なっ、なななななっ!」

「歌ってんのか?」

「ちっ違いますぅ……。その呼び名は車がデコトラになってからは、ほとんど呼ばれなくなったので、久しぶりに衝撃を受けただけでして。店長から聞いたんですか?」


宮本は照れながら慌てふためき、頭を抱えたと思ったら橋本に背中を向けて、声を上ずらせながら訊ねた。


「ああ。チームの誇りだとも言ってたぞ」

「もう1年以上前のことなんです。ちなみに後ろにある文太インプは、陽さんの愛車ですか?」

「文太インプって、なんだそれ?」


宮本の口から出た言葉は、聞いたことのない名称だったからこそ質問してみた。


「あー、すみません。好きなマンガの登場人物の父親が乗っていたので、その名前で呼んでしまって」

「それって、峠で走り屋をしてる若い男を主人公にしたマンガだろ。『頭文字はD』だっけ?」


うろ覚えの知識だったがタイトルを告げてやったら、勢いよく振り返って嬉しくて堪らないという笑みを顔に表した。


「そうですっ! 陽さんも読んでいたんですか?」

「絵柄が好みじゃなくてさ、読んでないんだ。俺は湾岸☆ミッドナイト派」

「好みは違うけど、同じ走り屋のマンガを読んでいることに、運命を感じてしまう……」


(そんなことを言ってたら、このマンガを読んでるヤツ全員と運命を感じなければならないってことを、雅輝はわかっていないだろうな)


「陽さん、折り入ってお願いがあるんですけど」


両手を握りしめながら、意を決した感じで告げられた宮本のセリフに、橋本は気圧されそうになった。それは友達になってくれと頼んできたものとは違い、真剣な宮本の眼差しが射竦めるように自分を見つめるせいで、ぶわっと緊張してしまう。


「な、なんだ?」

「インプの写真を撮らせてくださいっ!」


橋本の心配を他所にお願いされたことは、予想に反して簡単なことだった。肩透かしを食らった気分を噛みしめながら、二つ返事で了承してやる。


「ありがとうございます。それじゃあまずは、運転席からお願いします」


車体だけじゃなく、あちこち撮影することに若干呆れつつ、苦笑しながら運転席のドアを開けた。


「ほらよ。好きなだけ撮れば」

「ありがとうございます。じゃあ陽さんは運転席に座って、ハンドルを握ってください」

「ゲッ、俺も写すのかよ!?」


まさか自分込みの撮影とは思わなかったので、文句を含めてデカい声をあげてしまった。


「当たり前ですよ、これは陽さんのインプなんですから。一緒に写すことにより、互いの格好良さが引き出されるでしょうねぇ」


スマホを片手に握りしめながら、夢を見るように熱く語られても、宮本の熱意は橋本に伝わらない。むしろ、どんどん冷めていく一方だった。


「……俺なしじゃ駄目なのか?」

「好きなだけ撮ればと言ったのは、どこの誰でしたっけ?」


わざとらしく顔を寄せて訊ねた宮本に、橋本は顎を引いて距離をとる。


「くそっ! 好きなだけ撮ればいいだろ」


運転席にドカッと座り、言う通りに両手でハンドルを握りしめた。


「俺のスマホには、スマイルシャッターという機能が搭載されているです。陽さんが笑わないと、シャッターが下りないんですよねぇ」

「全然おかしくないのに、ここで笑えと言うのかよ……」

「好きなだけ撮ればと言ったのは――」


ひしひしと募っていく苛立ちを、ハンドルを握りしめることによってやり過ごし、橋本が仕事でいつも使っている営業スマイルを、口元に浮かべてみせた。


「わぁ、いい笑顔ですね。これは引き伸ばして、部屋に飾っ――」

「引き伸ばすな、スマホの画面の中だけに留めてくれ。そして、どうして撮影が連写になってるんだ? って言ってるそばから、連写するなよクソガキ!」


橋本の抗議で、連写していたシャッター音がやっと消えた。


「陽さんのちょっとした表情を見逃したくなくて、思わず連写しちゃいました。安心してください、その中から一番いいものを選んで」

「引き伸ばすなよ!」


ドスの効いた橋本の声を聞いてもなんのその、満面の笑みを浮かべた宮本は親指を立てながら、スマホの画面を見えるように掲げた。


「もちろん引き伸ばしません。運転中に眠くなったら、怒った陽さんの顔を見て目を覚まします」


(引き伸ばされるのも嫌だが、眠気を飛ばすのに使われるのも微妙すぎる……)


「そんだけ連写したなら、好きなだけ撮っただろ」


呆れたというように肩をすぼめながら車から降りると、宮本はまたしてもスマホを構えてシャッターを切った。


「おいおい、いい加減にしてくれよ……」


宮本が車好きなことは、ここで対面したときにすぐにわかったが、橋本込みで車を撮影するカメラ小僧ぶりは、正直ドン引きするものだった。


「陽さん、ありがとうございました。これでもう思い残すことはありません」

「思い残すことはないって、なんだそりゃ?」


まるで別れを匂わせた宮本の言葉に、橋本の眉間にシワが寄る。


「……だって俺がブロックしたことで、陽さんを傷つけました。そんな奴とは、友達でいられないですよね」


見るも無残にしょげる俯いた宮本のおでこに、橋本はデコピンを食らわせた。


「痛っ!」

「おまえが痛がったことで、俺の心の傷はなくなった。あとは手に持ってるスマホで、さっさとブロックを解除しろ」

「陽さん……」

「無鉄砲で何をしでかすか分からない、おまえを叱り飛ばす友達が必要だろ。懐の広い俺に感謝しろよな!」


胸の前で両腕を組んだ橋本をチラチラ見ながら、嬉しさを口角に表しつつ、スマホの操作をする宮本の目の前に、車のキーを差し出した。


「ブロックを無事に解除し終えたなら、特技の走りを披露してくれ」

「ええっ!? 陽さんのインプを俺が運転するんですか?」


両目を見開き、ところどころ声をひっくり返して驚きをあらわにした宮本の空いてる手に、橋本は無理やりキーを握らせる。

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