テラーノベル
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#希望
#感動的
◇◇◇◇
夜の王城、その奥に広がる花園は、昼間とはまるで別の顔を見せていた。
白い石造りの回廊からこぼれる灯りが、闇に沈みかけた庭をやわらかく撫でている。月光と灯火が混ざり合い、花々の輪郭を淡く縁取っていた。風が吹くたび、色とりどりの花びらがかすかに揺れ、静寂の中にざわめきを生む。
その中に、ひとり。
セレナは膝を折り、花に触れていた。
指先が花びらをなぞるたび、その白い肌に夜気がまとわりつく。けれど、その仕草とは裏腹に、彼女の顔色は冴えなかった。灯りに照らされてもなお、どこか影を帯びている。
「セレナ」
背後から呼ぶ声に、彼女は静かに振り返る。
「レオニス様」
そこに立っていたのは、戦勝の宴を抜け出してきたレオニスだった。まだ熱の残る戦場の空気をまとったまま、まっすぐにセレナを見つめている。
セレナは立ち上がり、裾を整えながら彼を迎えた。
「戻ろう。ここは冷える」
短い言葉だったが、そこには気遣いが滲んでいた。
しかしセレナは、小さく首を振る。
「いいえ。今は……少し、涼みたい気分なのです」
そう言って、空を仰いだ。
夜空には星が散りばめられている。だがその光を見つめる瞳は、どこか遠く、悲しみに沈んでいた。
「人が死にました」
ぽつりと落ちた言葉は、あまりにも静かで、それでいて重かった。
「ああ」
レオニスは否定も慰めもせず、ただ受け止めるように応じる。
「バリスハリスの人も……ヴァルディウス王国の兵も」
セレナの声は揺れていた。
「私……戦争が終わるまで、ヴァルディウスのことなんて考えていなかったんです」
自嘲のような息が漏れる。
「レオニス様の無事を、ただそれだけを……一番に考えていました」
「それの何が悪い」
「悪い、というより……」
言葉を探すように、視線を落とす。
「自分が、薄情な人間に思えたのです。私はヴァルディウスの兵たち……傷ついていたあの人たちの、全員の名前を知っています」
指先が閉まり、揺れる。
「子供の頃から、何度も顔を合わせてきた人たちです」
そして、少しだけ苦笑する。
「……全員と、結婚の約束までしていました」
「結婚の約束?」
レオニスが眉を上げる。
「はい。子供の頃の話ですから……向こうは忘れているかもしれませんけど」
遠い記憶をなぞるように、セレナは目を細めた。
「でも、その中の三十人が……今日、死にました」
言い終えた瞬間、瞳に涙が溜まる。
こぼれ落ちる寸前で、必死に堪えているのがわかった。
「セレナを殺そうとした連中だ。セレナが心を砕く必要はない」
「……でも」
言葉は続かない。
胸の奥に溜まった感情が、うまく形にならない。
「俺が助かってよかった」
はっきりと告げる。
「バリスハリスが勝ってよかった」
一歩、距離を詰める。
「それだけでいい。違うか?」
迷いのない言葉だった。
次の瞬間、レオニスはそっと腕を伸ばし、セレナを抱き寄せる。
強すぎず、けれど逃がさない力で。
セレナは抗うことなく、その胸に顔を埋めた。温もりが、じわりと体に広がる。
「……では」
小さく、くぐもった声が漏れる。
「そう思えるように、努力します」
そして、ほんの少しだけ顔を上げた。
「ですから……レオニス様の左腕を、治させてください」
「それはダメだ」
間を置かず返ってくる。
「なぜですか?」
不意を突かれたように、セレナが目を丸くする。
レオニスはわずかに笑みを浮かべた。
「これはな、セレナを守った証だ」
空いた袖が、夜風に揺れる。
「そう簡単に手放すつもりはない」
「……なんですか、それ」
呆れたような、しかしどこか救われたような声だった。
セレナの口元に、ようやく微かな笑みが戻る。
それを見て、レオニスもくくくと、くぐもった笑いを見せる。
「頭を何かで埋めたいなら、俺を使え」
「使う……?」
涙の余韻を残したまま、首を傾げる。
「どうやってですか?」
「目を閉じていればいい」
その言葉の意味を考えるよりも早く。
レオニスの顔が近づき、次の瞬間、唇が重なった。
「ッ///!!!」
声にならない息が漏れる。
力が抜ける身体を、レオニスの腕がしっかりと支える。
逃げ場のない距離で、ただ触れ合う熱だけが残る。
「こういうことだ」
囁くような声。
「……は、はい……」
頬を真っ赤に染め、視線を泳がせるセレナ。
先ほどまで胸を満たしていた悲しみは、いつの間にか形を変えていた。
「顔が熱いな」
レオニスは空を見上げる。
「もう少しここで涼んでから戻るか」
「そ、そうですね……」
ぎこちなく頷くセレナは、もう他のことを考える余裕などなかった。
夜風が、二人の間を静かに通り抜けていく。
花々は変わらず揺れ続けていた。
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