何の脈略もなく同窓会の開催を宣言され、出鼻を挫かれた朝陽は、間抜けな声を出してしまう。
一体、何を考えてそういう結論に行き着いたのだ。
「何でいきなり同窓会?」
「もしかしたら学生時代の友人に、俺の恋人を知っている奴がいるかもしれないだろ」
なるほど、そういうことかと納得する。そして同時に、朝陽はその友人筋から自分達の関係が知られることはないと安心した。
朝陽と隼士が恋人同士になったのは、高校卒業後。つまり高校時代の旧友達は、友人同士だった時の姿しか見ていない。多分、尋ねたところで知らないと言われるだろう。
「ああ、そういうこと……でも、それなら電話で聞くだけでもいいんじゃ……」
「いや、恋人のこともあるが、学生時代のことでも忘れていることがあるかもしれないから。そういったことも含めて話を聞くなら、電話よりも皆で集まって飲みながらのほうがいいと思ってな」
「まぁ、それは理には適ってるけど……」
しかし、失った記憶を取り戻すために同窓会まで開くとは、大した奴だ。朝陽は隼士の行動の早さに思わず感心してしまう。
「ということで日程が決まったら教えるから、朝陽も来てくれ」
「え、俺も参加すんのっ?」
「出来れば……いや、絶対に参加して欲しい。ほら、俺の記憶は不安定だから、もしかしたら旧友のことも朝陽のように忘れてるかもしれないだろ?」
もしも記憶障害が起こっていた場合、今と昔の隼士を知る朝陽の存在は、必要不可欠になると隼士は言う。
確かに事情があるとはいえ、高校時代を仲良く過ごした友人を忘れていたらと考えると、不安になる気持ちも分かる。だが――――。
「うう……ん……」
切羽詰まった顔で頭を下げる隼士の旋毛を見つめながら、どうしようかと悩む。
今回は懸念の必要がない場所だから参加しても構わないが、真実を隠したい側の人間としては恋人探しに協力する人間だとも思われたくない。けれども断る理由もすぐには出てこないし、何よりこんなにも切実な顔と声で頼まれてしまっては断るにも心苦しい。
「なぁ、そんなに恋人が誰だったか知りたいの?」
「どうして、そんなことを聞く?」
「だってさ、記憶にも残ってないし、相手だって隼士の前に現れないじゃん」
普通、将来の約束をした相手が事故に遭ったと知ったら、真っ先に駈けこんでくるもの。だというのに、隼士の恋人は事故から随分経っても姿を表さない。それを不信に思わないのか、と朝陽は静かに問う。
「そうかもしれないが記憶に関しては俺のせいだし、相手にもそれなりの事情があるからかもしれない。だったら俺が探し当てて辿り着くのが、筋ってもんじゃないか?」
「それは……そうかもしれないけど……」
相手を放って置くことなどできないと強く語る隼士に、何も言えなくなってしまう。
「それにな……多分、俺はこの指輪の片割れを持つ恋人のことを、心底愛していたと思うんだ」
「え……?」
「記憶には残ってないが、この指輪を見ていると凄く胸が熱くなるし、早く見つけなければと焦りも湧いてくる。きっと本能が覚えてるんだろうな……」
言いながら愛おしそうに指輪を見つめる。その優しくも柔らかな表情に、朝陽の胸は切なく締まった。
つい十日前まで、隼士はこの微笑みをこちらに向けて「愛している」と囁いてくれた。
目の前にあるのは同じものなのに、これは朝陽に向けられたものではない。改めて現実を思い知らされると、身勝手だと分かっていても寂しいと感じてしまう。
「だから手伝って欲しいんだが……朝陽?」
「えっ? あっと、ごめん。ちょっとボーッとしてた。……うん、いいよ。隼士がそこまで言うなら、付き合ってやるよ」
「本当かっ? すまない、恩に着る」
まだ迷う部分もあるが、元はといえば自分が起こした行動が原因なのだから、最後まで付き合うのが筋だろう。そして隼士の気が済むまでとことん探して、見つからない結末を迎えたら、そっと新しい一歩を踏み出す背を押してやるのだ。
「じゃあさ、時間と場所決まったら連絡して。あと喜んでるところ悪いんだけど…………そろそろ、この手離してくんないかな?」
言いながら朝陽は、先程からずっと隼士に握られたまま不自由になっている自らの両手に視線を向けた。途中、指輪を取り出すために片手は離れたものの、それでも体格に比例した大きな掌に握り込まれれば、例え片手といえども容易く抜け出すことはできない。だからこそ、さっき話題を変えようとした時に言い出そうとしたのだが、結局隼士の話に流されていまい言えず終いだったのだ。
「へ……? ぬうぉわっ! す、すまん!」
指摘され、漸く事態を把握した隼士が真っ赤な顔をして謝りながら手を離す。どうやら当人は無意識だったらしい。
「ったく、お前、自分が馬鹿力だってこと自覚しろよな」
包丁を握る大切な手が再起不能になったら困るのはお前だぞ、と文句を吐きながら隼士にデコピンをお見舞いしてやる。
それから料理の続きをするとキッチンに戻った朝陽は、包丁を持ったふりをしながら、そっと隼士に握られていた両手を見つめた。
隼士はさっき、本能が覚えてるんだろうなと言っていたが、確かにそうかもしれない。記憶を失う前の隼士は、朝陽の手に触れたり繋いだりするのが好きだった。テレビを見ている時なんかでも、無意識に朝陽の手を取っては「触り心地がいいから」と握ったり撫でたりしていた。
もしもさっきの行動が、本能でのものだというなら――――。
「本能、こわっ……」
人間というは、いつ何時奇跡を起こすか分からない生き物だ。無意識下のことだから思い出すわけではないと安心していると、どんでん返しに遭う可能性だってある。
これは侮らないよう肝に銘じておかなければ。朝陽は再度気を引き締める、包丁を握るのだった。
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