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烏帽子島は、動かない。けれど、確かに見ていた。部埼の姿を、目を伏せることなく、じっと見ていた。
「また、来たのか。」
低く、感情の乏しい声。けれど確かに、彼の声だった。
「こんなに遅くなって……お前らしいな。」
部埼は答えなかった。だが、胸元の懐中から、一振りの古びた杖を取り出す。
「……覚えてるか。あのときのこと。」
杖の柄には、小さく刻まれた印がある。
「EBOSHIMA」と、乱れた手彫りの文字。
「お前が灯台になったばかりの頃、武器をどうするかで困ってた。」
「……ああ。」
「だから俺が、余ってた部材と木の芯で、作った。」
烏帽子島の目が、かすかに揺れる。
「“なんで俺にくれたの?”って、お前、そう言ったな。」
「……」
「言わなかったけど。あの時、俺はお前に言いたかった。」
部埼は杖を強く握りしめ、言葉を吐き出す。
「“お前が、俺よりちゃんと前を見てるからだ”って。」
「お前の灯りは、いつも先にあった。俺は、それを見て……何度も助かった。」
「お前が、俺の……灯だったんだよ。」
沈黙が、空間を包む。
その沈黙の中で、烏帽子島の杖がかすかに震えた。
「……それを、今さら言いに来たのか?」
「今じゃなきゃ、言えなかった。」
「俺はずっと、振り返ってばかりだった。お前にも、六連島にも……ちゃんと向き合えてなかった。」
「でも今は違う。今度こそ、言うべきことを言いに来た。」
部埼が歩を進める。烏帽子島との距離が、わずかに縮まる。
「帰ろう。お前の灯は、まだ消えてない。」
「……本当に、そう思ってるのか?」
烏帽子島の声が、低く、苦しげに漏れる。
「俺は……あの時、お前に言われたかったんだ。 “ちゃんとできてる”とか、“いていい”って…… 誰も言ってくれなかったから、自分で言うしかなかった。だから、マントを着た。かっこつけて、平気なふりして……」
「だけど、心のどっかじゃ……ずっと、待ってた。」
「お前が、俺の名を呼ぶのを。」
部埼は、静かに手を伸ばす。
「烏帽子島。」
「……」
「お前は、ちゃんとできてる。お前がいることで、守られてきた灯がある。」
「だから、俺はお前を――」
言い終える前に、空気が震えた。
逆光の空が、裂ける。
黒い光が、烏帽子島の身体を包み込み――そして、砕けた。
闇がほどけ、彼本来の姿がそこに現れる。
マントはいつも通り、風になびき。杖は静かに光を宿している。
目元には、確かな涙の痕。
「……バカだな、お前。」
そう言って、烏帽子島は笑った。
遠くで、観音埼が叫ぶ。
「やったー! 戻ったじゃん、えぼっしー!」
「しっかり者健在やな。」角島が微笑み、特牛がほっと息をつく。
神子元島が小さく呟く。
「これで……四人目。」
空に、再び名前が浮かび上がる。
剱埼
石廊埼
残りは二つ。
部埼は、杖を烏帽子島へ返す。
「……悪かったな。遅くなった。」
「うん。でも――ちゃんと来てくれて、ありがとう。」
健気な青年の笑顔は、ようやく“本物”に戻っていた。