TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

シェアするシェアする
報告する

ー女みてぇな奴ー


それが

アイツを初めて見た時の

俺の第一印象だった。



桜の幹からゆっくりと

産まれ出たソイツを

俺は重力操作でふわりと持ち上げ

慎重に引き抜く。


そして

そのまま地面へと降ろした。


足が大地を踏みしめる。


それと同時に

ソイツは初めてこの世界を知るように

ぼんやりと辺りを見渡した後

俺の顔を見た。


「⋯⋯貴方は?

僕は⋯⋯いったい⋯⋯?」


まだ意識が朦朧としているのか

ソイツの鳶色の瞳は

微かに揺らいでいた。


黒褐色の長い髪が

静かに風に靡く。


端正な顔立ち。


何処か儚げな雰囲気を纏うその姿。


俺は、じっとソイツを見下ろした。


(なんだこいつ⋯⋯

女みてぇな顔しやがって)


俺は無意識に歯を食いしばる。


青龍に比べられ続けた相手が


⋯⋯これか?


なんだか、腹が立ってきた。


「はっ!⋯⋯よぉ、麗しいお嬢さん」


俺は皮肉たっぷりに言った。


「生憎⋯⋯俺には、名が無くてなぁ?」


青龍が、小さく息を呑む気配がした。


ソイツは

ぼんやりと俺を見ていた。


何処か

まだ夢の中にいるみたいな表情で。


すると

青龍がずっとこの日の為にと

繕っていた服を手に

静かに足元に傅いた。


「⋯⋯時也様、お召し物を」


ソイツ⋯⋯青龍が〝時也〟と呼ぶ男は

青龍が差し出した服を見つめる。


そして、ゆっくりと手を伸ばし

袖を通し始めた。


その動きは

身体の感覚を確かめるように

慎重だった。


青龍の山吹色の瞳が

静かに俺を射抜く。


「貴様、少しは口を慎め」


と言いたげな視線だったが

俺は気にしねぇ。


服を整えながら

ソイツの瞳が真っ直ぐに俺を捉えた瞬間


ー微笑みやがったー


まるで

全てを見透かすような微笑みに

僅かに肌が粟立つ。


「⋯⋯名がないのは不便でしょう。

僕が、名付けても?」


俺は、思わず言葉を失った。


〝名が無い〟なんて話

普通なら嘘だと思うだろ?


皮肉だと思うだろう?


なのに⋯⋯こいつは。


まるで何の疑いも無く

さらっと言いやがった。


「⋯⋯⋯っ」


俺は思わず

無意識に一歩後退る。


ーなんなんだ、こいつー


〝名を持たない〟事が

ずっと当たり前だった俺にとって

コイツの言葉は

あまりにも異質だった。


そんな俺の様子を見た青龍が

静かに頭を下げた。


「時也様

この者の無礼をお許しください。」


俺は、はっとして時也を見た。


その男は

穏やかな顔のまま

青龍の言葉に耳を傾けている。


「この者は⋯⋯

アリア様と同じく

魔女の異能を持っていましたので

この青龍が拾いました」


そう言いながら

青龍は俺をじっと見据えた。


まるで〝覚悟を決めろ〟と言うように。


「どうか、お名付けください」


俺の名を⋯⋯こいつが?


そんな事、考えた事もなかった。


⋯⋯なのに。


時也は服の襟を整えながら

まだ朧気な顔のまま

考えるように黙っていた。


しかし

漸く頭が冴えてきたのだろうか?


時也の顔に、

ハッとした表情が浮かんだ。


「⋯⋯アリアさんっ!」


その声は

切実な響きを持っていた。


「彼女は⋯⋯どこに!?」


その言葉が発せられた瞬間


俺は、見てしまった。


青龍の顔に

初めて見る〝憂い〟が浮かんだのを⋯⋯。


「アリア様⋯⋯

奥方様は、ずっと其処で⋯⋯

貴方様をお待ちしておりました」


青龍が視線を向けた方へ

時也もまた、ゆっくりと顔を上げる。


その鳶色の瞳が、微かに揺れた。


俺には

その目の中の感情が何なのかは

分からねぇ。


ただ、確かに揺れ動いていた。


それは、笑うようであり

泣きそうでもあり⋯⋯


何かを押し殺すような

それでいて

堪えきれないような

そんな目だった。


時也は

まだ生まれたての

小鹿のような足取りで進むと


桜の幹の根元

アリアの結晶に縋りついた。


「アリアさん⋯⋯っ!

あぁ、なんて事⋯⋯

こんな⋯こんなお姿に⋯⋯っ!」


ー僕の所為だ⋯⋯っ!ー


その声は

張り裂ける程の

悲痛な響きを孕んでいた。


細い指が

結晶の表面をなぞる。


其処に閉じ込められた彼女を

震える手で

どうにか掴もうとするかのように。


届かないと分かっていながら

それでも⋯⋯


時也は

大粒の涙を隠す事もなく

嗚咽混じりに叫んだ。


それは

〝悲しみが産まれた産声〟のように

聞こえたよ。


俺は、それをただじっと見ていた。


⋯⋯俺は、愛なんてものは知らねぇ。


だからこそ、その姿が

どうしようもなく

情けなく見えたんだ。


俺は

どれだけ泣いたって喚いたって⋯⋯


差し伸べられる手も

温かな声も

野良犬の俺には一度も無かったからな。


「⋯⋯あーあー。見てらんねぇな?」


俺は、冷めた声で呟いた。


拳を握り締めながら

それでも何処か

苛立ちを隠せないまま。


「女みてぇに

びーびー泣きやがってよぉ。

泣いて、変わる事でもあるのかよ?」


俺の言葉が響いた瞬間


時也の震えていた背中が

ピタリと止まった。


ゆっくりと

俺の方へ振り返る。


(⋯⋯さすがにキレたか?)


一瞬、身構えた。


だが⋯⋯違った。


俺の目に映った鳶色の瞳に

怒りの色は無かった。


時也は

ぐしゃぐしゃの涙と鼻水塗れの顔で

俺を暫くの間

言葉も発さずにじっと見つめる


(何だ、コイツ。

俺を見ながら⋯⋯何かを、見てるような?)


やっと視線を外したかと思えば

そのまま静かに

また大粒の涙を流した。


「⋯⋯えぇ

貴方の⋯⋯仰る通りですね」


涙に濡れたままの声で

彼は言った。


「お見苦しい所を

お見せして⋯⋯すみません」


そう言って

時也は地面に膝をついた。


そして──


指を丁寧に並べ

深々と頭を下げた。


俺は、一瞬

何が起こっているのか分からなかった。


⋯⋯何故だ?


普通、此処で謝るか?


俺は、こいつを侮辱したんだぞ?


それなのに

こいつは⋯⋯何で俺に頭を下げる?


俺は混乱したまま

時也の姿を見下ろした。


やがて

ゆっくりと顔を上げた時也は


寂しそうに

微笑んでいた。


「貴方はもう⋯⋯

野良犬ではありません」


俺は、息を呑んだ。


(今⋯⋯野良犬っつったか?

何で⋯知って⋯⋯っ)


そして、次の言葉が俺の耳に届く。


「先ず、貴方に名を授けましょう 」

紅蓮の嚮後 〜桜の鎮魂歌〜

作品ページ作品ページ
次の話を読む

この作品はいかがでしたか?

364

コメント

1

ユーザー

初めて与えられた〝名〟 初めて手にした〝家族〟 そして、魂を燃やして挑んだ彼女の救出。 ソーレンの運命は、もう孤独な野良犬のものではない── 涙と再生の夜が、すべてを変えた。

チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚