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「貴方には、野良犬ではなく⋯⋯
一個の強き
そして、荘厳な存在として
生きて欲しい」
時也は、俺をじっと見つめながら
そう言った。
まるで、それが
〝当然〟であるかのように⋯⋯
なんの疑いも無く
俺を〝存在〟として認めるように。
「⋯⋯ソーレン・櫻塚
で、いかがでしょう?」
その声が発された瞬間
俺は〝何か〟になった。
〝何か〟に〝なってしまった〟んだ。
訳のわかんねぇ感情が
頭と身体を駆け巡る。
熱いのか
冷たいのかも分からねぇ。
ただ、胸の奥が
何かに締め付けられるような
感覚だった。
ーこれは、何だ?ー
「時也様⋯⋯
櫻塚の姓は、どうかと思われますが」
青龍の低い声が
俺を現実に引き戻した。
その山吹色の瞳が
時也をじっと見据えている。
けれど、時也は静かに首を傾げた。
「何故です? 青龍。
お前が拾って育ててくれた方なのです。
家族も同然でしょう?」
家族—?
俺は、息を呑んだ。
〝家族〟なんて言葉
一度も言われたことがねぇ。
〝仲間〟ですらなかった。
〝居場所〟なんてものは
俺には存在しなかった。
俺はただの
〝生きる為の獣〟だった。
なのに⋯⋯こいつは
初対面の俺に〝家族〟と
そう言った。
「ですが⋯⋯」
青龍が口を開きかけるが
何か言葉を飲み込んだように押し黙る。
ー家族も同然でしょう?ー
俺は、思わず拳を握り締める。
なんでコイツは
こんな簡単に
そんな事を言えるんだ?
俺みたいな
何処にも属さねぇ〝野良犬〟に⋯⋯。
—だけど。
俺は、生まれて初めて
〝生きていて良い〟と
言われた気がしたんだ。
俺の存在を
〝此処に有るもの〟として
認めてもらえたような。
そんな、初めての感覚だった。
「⋯⋯ソーレン、だけでいい。」
俺は、そう呟いた。
声が震えていたかもしれない。
「俺は、ただの⋯⋯ソーレンだ。」
時也は、穏やかに微笑んだ。
その笑顔は
何処か寂しげで
それでも⋯⋯温かかった。
「姓はまた、後ほど考えましょうか。
では、改めて⋯⋯
よろしくお願いいたします。
ソーレンさん。」
俺は、その言葉を聞いて⋯⋯
漸く〝ソーレン〟になったんだ。
「それでは⋯⋯始めましょうか。」
時也の静かな声が
冷たい夜気の中に響いた。
「あ?
始めるって⋯⋯何をだよ?」
俺は、訝しげに眉を寄せる。
その問いに
時也はふっと微笑みながら
そっと、アリアの結晶に手を添えた。
まるで
壊れものに触れるように慎重に
そして⋯⋯慈しむように。
「彼女を⋯⋯
アリアさんを
起こして差し上げましょう。」
その言葉と共に
時也は青龍に視線を向ける。
「青龍、護符の用意を」
青龍は無言のまま
時也の前に跪き
ひとつの〝羽根ペン〟を捧げた。
それは、まるで
炎のように淡く輝き
揺れていた。
時也はそれを手に取り
目を細める。
その表情は
懐かしさと、切なさを
滲ませていた。
「⋯⋯アリアさんの羽根で拵えた
僕の愛用品。
持っていてくださったんですね?」
青龍は静かに頷いた。
その姿は
何処か〝誓い〟のようでもあった。
時也は羽根ペンを手に持ち
渡された護符の紙に
何やら書き込んでいく。
その筆致は迷いなく
まるで長い年月を超えて
今この瞬間を待っていたかのように
滑らかだった。
「どうやって、起こすってんだよ?」
俺は、結晶を一瞥する。
「この結晶は
俺の力でも
割れなかったんだぜ?」
「ふふ。その為の⋯⋯護符ですよ。」
(いや、お前⋯⋯
俺の能力がどんなんか
知らねぇだろ⋯⋯)
ー重力の力ですら
あの結晶に傷ひとつ付けられなかったー
時也は、護符を手に近付くと
俺の胸に一枚
青龍の腕にも一枚
護符を貼った。
その瞬間⋯⋯妙な感覚が走る。
まるで
内側から熱が溢れてくるような。
まるで
自分自身が別の何かに
変わりつつあるような。
⋯⋯何だ? これは。
時也は
最後の護符をアリアの結晶に貼ると
そっと、両手を広げた。
次の瞬間
全ての護符が
一斉に光を放つ。
まるで
月光そのものが
具現化したかのような白い光が
周囲を包み込む。
桜の枝が
まるで蛇のように蠢く。
幾本もの枝が先端を鋭く変え
絡み合いながら渦を巻く。
青龍の腕が
黒曜石のような鱗に覆われ
巨大な爪へと変貌する。
闇に沈む獣の如き
禍々しくも神聖な姿。
そして⋯⋯
俺の身体が、熱い。
いや、熱いなんてもんじゃねぇ。
まるで
生命を燃やしているような感覚。
力が膨れ上がり
それが無理やり底上げされるような
そんな異様な感覚だった。
「時也様!
蘇られたばかりだというのに⋯⋯
直ぐ死ぬおつもりですかっ!!」
青龍の焦った声が、耳を打つ。
「このように一気に
氣を流されては⋯⋯っ!!」
しかし、その叫びを
時也は、穏やかな声で遮った。
「⋯⋯青龍」
その声があまりにも静かで
優しくて
だからこそ、異様だった。
青龍が息を呑む。
俺も、その場に立ち尽くす。
時也は、青白く光る護符の中心で
寂しそうに微笑んでいた。
「もう、僕は⋯⋯
彼女と〝同じ〟のようです」
その言葉に、青龍の瞳が見開かれる。
次の瞬間
青龍の頬を、一筋の涙が伝った。
「⋯⋯⋯⋯っ」
それは、静かに落ちて
地面に吸い込まれていく。
けれど、その涙が乾くよりも早く
青龍は〝人ならざる咆哮〟を上げた。
「小僧! 全ての力を出し切るのだっ!!」
その瞬間、俺の背筋が凍る。
青龍の〝覚悟〟が
言葉の重みとなって伝わった。
その涙の理由は
俺には分からなかった。
だけど、言われた通りに
俺は全力を出し切った。
重力が渦を巻く。
青龍の爪が唸りを上げる。
桜の枝が、大蛇のようにうねり
全ての力が
結晶に貼られた護符の一点に収束する。
その瞬間だった。
「⋯⋯⋯っ!」
結晶に、一筋の〝亀裂〟が走る。
それは、ゆっくりと広がり⋯⋯
やがて、粉々に砕け散った。
光の粒が
夜の闇に溶けるように舞い上がる。
しかし、 俺は⋯⋯
その瞬間、膝から崩れ落ちた。
「⋯く⋯っ、あ、ぁ⋯⋯⋯」
身体が動かねぇ。
まるで
俺のじゃねぇみたいに
力が抜けていく。
視界が霞む。
けれど
最後に見えたのは
〝あいつ〟だった。
時也が
涙の海に濡れた〝彼女〟を
抱き上げる姿が。
必死に、彼女の名を呼び続ける姿が。
そして
俺の意識は
身体に纏わりつく
タールのような疲労感に
引き摺り込まれるようにして
沈んでいった。