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20
あまね🍡💠
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帰りの車内。
窓の外を、夕暮れの景色が流れていた。
行きの車内とは違い、誰もほとんど話さない。
九条は窓の外を見ている。
蒼井は腕を組み、目を閉じていた。
湊も座席に深く座り、ぼんやりと外を眺めていた。
泥に覆われた道路。
壊れた家。
泣きながら写真立てを抱きしめた女性。
立入禁止区域へ入っていった子供。
崩れた地面。
そして。
巨大な瓦礫を支えていた蒼井の姿。
一日の出来事が、何度も頭の中に浮かんでくる。
「朝霧。」
日下部の声がした。
「はい。」
湊は身体を起こす。
「寝ていいぞ。」
「大丈夫です。」
「そうか。」
日下部はそれ以上何も言わなかった。
再び車内が静かになる。
湊は窓の外を見る。
まだ考えなければならないことがある。
今日のことを。
自分がしたことを。
できなかったことを。
そう思っていた。
だが。
数分後。
湊の頭がゆっくりと傾いた。
そして。
眠った。
九条が湊を見る。
「寝ましたね。」
日下部は前を向いたまま答えた。
「ああ。」
蒼井がゆっくりと目を開ける。
眠っている湊を見る。
そして。
何も言わず、再び目を閉じた。
――――――――
翌日。
育成プログラム施設。
湊が訓練場へ入ると、九条が待っていた。
「朝霧。」
「はい。」
「昨日の自分の行動を、どう思う?」
突然の質問だった。
湊は少し考える。
「子供を助けられて、良かったと思います。」
九条は何も言わない。
ただ、湊の次の言葉を待っている。
湊は昨日の出来事を思い出した。
子供を見つけた。
でも。
地面が崩れた。
帰る道がなくなった。
「……でも。」
「僕一人だったら、助けられませんでした。」
九条が静かに湊を見る。
「どうしてそう思う?」
「僕は子供を見つけました。」
「でも、見つけただけです。」
湊は自分の手を見る。
「地面が崩れた時、僕には何もできなかった。」
「蒼井さんが道を作ってくれなかったら。」
「九条さんが瓦礫を止めてくれなかったら。」
「日下部教官が指示を出してくれなかったら。」
湊は少しだけ言葉を止めた。
「僕は、子供と一緒に戻れなかったと思います。」
九条は黙って聞いていた。
「第18話で、蒼井さんに言われました。」
「綺麗事だけじゃ、人は助けられないって。」
湊は顔を上げる。
「少しだけ、意味が分かった気がします。」
「助けたいと思うだけじゃ、足りない。」
「知識も。」
「判断も。」
「経験も。」
「それに……。」
湊は昨日の三人を思い出す。
「一人で全部やろうとしないことも、大事なんだと思いました。」
しばらく。
九条は何も言わなかった。
やがて。
「そうか。」
短く答える。
「それに気づけたなら。」
九条は湊を見る。
「昨日、現場へ行った意味はあった。」
湊は小さく頷いた。
「はい。」
九条は歩き出す。
「朝霧。」
「はい?」
「昨日のことを忘れるな。」
「助けられたことも。」
「助けられなかったかもしれないことも。」
湊は九条の背中を見る。
「……はい。」
――――――――
訓練場には、昨日防災訓練へ参加していたメンバーたちも集まっていた。
湊が入ると。
「おい。」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
輝羅が壁にもたれている。
その近くには如月もいた。
「で?」
輝羅が聞く。
「本物の現場はどうだった?」
湊は少し考える。
昨日の光景が頭に浮かぶ。
「……怖かった。」
輝羅が少し意外そうな顔をする。
「怖かった?」
「ああ。」
「訓練とは全然違った。」
「何が起きるか分からなかった。」
湊は一度言葉を止める。
そして。
「でも。」
輝羅を見る。
「行って良かった。」
輝羅は湊を見つめる。
「そうか。」
それ以上は聞かなかった。
「あなたが朝霧湊くんね。」
突然。
女性の声がした。
湊が振り返る。
昨日、日下部の隣に立っていた女性教官。
富山美鈴だった。
「はい。」
「そうですけど……。」
美鈴は湊を見る。
「昨日、日下部教官から聞いたわ。」
湊の身体が少し固くなる。
「えっ。」
「僕、何か……。」
美鈴が笑う。
「そんな顔しなくていいわよ。」
「怒られるような話じゃないから。」
「……良かった。」
湊が少しだけ安心する。
美鈴はそんな湊を見て、また笑った。
「初めての現場だったんでしょう?」
「はい。」
「怖かった?」
湊は少し驚いた。
さっき。
輝羅にも同じことを聞かれた気がした。
「……怖かったです。」
「そう。」
美鈴は静かに頷く。
「じゃあ。」
「その感覚は、忘れないでね。」
「え?」
湊は美鈴を見る。
美鈴の表情から、先ほどまでの笑顔が少し消えていた。
「怖いと思うから、慎重になれる。」
「怖いと思うから、周りを見る。」
「自分は大丈夫だと思い始めた時の方が。」
美鈴は少しだけ笑う。
「私は怖いから。」
湊は黙って、その言葉を聞いていた。
「怖がることは、悪いことじゃないんですか?」
「もちろん。」
美鈴は答える。
「大切なのは、怖い時にどう動くかよ。」
湊は少し考える。
そして。
「はい。」
美鈴は満足そうに頷いた。
「じゃあ、今日も頑張って。」
「はい。」
美鈴が離れていく。
その背中を見ながら。
湊は小さく呟いた。
「色んな教官がいるんだな……。」
「今頃気づいたのか。」
輝羅が言う。
「いや、そういう意味じゃなくて。」
「じゃあ、どういう意味だ。」
「……分からない。」
輝羅が少し笑った。
その様子を。
如月は少し離れた場所から見ていた。
――――――――
その日の訓練。
湊は一人で資材を運んでいた。
能力を使わない。
人の手で行う訓練。
昨日の現場でも。
能力だけで全ての作業をしていたわけではない。
持ち上げる。
運ぶ。
置く。
単純な作業。
だが。
何度も繰り返すと、少しずつ身体が重くなっていく。
「……重い。」
湊は地面に置かれた箱を持ち上げようとする。
両腕に力を入れる。
「よいしょ……。」
「朝霧。」
後ろから声がした。
湊が振り返る。
蒼井だった。
「はい?」
蒼井は湊の持ち方を見る。
「腰を落とせ。」
「え?」
「その持ち方じゃ、すぐに腰を痛める。」
湊は自分の姿勢を見る。
「こうですか?」
「違う。」
蒼井が少し近づく。
「腕だけで持とうとするな。」
「足を使え。」
湊は言われた通りに腰を落とす。
そして。
もう一度、箱を持ち上げる。
「……あ。」
さっきより軽い。
「持ちやすい。」
蒼井はそれだけ確認する。
そして。
何事もなかったように歩き出した。
湊はその背中を見る。
「蒼井さん。」
蒼井は止まらない。
「ありがとうございます。」
返事はなかった。
振り返りもしない。
そのまま歩いていく。
「……。」
湊は蒼井の後ろ姿を見る。
昨日までなら。
きっと何も言わなかった。
そんな気がした。
何が変わったのか。
湊には、まだ分からない。
蒼井が変わったのか。
自分が変わったのか。
それとも。
何も変わっていないのかもしれない。
ただ。
昨日までとは。
ほんの少しだけ違っていた。
――――――――
訓練が終わった。
湊は荷物を持ち、施設を出ようとしていた。
「朝霧湊。」
突然。
後ろから名前を呼ばれる。
湊は振り返った。
そこに立っていたのは。
如月だった。
「はい?」
如月は何も言わない。
ただ。
湊をじっと見ている。
「……あの。」
湊が困ったように声を出す。
如月は少しだけ首を傾けた。
そして。
「あなた。」
一度、言葉を止める。
「面白いね。」
「え?」
それだけ言うと。
如月は歩き出した。
「ちょっと待って。」
如月は止まらない。
「どういう意味?」
返事はない。
そのまま去っていく。
湊は一人、その場に立っていた。
「……何だったんだ?」
「知らねぇ。」
すぐ近くから声がした。
振り返る。
輝羅がいた。
「いつからいたんだ?」
「最初から。」
「じゃあ、あれどういう意味だ?」
「知らねぇって言ってるだろ。」
輝羅はそう言いながら。
少しだけ笑っていた。
「何だよ。」
「別に。」
「絶対何か知ってるだろ。」
「知らねぇ。」
「笑ってるじゃないか。」
「気のせいだ。」
二人の声が廊下に響く。
現場から戻った。
施設は何も変わっていない。
訓練場も。
廊下も。
そこにいる人たちも。
昨日までと同じ。
それでも。
何かが少しだけ。
変わり始めていた。
第21話 変わったもの 完
コメント
1件
第21話、読ませていただきました。 現場を経験した湊くんの成長がじんわり伝わってきて、胸がじんとしました。「怖いと思うことが悪いことじゃない」という美鈴教官の言葉、とても響きましたね。あと、蒼井さんの「腰を落とせ」の一言、あれだけで距離が変わった感じがして、良いシーンでした。変わっていないようで、確かに変わっていく――その空気感が素敵です。次話も楽しみにしています🌷