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最終話 男の肖像
数年後、光輝は突然失踪した。
俺は画家になって、智也くんは大学生になった。加奈さんは美容師の専門学校に通っていて、穂高はパン屋さんで働いている。みんなそれぞれの道を歩んでいた。
俺が大学から帰ると、光輝はすでにいなくなっていた。俺の机にあったのは光輝からの手紙だった。
「Drow me」
馬鹿野郎。
みんなが必死で町中光輝を探し回ったが、光輝は見つからなかった。その間、光輝の両親はなにもしなかった。智也がいれば、それでいいのだろう。
「なぜそんなに平然としていられるの?」
何回も聞いた言葉だ。恋人が行方不明になったら、心配したり、泣いたりするだろう。だが、俺はなにもしなかった。それは、わかっていたからだ。いつかはこうなると。
目立つくせに、少しでも目を離せばスッと消えてしまいそうな彼を、俺は見てきたんだ。終わりの覚悟は出来ていた。消えることはわかっていたのに、なぜ光輝が消えたのか、その理由はわからない。
光輝がいなくなると、俺には退屈な日々が帰ってきた。光輝と出会う前のように、退屈で、白黒な世界がただいまと挨拶をする。だが、前と変わったのは、光輝が残してくれた部屋やアトリエがあること。そしてなによりも、智也くんが居てくれること。智也くんは俺を支えてくれた。
光輝がいなくなって、智也くんも大変だったことだろう。なのに、俺の絵の手伝いや、俺の絵をネットに載せて評価を集めたりしてくれている。光輝が拭ってくれた冷たい汗は、いつの間にか智也くんが拭ってくれるようになった。
それでも俺は、光輝のように智也くんの目を通しても色を見ることができなかった。俺はもう二度と色を見ることができないのだ。
光輝がいなくなって、なにも感じてない訳じゃない。
悲しみ、怒り、絶望、喪失、それでも愛してる気持ち。ちゃんと複雑に絡まりあった全てを手に抱えている。ただ、ぶつけるところがないから出していないだけ、だからみんなが見えていないだけ。隠し通して、ないものにしようとしてるだけ。
望み通りにしてやるよ。
俺はお前が大嫌いだ。だから、お前を描き続けてやる。消えたいと願ったお前をこの世に残すために、描き続けてやるよ。
「なぁ、だから戻ってきてもいいんだぜ?」
流れる涙はお前が殴った証だ。垂れ落ちた涙が絵の具を濡らし、キャンバスは泥に濡れていく。
嘘をつくことでしか生きられない俺は、今でも本音を話せずにいる。俺が初めて言った本音は、お前のものだった。お前がいなくなった俺は、とうに生き方を忘れてしまっていた。また俺は、嘘をつくことでしか生きられなくなった。お前のせいでな。生き方を教えてくれたのは、お前だったんだよ。
「……冬夜さん。」
ドアを開けて入ってきた彼は、大きな暖かい手で優しく背中をさすってくれた。智也くんは俺よりも大人だった。ずっと冷静で、光輝がいなくなって悲しみつつ現実を受け入れて、前に進んでいっている。
画家になってしばらくたち、作品数が増えたことで俺は個展を開いた。
個展にはネットで俺のことを知ってくれた人達が多く来てくれた。これも全部智也くんのおかげだ。
「全部同じ人なの?個展にしては珍しいね。」
「色使いが凄いわ……色が見えないからこその良さがあるのよ。」
「とても一途な愛に溢れている作品たちだ。」
個展を開いたのは俺だ、俺が悪いとわかっていてもそれでもやっぱり、彼の表面上の美しさしか知らない彼らに無性に腹が立っていた。あいつの色はこんなんじゃない。本当の色ではない色を評価されることが、なによりも腹立たしかった。
「……大嫌いですよ。」
「あ!冬夜さん、インタビューしたいと言っている人たちがいて、受け付けのとこに来てくれませんか?」
「断っておいてくれ。」
「ダメです!これは冬夜さんの名声に関わるんですよ!さぁ、すぐに終わりますから早く行ってください!」
「はぁ……智也くんは可愛くなくなったな〜……」
智也に背中を押されるがまま階段を駆け下りる。二人がいなくなったあと、そこに見えたのは赤と黒の絵の具を頬に塗った、筆とパレットを持った絵の具まみれの光輝の姿だった。これは、光輝が一度だけ、冬夜の横で冬夜を描いていたときのものだ。絵が下手だからと、これ以降彼が筆を持ったことはなかった。光輝の描いた冬夜の絵は今でも冬夜の部屋の壁にかけられている。
照明がキャンバスに当たり、照明の光が彼の髪をより輝かせた。太陽のように笑う彼は金色の髪をしている。
タイトルは『キミのいないアトリエ』
外の日が落ち、閉館時間が近づいたいたとき、誰もいないキャンバスの前に立つ男がいた。
「兄さん、俺は兄さんに勝てないよ。」
彼の視線の先にあるのは、一番大きなキャンバスに描かれた青空の下にいる太陽のような光輝だった。
「でも、兄さんは冬夜さんの横にいる僕には勝てないでしょ?」
最愛の人を殺したのが、自分の隣にいる人だなんて思ってもないでしょ?冬夜さん。
――終わり――