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「エビが、かあ~……」
筋肉質のアラフィフの男が、頭をガシガシと
かきながら話す。
公都『ヤマト』の冒険者ギルド、その
支部長室で―――
私と妻2人は呼び出され、例の巨大エビの件で
説明と対策を相談されていた。
黒髪セミロングの妻がまず口を開き、
「エ、エビまで『進化』するとは
思わなかったんです~」
次いで、同じ黒髪ロングの妻が、
「今まで、エビ・カニ・貝は巨大化するだけで、
何の変化も無かったのだ。
すっかり油断していたわ……」
これまでにも―――
魚は通常よりも更なる巨大化を遂げ、ウナギは
飛行能力を、ナマズは二足歩行へと『進化』を
見せていたが、
まさかそれが甲殻類にまで及ぶとは思わず、
さらにその『進化』が、『強力なエビ反りによる
跳躍』という能力であったため……
外部から見えないように高く設えられた壁を
飛び越え、事件となってしまったのだった。
「いや、メルもアルテリーゼもすまない。
本来ならパック夫妻も呼んで、見張るべき
だったのに」
「まあそれを言うと―――
土精霊様の付き添いとして、パック夫妻を
許可したのは俺だからな。
しかしこの分だと、貝やカニも警戒した方が
いいかも知れん」
私とジャンさんは、彼女たちに責任を
感じさせないよう……
半々で非があったと認めて、今後の対応に
話を移す。
「でもよく跳んだね……
アレで攻撃されなかっただけでも
良かったよ」
「屋根が必要かも知れぬな。
いっそ頑丈な部屋にした方が
良いのかも知れん」
その提案にうんうんとアラフィフとアラフォーの
男2人はうなずき、
「今回の件は―――
アルテリーゼが狩ってきた魔物……
『ディープ・ロブスター』が息を吹き返し、
最後にひと暴れして死んだって事にしておく」
今度は妻2人がその提案にうなずく。
「今後は公都に入る前にとどめを刺す事を
徹底する事と、今回の罰として獲物は
無料で公都に引き渡す―――
という事で落としどころにしよう。
シンたちには悪いんだがな」
そこでギルド長が頭を下げると、こちら側も
頭を下げて、
「こちらこそすいません、ギルド長」
「じゃあそれで~……」
「我らも気を付けるゆえ―――」
私とメルとアルテリーゼは申し訳なさそうに
謝罪する。
もっとも、罰そのものは……
常に公都に格安で獲物を提供しているこちらには、
さほどの事もなく。
申し訳ないと思う大半は、毎度言い訳を考えて
後処理をしてくれる事についてだった。
そこで空気を一変させるためか、ジャンさんが
手をパン! と叩き、
「だがよ、話を聞く限り……
土精霊様からかなり有用な情報を
聞けたそうじゃねえか。
魚の『養殖』とやらが出来そうなんだろ?」
「あ、そうです!
もし産卵が確認出来て育てる事が出来れば、
ほぼ公都の中だけで魚を増やせます!
それと、大豆とソバの情報ももらえましたし」
土精霊様と農業・田畑の地区を回っていた際、
彼が樹木と意思疎通が可能とわかったので、
(ある程度年月が経過していないとダメらしいが)
地球でいうところの、マメ科のダイズと穀物の
ソバについて―――
何か知らないかと聞いてみたのだ。
するとメープルシロップとアオパラの木から、
それによく似た物を見た事があるとの話を
聞く事が出来、
土精霊様が護衛と一緒に―――
その植物の探索・回収の依頼を引き受けて
くれたのである。
「また新たな食材? それ」
「そうですね。
それに大豆の方は、あればいろいろと
便利です。
そのまま食べる事はもちろん、
新たな調味料にもなりますから」
妻の質問に答えると、もう一人の妻と
ギルド長が、
「まだ味付け出来る物が増えるのかの?」
「これで料理人―――
でも無かったっていうんだからなあ」
二人の指摘はもっともだが、実際はかなり
アバウトだ。
再現とはいえ、実際に自分で作った事の無い方が
多い。
知識があるのと実際にするのは全然違う。
あくまでもそれっぽく出来ているだけで―――
料理としての完成度は、地球よりまだまだ下だ。
「とはいえ、しばらくは試行錯誤が続く
でしょうから……
あまり期待はしない方向で」
私の言葉にジャンさんが片眉をつり上げ、
「もしかして、魚醤のようにまた時間が
かかるものか?」
私は少し考え込み、
「確か、味噌なら―――
それほど時間はかからないだろうかと。
醤油となりますと……」
そこで嫁2名がずい、と顔を近付ける。
「ショーユとなりますと?」
「どのくらいかかるのだ?」
そこで私は両腕を組むと同時に両目を閉じ、
「昔ながらの製法だと……
1年? 2年だったかなあ」
私の答えに、私以外の3人はソファに深く
腰かけて、
「本当に気が長ぇな……」
「シンの世界の人間って寿命いくつ?
200才? 300才?」
「それでミソとやらはどのくらいかかるのじゃ?
1ヶ月? それとも2ヶ月か?」
最後のアルテリーゼの聞き返しに、
首を左右に振り、
「ミソは大豆と麹菌さえ手に入れたら、
1日で出来るよ」
すると3人の顔が明るくなるが、
「あ、でも―――
麹菌を今から用意するとなると、7、8日は
かかるか」
そこでまた3人の表情が微妙になり―――
「じゃあ今からすぐ作って!」
「早くするのじゃ、シン!」
私は妻2人に両腕を抱えられ―――
そのまま支部長室を後にした。
―――3日後。
屋敷の至るところの天井から、丸い物体が
吊り下げられていた。
小麦粉を水で練ったものを丸め、それを糸で
空中にぶら下げているだけなのだが……
「何か表面に、白い粉みたいなものがくっついて
いるけど……」
メルの質問に私はそれを指差して、
「あ、それカビだよ。触らない方がいい」
「え!? 腐っておるのではないか?」
「ピュ!?」
アルテリーゼとラッチが母子そろって、
驚く声を上げる。
「確かに腐り始めているとは思う。
でもこのカビの中に、麹菌もあるんだよ」
自分が作ろうとしているのは―――
戦国時代にあった、陣立味噌の応用だ。
戦国時代中期までは食事は基本的に自前で、
戦場に行く者が各自でなるべく用意しなければ
ならなかった。
そこで煮立てた豆をすり潰し、その中に麹を
入れて―――
朝方それを準備出来れば、夕方には発酵し味噌と
なり、食す事が可能になる。
大豆は出来れば1日水を吸わせておいた方が良く、
麹を入れる際に塩も混ぜて味付けを調整。
まあ、どちらにしろ大豆を入手してからの
話となるが。
「でもこんなの食べて、お腹壊さない?」
「このまま使えばその確率は高くなる。
それで、これの出番だ」
予め用意してあった木桶を2人に見せる。
中には、白い粉のような物が入っていて、
「これは?」
「木灰……かの?」
「ピュー?」
のぞき込むメルとアルテリーゼ、ラッチをよそに、
私は小麦玉の一つを手に取り―――
「ん?」
「灰に入れるのか」
「ピュ」
小麦玉についたカビは、当然雑菌もある。
そこで木灰に数日入れると―――
麹菌だけが残るのだ。
「これで5日ほど待つ。
それで、麹菌だけを取り出す事が出来るよ」
「わかった。
木灰に入れておけばいいんだね」
「では我らもやろうぞ」
そこで各所に吊るしておいた小麦玉の回収と、
木灰に漬け込む作業を家族で行った。
そして翌日の昼頃―――
「シンさん!
お目当ての物が見つかったって
報告があったッスよ!」
「本当ですか!?」
場所は『ガッコウ』の調理実習スペース。
冬休みが終わり、再開されたそこで―――
私が新たな料理を作るという情報をキャッチした
各貴族お抱えの料理人にもせがまれて、
取り敢えず麹菌の作り方について伝授していた
ところ、レイド君が駆け込んできた。
「ええ、ひとまず―――
西地区の北、果樹や野菜を栽培する地区に
持って行って植えると。
一部見本をギルド支部に運び入れたので、
確認して欲しいとの事ッス」
「わかりました。
すいません、麹菌の作り方はここまでで……
後日それを使った料理教室をします!」
教室内にそう告げると―――
後片付けを他の人に頼み、私はレイド君と一緒に
ギルド支部へと向かった。
「あのう、これで合っているでしょうか」
エメラルドの瞳と、グリーンの絹のような
髪を持つ、少女と見紛うような美少年が
ギルドの応接室で待っていた。
テーブルの上には『依頼の品』があり―――
そしてなぜか両隣りとその周辺には……
職員と冒険者の複数の女性が、親衛隊のように
取り囲む。
「あの、他の方々は……」
私が恐る恐る指摘すると、
「土精霊様と一緒に依頼に行きました!」
「なので私たちも関係者として―――」
そこで応接室のドアがバン! と開かれ、
「散れテメーラ!!
確認の邪魔だろうが!!」
ジャンさんが一喝すると、『キャー』『ヤベー』
『怖っえー』と、まるで学校の先生にイタズラを
見つかった女学生のように―――
彼女たちは部屋から駆け足で去っていった。
「はあ……
ちょっと前までは、一般人なら恐れて近付かない
イメージがあったのに―――
これはこれでどうなんだ」
「はは……」
苦笑いするギルド長に、私も乾いた笑いしか
返せず……
それを見ていた土精霊様も困惑気味だ。
そしてようやく、確認作業が始まった。
「大豆はこれで間違いないと思います」
「そ、そうですか」
房にいくつかの豆が入った状態が特徴の多年草……
完全に、とはいかなくとも、かなり地球の大豆に
近い種だろう。
もう一方はというと……
「こちらも多分、間違いないとは思いますが、
実を取ってみて調理してみないと」
ソバに関しては、アウトドア趣味もあって―――
野草について一般人よりは詳しい自信もあったが、
さすがにソバを一から作った事は無い。
基本的にはウドンと同じで……
ソバ粉8割、小麦粉2割、あとは卵をつなぎに
使って―――
細長くカットすれば出来るはず。
「こっちはすぐに作れそうですので、
やってみましょう。
では、宿屋『クラン』へ行きましょうか。
土精霊様もご一緒に」
こうして―――
ちょうどギルドにいたレイド夫妻とギル夫妻も
呼んで、ソバをご馳走する事にした。
「ズルズル……
なるほど、確かにウドンともラーメンとも
異なる味わいッス」
「このかき揚げと一緒に食べるとまた……
これは新しい麺類として、いろいろ期待
出来そうです」
レイド君と、その隣りでミリアさんが丸眼鏡を
曇らせ、ライトグリーンの髪をかきあげながら
感想を口にする。
「いきなりギルド長に呼ばれた時は何かと
思ったけど―――」
「冒険者やってて良かった♪
役得、役得」
焦げ茶の短髪をした長身の少年と、亜麻色の髪を
三つ編みにした、幼顔の夫婦が―――
2人揃って笑顔でソバを頬張る。
「そーいえばギル君。ギルド長は?」
「姿が見えぬのう」
「ピュウ」
私の家族の疑問にルーチェさんが振り向き、
「ギルド長はお仕事があるって言ってました。
後で食うから残しておいてくれって」
その答えに納得したのかメルとアルテリーゼは
うなずき―――
次いで私は彼女たちに視線を向け、
「そういえば2人はどうしてここへ?」
すると2人は食べる手を止めて、
「だって、『ガッコウ』に迎えに行ったら―――
シンがいないって言うからさー」
「どうせ『クラン』へ来ると思って、ここで
待っていたのじゃ」
「ピュ!」
あー……
確かギルド支部に呼ばれた事は、まだ伝えて
いなかったか……
私は家族に頭を下げて、
「ごめん、土精霊様に頼んでいた物が
見つかったって報告があったから」
そこでふと彼の方を見ると、彼の方とも
目が合い、
「あ! 頂いていますっ!
すいませんボクまで」
「いえ、土精霊様が見つけた物ですから。
お味はどうでしょうか?」
「すごく美味しいです!
……あ、でもこのスープって、ウドンとは
違うような」
そこへクレアージュさんが姿を現し、
「魚の骨と―――
海藻を大量に煮込んだスープを使って
いるのさ。
こんな使い道もあったんだねえ」
女将さんの言葉にレイド君が反応し、
「うえっ!?
アレ毒じゃ無かったッスか?」
(※77話 はじめての さいだー参照。
海洋国以外の人種は基本的に、海藻を消化する
酵素を持っていない)
「直接食べるので無ければ大丈夫ですよ。
重曹だって海藻から作られているんですし」
ちなみに海藻は……
『これも養殖か巨大化は出来ないかな?』という
メルの一言で、彼女の水魔法と塩を混ぜて疑似的な
海水を作り、入れてみたところ―――
見事に巨大化した。
ただし、それは他の巨大化と同様、公都では
トップシークレットになっている。
海への交易ルートも捨てがたいし……
それで、ここで消費する分については極秘に
量産する形になった。
「ほら、シンさんもこう言っているんだから!
余計な心配は無用だよ」
それを聞いたみんなが、へー、と器の中の
汁をのぞき込む。
実際、昆布出汁のように煮込むと下味がしっかり
つくので―――
他の出汁と混ぜて使うよう提案してみたのだが、
やはり昆布はソバとよく合う。
「そういや、ミソっていうのは
いつ出来るんだい?」
厨房で手伝っている際にふとしゃべったのだが、
そちらにも興味津々のようで、クレアージュさんが
聞いてくる。
「準備はしてるけど……
昨日仕込んだから、あと4日だっけ?」
「うむ。それさえ出来れば―――
1日で作れるという事じゃ」
「ピュピュ!」
こうして『ソバ』のお披露目が終わった後、
数日後の味噌の発表に向け、引き続き取り組む
事になった。
昼なお暗い、うっそうとした森の奥―――
さらにその中の深山に、巨大な城が浮かび上がる。
その最奥の大広間で……
城の主が、数十人は座れるであろうテーブルの端で
食事を口に運んでいた。
5、6才に見えるその少年は、ナプキンで口を
拭いながら、
「ウム、イスティールよ……
今回の食事も美味であった」
「ハッ!
ありがたき幸せ……
他の魔族にも徐々に覚えてもらう予定ですので、
今しばらくご辛抱のほどを」
パープルの、やや外ハネしたミディアムボブの
髪をした女性が、頭を下げる。
他にも、彼女と同じように角や翼を持った者、
半人半獣といった外見の者が同席しており、
「いや本当にウマいぞこれは。
今の人間はこのような物を食べておるのか」
「食事など―――
単に魔力消費を抑えるための作業と思って
いたが……
これならば、毎日食べたいほどだ」
周囲の評判もいいようで、その反応に彼女は
満足気な表情を見せる。
「重ねて言う。
イスティールよ、大儀であった。
この短期間で―――
よくぞこれだけの結果を持ち帰ったものだ。
その調査能力、全く衰えておらぬな」
彼女が魔族領に帰って数日……
メープルシロップの木を植え、水路を作って
貝の増殖―――
さらに魔物鳥『プルラン』により卵が手に入り、
劇的に彼らの食生活は変化しつつあった。
「あ、あの……
その事なのですが、陛下」
「何だ?
―――ああ、数日は休むといい。
お前はもう十分に働いておる」
部下を気遣う言葉の後に、周囲もまた
「そうだぜ、イスティール。
これだけの秘密を持ち帰ったんだ」
「貴殿はよくやった。
今しばらくは陛下の厚意に従うがよい」
料理方法は元より―――
各種の素材や水路・魔物鳥の飼育部屋、
果てはお風呂にトイレの改良まで魔族領に
もたらした彼女の功績……
当然ながらその評価はうなぎ登りであり、
賞賛が全員より送られる。
それでもイスティールは、話を継続させようと
口を開き、
「お、恐れながら陛下!
これは私が『調べた』のではありません。
教えて頂いたのです」
その言葉に―――
食器と喧騒がピタリと止まる。
「……ン?
いや、だからどうしたというのだ?
これだけの事を教えてもらうにも、
相当の苦労があったであろう?」
魔王の周囲も同調し、各々がうなずく。
それに対し、彼女は説明を続け―――
「苦労などまったくありませんでした。
有料ではありましたが……
誰にでも教えてくれる施設があり、その……
料理はそこで覚えたのです。
水路や下水道といったものも―――
たいていの事は聞けば答えてくれる有様で」
静寂が、ざわざわとした空気に変わる。
それをさらに加速させる声が聞こえてきた。
「そーそー。彼女の言う通りだよー。
あそこには、そういうのを訓練させてくれる
ところがあるの」
透き通るような白く長い髪をした少女が、
イスティールの横でフォークを振りながら語る。
「氷精霊か。
そういえばそなたは、イスティールより先に
その公都とやらにいたのであったな?」
「ウン。キミの魔力に気付いてね。
と言っても20日くらい前かな?」
魔王の問いに精霊は擁護するように、
隣りの彼女を見て、
「あと料理を覚えるのは大変だったと思うし、
まったく苦労してないって事はないんじゃ
ないかなー」
「その通りだ。
見た事も聞いた事も無い調理方法―――
一朝一夕で覚えられる事ではあるまい。
あまり己を卑下するな、イスティールよ」
魔王も氷精霊に同意する。
「あのう」
魔王から最も遠く離れた席に座る、褐色―――
とは呼べないほど漆黒の肌をした女性が片手を
上げた。
見かけは、ファンタジー世界でいうところの
ダークエルフだろうか。
「『腐敗』のオルディラ―――
どうかしたのか?」
魔王に促され、その彼女がおずおずと
皿に乗せられた一品を指差す。
「この、『ぬか漬け』というものですが……
腐っているものです……よね?」
ガタガタと周囲の席が音を立てる。
「う~む。
余はこの食感は好みだが―――」
魔王の言葉に一同はいったん胸をなでおろすも、
「お、オレはイケますぜ。
いや確かに匂いはキツいかも知れないですけど」
「よもやそんな物を魔王様に食べさせた
わけでは……」
さすがに不安がり、顔色を変える面々。
その視線は必然的に『料理』した者に向かうが、
「それは私も聞いたのですが―――
腐ってはいるのですが、体に良い腐り方を
したものだと……
発酵、というものらしいです。
ワインやエールに近いものだと
言っておりました」
それを聞いて、ようやく周囲に安堵の色が浮かぶ。
「しかしよ―――
そこは何考えていやがるんだ?
これだけの技術、秘匿して独占すれば」
「教えるのは有料と言っておったが―――
それで儲けているのではないのか?」
安心したのか、腐敗の話から遠ざかろうと
しているのか―――
複数の者が疑問を口にするが、実際に習得した
彼女は首を左右に振り、
「一ヶ月で金貨1枚でした。
それに、子供も多数参加しておりましたので……
つまりは、子供でも払える程度の金額で
教えてもらえるかと」
「料理自体も高いものはあんまり無かったしねー。
今食べたハンバーグって料理が確か―――
銅貨7、8枚だったかな?
子供だとさらにその半額になるの。
ぬか漬けは付け合わせで出てくるから、
実質タダだと思う」
公都から来た2人の説明に、ポカンとする者、
呆れる者、頭を抱える者と……
それぞれが『理解出来ない』という反応を見せる。
「情報が足らぬな……
まだ少し調べる必要があろう」
唯一、冷静を崩さずに幼顔の少年が言葉を発する。
「そうですな。
今の人間の物価や金の価値も不明ですし―――」
「なあ、イスティール。
やっぱり奴隷か住人の一人でも連れて来た方が
良かったんじゃねえのか?
ガキの一匹でもさらって来りゃ―――
もうちょい状況もわかったと思うんだが」
すると、それを聞いていた魔王は小さな片腕を
前へ伸ばし、
「止めよ。
こちらから人間との関係をわざわざ
悪くする事は無い」
彼からしてみれば、それをしなかった
イスティールへの非難にも聞こえ―――
また、ただの意見具申を頭ごなしに否定する
事も無いという、その中間の立場でやんわりと
注意する。
「あー、それはホントやっちゃダメ。
あの公都で、特に子供に手を出すのは
めっちゃヤバイよ」
そこへダメ出しのように、両手を×印に
交差させながら、氷精霊が割って入った。
魔王の視線が彼女からイスティールへと向くと、
「そうなのか?」
「は、はい。
あくまでも話だけではありますが……
以前、亜人を快く思わない一派に半人半蛇の
少女がさらわれた時は―――
人間・ドラゴン・ワイバーン・魔狼と総出で
追いかけて救出したそうです」
彼女の言葉に、恐らく魔族でもトップクラスに
身分が高いであろう者たちが、交互に顔を
見合わせ、
「亜人や他種族を広く受け入れている事は、
報告にもあったが」
「つまり保護も徹底していると?」
彼らの問いに、イスティールは続けて答える。
「はい―――
子供の誘拐には前例があったのか、かなり
敏感に反応するようです。
また、人間の貴族が産まれたばかりの魔狼の
赤子と、その母親の毛皮を所望した事があった
そうですが……
ドラゴンとフェンリルの怒りに触れ、牢屋に
入れられた挙句、魔法が使えなくなったと」
再びざわめく空気が場を支配し―――
最も幼い外見の、魔族の頂点に立つ者が、
「いずれにしろ、引き続き調査はせねばなるまい。
余もその公都へ行って、この目で確かめたい
ものよ。
あの時の光景が夢では無かったと―――」
すると、魔王の両隣と言わず、周りに座っていた
魔族たちが一斉にどよめき、
「そればかりは!」
「300年前、人間の交渉の誘いに乗り―――
騙し打ちに遭ったのをもうお忘れですか!?」
「今度は絶対にお止めいたしますぞ!!」
強い口調で撤回を望む部下たちに対し、彼は
「落ち着くがよい。
余とて過ちは繰り返さぬ。
十分な調査を経て、安全が確認されてからだ。
お前たちの言を無視はせぬ」
それでも何か言いたそうにする彼らだが、
トップが妥協すると言っている以上、口には
出せず―――
さらにそこへ空気クラッシャーが身を乗り出して、
「大丈夫じゃないかなー。
そもそも、魔族の話ってあんまり正確に
伝わってないみたいだし。
伝説とかおとぎ話のような扱いって感じ
だったよ」
『余計な事を』という空気が蔓延するが、
当然彼女にそれは読めず、イスティールが
それをかばうように、
「実は私、公都では本名を名乗ったのです。
あそこには『真偽判断』の使い手が
おりましたゆえ。
ですが、氷精霊を除き気付く者は一人として
おらず……
『霧』のイスティール―――
その名さえ、知っている者はいないようでした」
ざわついていた空気が、ようやく沈静化する。
「まあ、それなら……」
「行くにしても、護衛さえつけて頂ければ
問題ない?」
「そうだな。
万が一の時にも、それなりの強者を連れて
行けば―――」
自らを納得させるかのように、対応が語られるが、
「敵対は無理じゃないかなー。
あそこ、シンさんがいるし」
と、氷精霊が空気を一刀両断するような言葉を
発してしまい、
「む? 何者だ?
その『シンサン』とやらは」
魔王の指摘に―――
氷精霊とイスティールは、説明に追われる
事となった。
「おお、何か壮観だなあ」
「何頭くらいいるー?」
「見たところ、40頭といったところかのう」
私はメルと共に、ドラゴンになったアルテリーゼの
背中に乗って、眼下の光景に目をやる。
ようやく麹を木灰から取り出して―――
茹でた後すり潰した豆に麹と塩を混ぜて、
味噌の仕込みを終えた日。
後は夕方まで発酵するのを待っていれば
良かったのだが……
そこに王都から急な報せが届いた。
ワイバーン騎士隊の一人が持ってきた書類には
『緊急依頼』とその旨が掛かれており……
―――数時間前―――
「マッドブルの集団暴走です!
現在、チエゴ国とウィンベル王国の
国境付近―――
未開拓地域を移動中ですが、どちらに行くか
わからない状態です!
まずギルド本部に依頼を持ち込んだ
ところ―――
公都『ヤマト』に話を持って行けとの
事で……!」
緊急事態という事で……
冒険者ギルド支部の応接室に、私とメル、
アルテリーゼ―――
そしてレイド夫妻、パック夫妻が集められて
いたのだが、
「肉ッスかー」
「肉だね」
まずレイド君とミリアさんが感想を口にして、
「じゃあ私たちも行かないと」
「具や素材はいくらあってもいいでしょう
からね」
シルバーのお揃いのロングヘアーを持つ夫妻が
協力の意を示し、次いで私たち家族が、
「ちょうどいいところに」
「シンー、味噌って肉に合う?」
「まあ無駄にはならんじゃろ」
それを聞いて騎士隊の人は目を白黒させるが、
「おーし、じゃあ行ってきてくれ。
ワイバーン騎士隊は王都待機で。
多分後で、運搬用の人員が必要になるからな」
と、ジャンさんの命令で―――
出撃が決定されたのだった。
そして今、数十頭になる巨大牛の群れを
眼下に捕らえ……
「じゃ、アルテリーゼ。
先回りして私とメルを群れの前方へ。
その後、ワイバーンたちと連携して、
こっちの方へ誘導を頼む」
「心得た!
メル、シンをよろしく頼むぞ」
「あいあいさ♪」
公都から―――
レイド君が乗る『ハヤテ』の他、『ノワキ』、
巣へ卵などを運搬するワイバーン夫婦も同行。
(残りの『レップウ』はシーガル様と共に王都へ)
そしてシャンタルさんが夫のパックさんを乗せ、
取り敢えずはこれで討伐後の運搬を確保。
後は王都に連絡後、ワイバーン騎士隊に残りを
持ち帰ってもらう予定だ。
ティーダ君がいないので意思疎通が少々不安だが、
まあ何とかなるだろう……多分。
大きくマッドブルの群れを迂回し、私とメルは
そこで降ろされる。
そしてアルテリーゼが飛び去って数分もすると、
迫る地響きと狂暴な獣の叫び。
「(昔テレビで見た―――
ヌーとやらの群れに似ているなあ)」
ただその大きさたるや、一回りか二回りくらい
上回っていそうだが。
体重は半トンを下らないだろう。
「どうする、シン?
全部やれる?」
「いや、先頭集団に何か異変があれば、
後続は逃げると思う。
せいぜい引き付けてから倒すとしよう」
「ほーい」
妻と会話ながらも、その間に地響きは
段々と大きく、そして加速する。
振動が音へ、そして視界でそれをとらえられる
ようになり―――
恐らくは群れのボスであろう、ひと際大きな
巨体の、角を持ったそれが……
こちら目掛けて駆けてきた。
私はメルと無言でアイコンタクトを取ると、
間合いを見計らい、
「その巨体を―――
その程度の小さな足で支え……
ましてや駆ける事の出来る哺乳類など、
・・・・・
あり得ない」
その途端、目前で巨大な土埃が舞い上がり、
同時に悲痛な獣の叫びが聞こえ―――
煙幕のような土煙が晴れると、そこには息も
絶え絶えの獣が、10数頭横たわっていた。