テラーノベル
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魔獣界の城へと帰り着いたエメラは、その足で執務室へと向かう。
クルスには休憩時間を与えて、しばらく別の場所にいてもらう事にした。エメラがアディと二人きりになるためだ。
深呼吸をした後に、エメラは執務室のドアを開けて中に入る。
「アディ様、ただいま帰りましたわ」
エメラはアディの座るデスク前まで歩み寄って立ち止まる。
魔法書を読んでいたアディは、その分厚い本に向けた視線をエメラに移した。
「うん、ご苦労さま。よく我慢したね、偉いよ」
「……恐れ入りますわ」
「約束通り、ご褒美をあげるよ。すぐに楽にしてあげ……」
エメラの顔を見上げたアディは、その顔色を見てすぐに気付いた。エメラにかけた魅了の魔法が解けている事を。
バァン!!
アディは手に持っていた辞書のように分厚い魔法書を床に投げて叩きつけた。
そして椅子が倒れそうなほどの勢いで立ち上がると、エメラの両肩を乱暴に掴む。
「……っ! アディ、様……」
「答えろ!! なんで解けてるんだよ!? 僕しか解けないはずなのに!!」
まだ魔法の効果が自然に切れるほどの時間は経っていない。だとすると、他に魔法を解く方法は1つ。エメラの心身が『満たされる』しかない。
だが本来、それが出来るのは術者であるアディの他にいないはず。
「誰が解いた!? 僕以外の誰がエメ姉を満足させたんだよ!? クルスか!?」
「ち、違います……!!」
今のアディにはエメラの言葉すら届かない。何を言ったとしても、もうアディの狂愛は止められない。
アディにとっては、相手が誰なのかは重要ではない。エメラの心と身体を奪った者は、誰であろうと許さないのだから。
「僕への愛を見せつけてやったというのに、誰が!!」
アディが外出前のエメラに魅了をかけた理由は、単なる娯楽ではない。
アディを愛し求めるエメラの姿を見せつけ、誰もエメラに手出しは出来ないようにするためだった。
当然、それを見せつける主な相手はクルスであり、アディの思惑は成功していた。
アディとクルスは、お互いが気付かないままでマウントバトルをしていた。
「一体誰が、エメ姉を……」
何かに気付いたアディは急に言葉を止めて黙り、息を整えてからエメラの目の前で囁く。
「父さん、か?」
「…………」
エメラは答えられない。どちらの答えであってもアディにとって過酷なのは変わらない。
そしてアディもすでに知っている。エメラが遠い昔にディアに恋をしていたという事実を。
……そして、かつて愛したディアに、息子のアディを重ねて見ているという事に。
「父さんなんだね……?」
エメラの沈黙を肯定と受け取ったアディは、エメラの両肩を掴んだ手の力を緩めて、脱力したように自らの肩と頭を落とした。
そして再び上げたアディの金色の瞳に滲むのは、怒りでも妬みでもない。……哀しみだ。
「エメ姉。いい加減に、僕を見てよ……」
力なく震えた声で、今にも泣きそうな瞳で訴える。
アディが唯一勝てない相手、魔獣王ディア。未だに父を超えられないという現実を逆に見せつけられた。
悲痛なアディを目の前にしたエメラは、今までにない罪の意識の重さに息が詰まる。
こんなに苦しそうなアディは見た事がない。いや、今まで決して見せなかった。
「わたくしはアディ様の全てを受け入れます。今後もどうぞ、わたくしに魅了の魔法をお使い下さいませ」
エメラは、アディに魅了をかけられても、何をされようとも、一度も拒絶をした事はない。嫌悪など感じた事もない。仕事に支障が出て困る事はあるが、そんなアディを否定もしない。
……それが、アディの愛なのだから。
「わたくしはアディ様を愛しております。どうか貴方の愛で満たして下さい」
魅了の魔法を使わずに愛してほしいのではなく、魅了の魔法という名の愛を受け入れる。それがアディの愛し方で、エメラの愛され方なのだと気付いたから。
過去の恋愛の未練に、よそ見もできないくらいに、アディの愛で身も心も埋め尽くされたい。他力本願のようにそれをアディに願う行為は、更なる罪なのだろうか?
「エメ姉、愛してるよ。僕から離れないで、僕だけを見てよ」
「……はい。もちろんですわ」
それがアディの愛の形ならば。その『狂愛』ごとアディを愛そうと……そう思った。
だが、そんなアディの狂愛は、すでにエメラの想像を遥かに超えていた。
間もなくエメラは、それを思い知る事になる。
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