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「おはようございます!副会長!」
「おはようございます」
「澪様、おはようございます」
「おはようございます」
翌朝、生徒会業務をする為に早めに登校して校舎への道を歩いていると、同じく早く登校していた生徒たちから挨拶をされた。
おそらく部活の朝練や早めに登校して自習をしようという生徒だろう。
よく誤解されるのだがこの学園はそれなりの偏差値がないと入れないため誰もが1教えれば10理解できると思われることが多い。確かにそんな生徒もいるが努力して勉強をしてこの学園に入ってきた生徒も少なくない。その為、朝早く登校して自習をする生徒もいるのだ。
かくいう私もしっかりと予習、復習をしているからこそ学年上位を獲得しているのであって決して秀才ではない。
ちなみに生徒会で言うと空閑先輩と西崎は私と同タイプ、華園はテスト前に全力で勉強するタイプだ。だがそれでも学年で真ん中より上にはいるのだから元の出来はいいのだろう。会長は前者で授業を聞いただけで理解できる頭を持っている。
ただ会長は家庭内で幼いうちから高学年の学問もやらされていたらしいからただ単に秀才という訳では無いが……
(しかし、あの会長があんな発言をするなんて……)
あのバ会長が言った言葉のせいでそのあとの業務は全然進まなくなった。物思いにふけった会長は放課後になっても全く使い物にならず会長のサインが必要な書類に名前を書かせるのでさえ一苦労だった。
そんな状況を鑑みた空閑先輩が今日は「ここまでにしよう」と進言してくれた事により昨日の業務は終わった。
急を要する書類は終わっているが余裕がある事に悪いことはない。朝のうちに少しでも進めようと思い、早めに登校したのだ。
問題は会長がしっかり業務をやってくれるかにもかかっているがそこは意地でもやらせると決意をして生徒会室へと向かった。
廊下を歩きながら今日の業務の計画をたてているとあっという間に生徒会室の前まで到着していた。
鞄から生徒会室の鍵を取り出し開けようとしたところ既に鍵が開いているようだった。
(……?私よりも早くに誰かきているのか?)
不思議に思いながら扉を開けると昨日から私を悩ませていた張本人である会長が椅子に座り業務を行っているではないか。
「会長?おはようございます。どうしたんですか?こんな朝早くに。珍しい……」
「おはよう、澪。一晩寝て頭を整理してきた。そして思いついた。とりあえずたまっている俺が処理するべき書類たちを片付けようと……」
「…………もしもし、医務室ですか?志藤生徒会長様の頭がおかしいようなのですが「おいっ!」……冗談です」
昨日に引き続き会長らしからぬ発言が出たため医務室行きかと思ったのだが本人にとめられてしまったので仕方ない。
「……で?どんな心境の変化ですか?」
「いや……実は……その……」
「……?」
「……」
「…………はあ」
私はモゴモゴ独り言を言っている会長を放っておいて隣に併設されている部屋の簡易キッチンへ向かった。
そこで会長用のコーヒーと私用の紅茶を入れると生徒会室へ戻り、会長の机へそっとコーヒーを置いた。
そして会長の手元から処理途中だった書類を取り上げると近くの棚へ一時的に移し、その後で私専用の机へとついた。
「聞きますから話してください。昨日から一体何を考えているんですか?」
その一連の作業を見ていた会長は何事だというような顔をして私を見ていたが、私の発言を聞いて更に驚いたような顔をしている。
「……業務はいいのか?昨日はあんなに言ってたのに……」
「これ以上悩まれて業務が進まない方が困ります。私でよろしければ話ぐらい聞きますよ。ただし、アドバイスは期待しないでくださいね」
「……ふっ。ありがとな」
「べ、別に会長のためではありません!生徒会業務のためです!」
そう言っても会長は俯いてクスクスと笑ったままだった。そろそろ笑い終わってくれないだろうかとイライラし始めた時にようやく顔を上げた会長は真面目に切り出した。
~会長(大輝)side~
「昨日、転校生の迎えに行っただろう?書類を見た時は忘れてて気づかなかったんだけど実はその転校生と俺は昔、会った事があって……」
「そうなんですか?でも転校生……本村司(もとむらつかさ)君でしたっけ?彼の家はごく一般的な家庭ですよね?どこで会ったんですか?」
澪が驚いた顔で聞いてきた。
俺と澪は初等部からこの学園に通っている。直接的に関わるようになったのは中等部の生徒会に入ってからだし、この話は誰にもした事がなかったから知らないのも当然だ。
いつもは俺に辛烈な言葉をかける澪も俺の様子を見て真剣に話を聞いてくれた。俺は当時を思い出しながら話しだした……
あいつ、司に会ったのは俺が初等部に入ったばかりの頃だった。当時の俺は家を継ぐ気なんて全く無くって勉強ばかりの日々に嫌気がさしてた。
自分で言うのもなんだが両親は一人息子の俺をかなり溺愛していて、今思えば強制的に勉強させていた訳では無いのだろうけど、志藤グループの跡取りとしてある程度の勉強はしてほしかったのかもしれない。
しかし当時の俺には苦痛以外の何者でもなく、ある時、学園からの帰宅途中に嘘を言って車を停めてもらった隙に逃げ出したんだ……
道なんて分からなくてとにかく捕まりたくなくて闇雲に走り回った。自分がどこにいるのかもどうやって着いたのかも分からなかったが、気づいたらある住宅街の中にある公園にいた。そこでは俺と歳の変わらない子どもたちが楽しそうに遊んでいた。
どうして同い歳ぐらいのあの子たちは遊べて俺は遊べないのか、どうして勉強ばかりしなくてはいけないのか、どうしてあんな家に産まれてしまったのか……公園の入口に突っ立ったまま俺はぐるぐるとそんな事ばかり考えていた。
どれくらいそうしていたのかは分からないがその時間はある一人の子どもによって終わることとなった。
「ねぇねぇおにいちゃん。ずっとそこにたってるけどあそばないの?」
「……っ!?」
驚いた。学園では俺の家柄を知って気安く話しかけてくれる奴なんてほとんどいなかった。みんな俺の機嫌を伺って遠巻きに見ているだけだった。だから油断していた。
(まさか話しかけられるなんて……)
声の方に向くとそこには俺より少し背が低くサラサラな黒髪にくりくりな黒目の男の子が立っていた。一見すると女の子に間違えなくもないが、その子の着ている服には乗り物に顔が書かれているイラストが描かれており色合いも青や寒色のモノを使っていることから男の子だと判断できた。
「おにいちゃん?こうえんはいらないの?」
「あっ、えーと俺が入ってもいいのか?」
質問への答えがなかったからなのかその子はもう一度俺に話しかけてきた。俺が逆に問うと男の子はニカッと満面の笑みを浮かべ「いーーよ!」と応えてくれた。
俺よりも小さな手が俺の手を繋ぎ公園の中へと走り出し、俺もそれにつられるように駆け出していた。
その男の子に手を繋がれたまま公園に入っていくと最初に連れてこられたのはブランコだった。
男の子はブランコに俺を座らせると自分は俺の後ろに回り背中をそっと押しだした。
「いつもママがおしてくれるんだ!ぼくもおしてあげたかったけどママはぼくがたのしくしてるのがたのしいんだって!」
「そうなのか……ママは好きか?」
「うん!」
そのあとも母親と遊んだ時のことや作ってくれる料理のこと、たくさんのことを話してくれた。
子どもらしい表情で話している姿はとても可愛らしく見えた。しかし、それと反対に俺の気持ちは落ちていくばかりだった。
結局、男の子は自分で乗らずにずっと俺の背中を押し続けた。しばらくすると満足したのか今度は砂場にやってきて一緒に山を作ろうと言ってきた。
今まで砂で遊ぶなんてことはした事がなく、というかしようものなら周りから全力で止められていたであろうことをしている。
二人で大きな山を作りその周りの土を掘り、川らしきものを作り山へ繋げた。俺と男の子は山を挟み向かい合い、お互いの方から少しずつ山の下を掘り川を繋げようとした。
山を掘りながら男の子は今度は父親のことも話してくれた。仕事がお休みの日は必ずどこかへ連れていってくれること、足が速くて運動会で一緒に走って1位をとった時のこと。
男の子から聞かされる話は俺には縁のない話ばかりで最初は相槌をうちながら聞いていたが次第にそれもできなくなっていった。
山を掘る手が次第に止まっていた。そんな俺に気づいた男の子は心配そうに聞いてきた。
「どうしたの?おなかいたい?」
「いや……俺の家とは全然違うなって思って……」
「おにいちゃんのママとパパはちがうの?」
「ああ、全然違うな……」
俺は母さんと遊んだ記憶なんてないし料理だってお抱えのコックがいるから母さんが作ることもない。父さんだって仕事ばかりで休みの日にどこかへ連れていってもらった記憶もないし運動会で一緒に走った記憶もない。
その代わり勉強勉強と色々な教材だけは渡される。そんな男の子の言うような思い出なんて一切なかった。
俺は……
「俺は母さんと父さんにとって一体どんな存在なんだろうな……」
「おにいちゃん……ん!」
俺は下を向いて涙をこらえた。自分より年下の男の子に泣いてる姿なんて見せたくなくて目に力を入れて涙を零さないようにしていた。
そんな俺の手に何かが触れた。それは小さくてでも暖かかった。
顔を上げると男の子と目が合いニカッと笑ってくれた。
「あのね、ママがいってたんだ!ママはぼくとあえてはじめてママになれたんだって!ぼくがすきだからぼくにママってよばれるとうれしいんだって!ぼくのこときらいだったらママってよばれてもやだなんだって……おにいちゃんのママはやだっていってたの?」
「言われてない……」
「じゃあきいてみなよ!じぶんいがいのきもちはきかないとわからないんだって!きくのがこわかったらぼくもいっしょにおにいちゃんのママにきいてあげる!」
砂でできた山の中で触れていた手が握られた。俺を安心させるように何度も何度も力を込めてギュッとされた……
こんな小さな男の子に、自分よりも年下の男の子に慰められてしまった。言ってることは所詮愛されてるから出てくる言葉であって何一つ理にかなっていないこともわかってる。それなのにこんなにも心に入るのは男の子の笑顔と手の温もりがそうさせているのかもしれない。
男の子は俺が泣き止むまでずっとそのままでいてくれた……
どのくらいそうしていたのかは分からないが、気づいたら俺の涙は止まっていた。男の子は俺の涙が止まったことに気づきもう一度ニコッと笑って手を離した。なんでかは分からないがその手を離してはほしくなかった。
「おやまできたね!かわもできた!おにいちゃんがいっしょにつくってくれたからいつもよりはやくできちゃった!」
「殆ど作ったのはお前だけどな……」
「おまえじゃないよ!もとむらつかさ!まきのようちえんのねんちょうさんだよ!おにいちゃんは?」
「俺は……」
「つかさ、迎えに来たわよ」
俺が名前を言おうとした時、後ろから女性の声が聞こえた。とても綺麗な人で男の子……つかさにそっくりの女性だった。
つかさはその人を認識すると「ママ!」と言って駆け寄っていった。『ママ』と呼ばれた人はつかさの顔を見てカバンからハンカチを取り出してその泥だらけの顔を拭きだした。
「今日もいっぱい遊んだのね」
「うん!きょうはおにいちゃんといっしょだったからおやまがすぐにできたんだよ!」
「そうなの。つかさと遊んでくれてありがとう」
「いえ……俺の方こそ遊べて楽しかったです」
見ず知らずの俺にも笑顔を向けてお礼を言うその人はとても優しい表情をしており、これが母親なのかと俺は漠然と思っていた。
「そろそろ暗くなるからあなたも早くお家に帰りなさいね。今日は本当にありがとう。つかさもお兄ちゃんにバイバイして」
「おにいちゃん、あそんでくれてありがとう!またね!」
そう言うとつかさと母親は家に帰っていった。気づくと公園には遊んでいる子はいなく、空もだいぶ暗くなっていた。
でも家に帰る気にはなれなくて傍にあったベンチに座った。勝手に飛び出してきてしまったがもしかしたら俺の事なんて気にしていないかもしれない。逆にいなくなって清々したと思ってるかもしれない。
それでも引っかかっているのはつかさに言われた言葉があったからだ。
『きいてみなよ!きかないとわからないよ!』
聞かないとわからない……本当にそうなのかな?少しでも俺の事を気にしてくれてたりするんだろうか……
俺はベンチから立ち上がり家に向けて歩きだそうとした。
「大輝!!」
その時、俺を呼ぶ声がして公園の入口に目を向けるとそこには父さんと母さんが立っていた。2人は汗だくで俺の元へ駆け寄ると勢いよく抱きしめた。
「大輝!良かった!良かった……!」
「お前がいなくなったって連絡を受けた時は気が気じゃなかった!本当に無事で良かった!」
こんな両親を見たのは初めてで俺は何が何だか分からなかった。俺を抱きしめながら涙を流し見つかって良かったと喜んでいる。
そんな2人を見て俺は自然と「ごめんなさい」と口にしていた……
あの後、帰りの車の中で俺は今まで考えていたこと、全部を話した。そうするとまた俺を抱きしめて今度は2人が「ごめんなさい」と口にした。
それからは無理に勉強させられることも無くなり……というか逆に過保護になった気がするんだが、お互いに本音で話ができるようになった。
別の日に再びあの公園に行ってみたがつかさと会うことはできなかった。聞いた話によると父親の仕事の関係で引越ししたらしい。
お礼を言いたかったが言うことはできず月日が流れてしまった。俺もあの出来事は大切な思い出として心に仕舞い、最近では思い出すことも少なくなっていた。
昨日、アイツと本村司と再開するまでは……
~副会長(澪)side~
「なんてことがあったから、まさかこのタイミングで司と再会できるとは思わなくて取り乱したというわけだ」
会長から聞いた話は私が想像したこともない会長の姿だった。私がこの人を知った時には志藤家の跡取りとしての自覚を持っていたし、自分が与える影響力というのも認識していた。だからそんなことを考えていた時期があったとは驚きだ。
「会長にもそんな可愛らしい時があったんですね……それが今では……」
「今では、何だよ?」
「いえ、なんでもありません。で?本村くんの方は会長のこと覚えてたんですか?」
「覚えてるわけないだろう……俺もあの頃とはだいぶ違うし、何より十年以上前の話だ。俺にとっては印象的な出来事でも司にとってはなんてことのない出来事だろうしな……」
会長のこんな姿は初めてで会長も人の子だったんだなと改めて思った。それを会長に伝えると「お前は俺をなんだと思ってるんだ」と言われてしまったが普段の様子を知っているだけにそう思っても仕方ないだろう。
「まっ、俺の話なんてこんなところだ。面白くもなんともないだろう?」
「いえ、とても興味深い話でしたよ?これからはこの話を盾に会長に仕事をしてもらえますしね」
「お前こそ人の子じゃないだろう……」
なんて話をしながら誤魔化したが、実際の心の中はそれどころではなかった。私は両親に抱きしめてもらったことも、話を聞いてもらったこともない。
きっとこれからもそんなことが起こるなんて奇跡は私の人生において絶対に有りはしないのだ。
今更、そんな夢を見ようとは思わないがそれでも考えてしまうのは私がまだ弱いからなのだろう。
もっと強くならなければ……どんなことがあっても動じない私にならなければいけないのだ。
「さて、話が終わったところで仕事の続きでもしましょうか。新入生オリエンテーションまで時間がありません。やることはいっぱいありますよ」
「あいよ……澪、ありがとな」
「やはり医務室に「やめろ!」冗談ですよ」
急に会長らしくなくお礼を言うからドキッとしてしまった。この人は急に脈略もなく突拍子もないことを言ったり、やってのけたりするから困るんだ。
それでもその会長にいつも助けられているのは私の方だ。きっと私は会長とのこういうやり取りが好きなのだろう。嫌なことから目を背けられるこの時間が大切なのだ。例えそれが一時のことでも私には特別なものだ。
「澪?どうかしたか?」
「いえ!会長にどの仕事から片付けてもらおうか考えていたんです。予算案でもいいですし、総会の資料作成、オリエンテーションの企画案の詰めとそれから……」
「待て待て!多すぎるぞ!」
「あなたが昨日、使い物にならなかったせいで溜まった仕事ですがなにか?」
「……なんでもありません」
私も悪魔じゃないから全部をやれとは言ってないんですけどね。日頃の鬱憤を晴らしてみたくなったので、たまにはこういうのもいいかもしれない。
とりあえず今のところ急を要する書類はなかったはずなので、会長が最初にやっていたモノからやってもらうことにした。
その後、少し時間が経つと他の役員も集まってきたので手分けして仕事を片付けていったのだった。