テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1組・バドミントン部・158cm 男子からの人気は圧倒的。でも、彼女の目に映るのは――遥輝だけ。 他の男子がどれだけ近づいても、どれだけ甘い言葉を囁いても、 梨々花の心は揺れない。 「好きなのは、遥輝だけ」 その気持ちはずっと変わらない。 でも、遥輝は不器用で、素直になれない。 「好き」って言ってくれない。 だから梨々花は、時々不安になる。 彼の気持ちが見えなくて、 他の男子の優しさに触れてしまう自分が、 “浮気してるみたい”に感じてしまう。 それでも、選ぶのは遥輝。 誰に何を言われても、どんなに孤独でも―― 「私の心は、遥輝専用だから」 その一途さが、彼女の強さであり、弱さでもある。
1組・サッカー部・159cm ちゃらめで距離感が近く、梨々花とはよく勝負事をする仲。 LINEでハートのスタンプを送るのも日常茶飯事。 身体測定のあと、真っ先に梨々花に話しかけに行くほどの“隠しきれない好意”。 軽そうに見えて、実は本気。 「俺のこと、見てくれよ」 その一言に、すべての想いが詰まっている。
1組・バスケ部・172cm ぶっちぎりの高身長と爽やかな雰囲気で、女子人気はトップクラス。 梨々花には自然に頭ポンポンしたり、距離が近い。 でも、梨々花には「なんでモテるのかよくわからない」と言われている。 それでも彼は、**“わからなくても、惹かれてほしい”**と願っている。 モテる男の余裕と、梨々花への本気が交錯する。
2組・サッカー部・155cm 問題児で、独占欲が強め。 好きな子には強引で、梨々花に対しても遠慮なし。 身長が梨々花より低いことがコンプレックス。 意外にモテるが、梨々花にだけは“本気の執着”を見せる。 「俺の彼女なんだから、誰にも触れさせない」 その言葉は、甘くて危うい。
2組・バドミントン部・梨々花の親友 明るくて、恋の駆け引きが得意。 琉惺と仲が良く、彼に恋心を抱いている。 でも、琉惺が梨々花を好きだと気づいて、少し傷ついている。 梨々花のモテっぷりに嫉妬しながらも、 「親友だからこそ、言えないこともある」 その葛藤を抱えている。
他校・爆モテ男子 3クラス中2クラスの女子が彼に恋していると言われるほどの人気者。 梨々花のことが大好きだが、ツンデレすぎて愛を伝えられない。 男子と仲の良い梨々花が、他の人に取られないか常に心配している。 「好きって言えたら、全部変わるのに」 その一言が、ずっと胸の中にしまわれたまま。
昇降口を抜けて、 階段を上がる途中。 梨々花は、スマホをちらっと見る。
遥輝:今日、そっち何時から?
遥輝:俺、今駅。眠い
梨々花:もうすぐ教室。
梨々花:こっちは、ちょっと騒がしい朝になりそう笑
返信を送った直後、 背後から声がかかる。
「梨々花~、おはよ」
振り返ると、玲央が笑顔で手を振っていた。 軽くて、ノリがよくて、でもどこか読めない。
「おはよ、玲央。今日テンション高いね」
「だって席替えだよ? 俺、梨々花の隣になったら、毎日楽しいじゃん」
「…それ、毎回言ってない?」
「言ってる。願掛けだから」
梨々花は笑いながら、 階段を上がる。
そこに、陽翔が追いついてくる。 玲央とは違って、落ち着いた雰囲気。
「おはよう、梨々花。 昨日のプリント、ありがとう。助かった」
「ううん、陽翔くんこそ、ノートきれいで助かってる」
「…今日も、何かあったら言って。 俺、わりと頼られたいタイプだから」
「ふふ、それは覚えとくね」
陽翔は、少し照れたように笑って、 先に教室へ向かう。
そのあと、昇降口の近くで、 琉惺が自販機の前に立っていた。
「梨々花、ミルクティー買う?」
「え、なんで?」
「なんとなく。今日、眠そうだったから」
「…見抜かれてる」
琉惺は、無言でミルクティーを差し出す。 梨々花は受け取りながら、 少しだけ笑う。
「ありがとう。 でも、私、ちゃんと起きてるよ」
「そっか。 じゃあ、目覚まし代わりに、今日の数学、俺が当てられるよう祈っといて」
「それ、祈る意味ある?笑」
ふたりが笑い合うその横で、 七海が教室から出てきた。
「梨々花、ミルクティーもらってる場合じゃないよ。 席替えの紙、もう配られてる」
「え、ほんと?早っ」
七海は、琉惺に軽く会釈してから、 梨々花の腕を引く。
「今日、隣になったら、ちょっと話したいことあるから」
「うん。 でも、隣にならなくても話そうよ」
七海は、少しだけ目を細めて笑う。
「…それでもいいけど、 隣だったら、梨々花が“他の誰か”に気を取られない気がするから」
梨々花は、七海の言葉に少しだけ胸がざわつく。 でも、何も言わずに微笑む。
(“他の誰か”って―― 遥輝のこと、気づいてるのかな)
スマホが震える。
遥輝:今、電車。
遥輝:梨々花の声、聞きたい
梨々花は、ポケットの中でスマホを握りしめる。
(私が隣になりたいのは―― やっぱり、遥輝だけ)
昼休み。 席替えのざわめきが落ち着いた頃、 梨々花は教室を出て、廊下に出た。
スマホを見ながら歩いていると、 自販機の前に立つ琉惺の姿が目に入る。
「…またミルクティー?」
「うん。 梨々花が隣になった相手、聞く前に飲んどこうと思って」
「え、なんで?」
琉惺は、缶を開けながら言う。
「なんとなく。 俺、隣になれないのはわかってるけど、 それでも、ちょっと気になる」
梨々花は、少しだけ笑って、 自販機の横に立つ。
「陽翔だったよ。 後ろから2列目の中央」
「…そっか。 まあ、陽翔なら安心かも」
「安心?」
「うん。 俺が“ちょっと嫉妬する相手”じゃないから」
梨々花は、琉惺の言葉に目を見開く。
「…それ、どういう意味?」
「別に。 俺、梨々花の隣になりたいって思ってる男子、 何人か知ってるから」
「玲央とか?」
「玲央はわかりやすい。 でも、陽翔は“静かに狙ってる”タイプだから、 ちょっとだけ気になる」
梨々花は、缶を見つめながら言う。
「でも、私が隣になりたいのは―― 遥輝だから」
琉惺は、缶を口元に運びながら、 静かに頷いた。
「…知ってる。 でも、俺は“同じ学校”にいるから、 たまにこうして話せる。 それだけで、ちょっと得してる気分」
梨々花は、少しだけ笑って、 缶を指でトンと叩いた。
「それ、ずるいかも」
「うん。 ちょっとだけ、ずるい」
チャイムが鳴る。 梨々花は、缶を返して、 教室へ戻ろうとする。
その背中に、琉惺が声をかける。
「陽翔が隣でも、 梨々花の“心の隣”が誰かは、 ちゃんと見てればわかるよ」
梨々花は、振り返らずに、 小さく手を振った。
(…見られてるな)
でも、 “見られてる”ことが、 少しだけ嬉しかった。
午後の国語の授業。 教室には、ゆるい空気が流れていた。
先生の声が遠くに響く中、 梨々花はノートに静かに文字を走らせていた。
隣の席には、陽翔。 彼も、丁寧な字で板書を写している。
ふと、梨々花がペンを止める。 漢字の意味がわからなくて、 ページをめくっても見つからない。
そのとき―― 陽翔が、そっと自分のノートを指さす。
「これ、たぶんこの意味だと思う」
声は小さくて、 でもちゃんと届く。
梨々花は、少しだけ笑って、 頷いた。
「ありがとう。 陽翔くんって、ほんとに頼りになる」
陽翔は、少しだけ照れたように笑う。
「梨々花が隣だと、 なんか、集中できる気がする」
「え、それって褒めてる?」
「うん。 でも、ちょっと緊張もする」
梨々花は、ペンを持ったまま、 陽翔の横顔を見つめる。
彼の目は、真面目で、 でもどこか優しさがにじんでいた。
「緊張しなくていいよ。 私、そんなに怖くないし」
「怖くはないけど―― なんか、ちゃんと見られてる気がする」
「…それ、私も思ってる」
陽翔は、少しだけ驚いたように目を見開く。
「え?」
「陽翔くんって、 静かに見てるけど、 ちゃんと気づいてる人だなって」
陽翔は、目を伏せて、 ノートに視線を落とす。
「…梨々花が、誰を見てるかも、 たぶん、俺は気づいてる」
梨々花は、何も言わずに、 ページをめくった。
その沈黙が、 “答え”になっていた。
授業は進んでいく。 先生の声が、また遠くに響く。
陽翔は、ノートの端に小さくメモを書いて、 梨々花の方にそっと見せる。
“隣にいられるだけでも、十分だよ”
梨々花は、ペン先でその文字をトントンと叩いて、 静かに笑った。
(…優しいな)
でも、 スマホの通知が震える。
遥輝:今、授業終わった。 遥輝:梨々花の声、聞きたい
梨々花は、スマホを見ずに、 心の中で返事をした。
(私も、遥輝の声、聞きたい)
窓際の席をくっつけて、 三人はそれぞれのお弁当を広げていた。
陽翔は、静かに箸を動かしながら、 時々梨々花の方をちらりと見る。
玲央は、唐揚げをつまみながら、 口を開く。
「梨々花ちゃん、今日のおかずなに?」
梨々花は、玲央の“ちゃん”に反応せず、 淡々と答える。
「卵焼きと、鮭。玲央、唐揚げ多すぎ」
「え、交換する? 俺、卵焼き好きなんだけど」
「玲央、卵焼きは甘いのとしょっぱいのどっち?」
「甘いやつ。梨々花ちゃんのは?」
「しょっぱい。陽翔のは?」
陽翔は、少し驚いたように顔を上げる。
「え? 俺のは…甘いやつ。母さんの定番」
梨々花は、ふっと笑う。
「陽翔、甘い卵焼き似合う」
陽翔は、少し照れたように笑って、 箸を止める。
「梨々花の卵焼き、食べてみたいな」
玲央が、すかさず口を挟む。
「俺も! 梨々花ちゃんの卵焼き、絶対うまいでしょ」
梨々花は、ふたりの言葉に少しだけ目を細める。
「玲央は“ちゃん”って呼ぶから、減点」
「えー! 減点制度あったの!? じゃあ陽翔は?」
「呼び捨てだから、±ゼロ」
陽翔は、笑いながら言う。
「じゃあ、次から“梨々花ちゃん”って呼んだら加点?」
「それは逆に減点。陽翔はそのままでいい」
玲央は、口をとがらせながら唐揚げをつまむ。
「俺だけ減点って、ひどくない?」
梨々花は、少しだけ真顔になって言う。
「玲央は、“ちゃん”って呼ぶことで、 自分を守ってるでしょ。 その分、距離があるってこと」
玲央は、言葉に詰まりながら、 箸を止める。
陽翔は、静かに梨々花の顔を見る。
「梨々花は、距離がある人に“ちゃん”って呼ばれるの、嫌?」
「嫌じゃない。 でも、“呼び方”って、 その人がどこまで踏み込んでるか、わかるから」
玲央は、少しだけ笑って言う。
「じゃあ俺、踏み込めてないってことか」
梨々花は、玲央の目を見て、 静かに言う。
「まだ、ね」
陽翔は、梨々花の言葉に、 何かを感じ取ったように、 そっと箸を動かす。
窓の外は、春の光が差し込んでいた。
教室の掃除が終わり、 生徒たちがぞろぞろと帰り支度を始める頃。
梨々花は、廊下の掲示板を見ながら、 プリントを折っていた。
そこへ、玲央が後ろから声をかける。
「梨々花…ちゃん」
梨々花は、振り返らずに言う。
「“ちゃん”つけるの、迷ってたでしょ」
玲央は、少しだけ笑って、 壁にもたれる。
「バレてたか。 …今日、昼に言われたこと、ちょっと考えてた」
「距離の話?」
「うん。 俺、梨々花ちゃんって呼ぶの、 ずっと自然だと思ってた。 でも、自然って、 “踏み込まないための言い訳”だったのかも」
梨々花は、プリントを折り終えて、 玲央の方を向く。
「呼び方を変えるだけで、 何かが変わると思ってる?」
「…変わるかどうかはわかんないけど、 変えたいって思った。 俺、梨々花のこと、 遠くに置きたくない」
梨々花は、少しだけ目を細める。
「じゃあ、呼んでみて。 “ちゃん”なしで」
玲央は、息を吸って、 少しだけ視線を外す。
「梨々花」
その呼び方は、 まだぎこちなくて、 でも確かに、距離を詰めようとする響きだった。
梨々花は、静かに頷く。
「…減点、取り消し」
玲央は、少し照れたように笑う。
「じゃあ、加点は?」
「それは、まだ」
玲央は、プリントを受け取りながら、 小さく呟く。
「“まだ”って言ってくれるの、 ちょっと嬉しい」
梨々花は、何も言わずに歩き出す。
玲央は、その背中を見ながら、 もう一度、心の中で呼んだ。
「梨々花」
その声は、 少しだけ、前より近かった。
校舎裏の階段。 夕方の光が差し込む静かな踊り場。
梨々花は、プリントを抱えて歩いていた。 そこへ、琉惺が後ろから声をかける。
「梨々花」
呼び捨ての声が、 少しだけ真剣だった。
梨々花は、立ち止まって振り返る。
「ん? どうしたの?」
琉惺は、階段を駆け上がって、 梨々花の前に立つ。
「ちょっと、話ある」
「今、職員室にプリント出しに行くとこなんだけど…」
「それ、あとででいい。 俺、今聞きたい」
そう言って、琉惺は梨々花の手からプリントをひょいと奪う。
「琉惺、それ返して」
「返すけど、答えて。 陽翔のこと、どう思ってる?」
梨々花は、少し驚いたように目を見開く。 でもすぐに、ふっと笑う。
「…急にどうしたの? そんな顔、珍しいね」
「昼休み、見てた。 陽翔と話してるときの梨々花、 ちょっと楽しそうだった」
梨々花は、琉惺の目を見ながら、 ゆっくり言葉を選ぶ。
「陽翔とは、話しやすいよ。 優しいし、空気も柔らかいし」
「…俺とは?」
梨々花は、少しだけ首をかしげる。
「琉惺は、強引だよね。 でも――」
そこで一拍置いて、 柔らかく微笑む。
「結構好きだよ? そういう人」
琉惺は、言葉に詰まりながら、 プリントを握りしめる。
「…じゃあ、嫌じゃなかった?」
「うん。 でも、強引なのと、乱暴なのは違うからね」
琉惺は、少しだけ笑って、 プリントを梨々花に返す。
「俺、ギリギリセーフ?」
「今日のは、ギリギリアウト寄り。 でも、許す」
梨々花は、プリントを受け取りながら、 階段を降りようとする。
「琉惺って、 思ってるより優しいよね。 強引なのに、ちゃんと様子見てる」
琉惺は、梨々花の背中を見送りながら、 小さく呟く。
「…見てるよ。ずっと」
その声は、 誰にも聞こえないくらい小さくて、 でも確かに、梨々花に向いていた。
チャイムが鳴ってから、すでに15分。 教室には、数人の残り組がそれぞれの席で宿題を広げたり、 友達と話したりしている。
窓際の席で、梨々花はプリントに名前を書こうとしていた。 ペンケースを開けると、いつも使っている黒ペンが見当たらない。
「…あれ?」
机の下を覗き込んでいると、 後ろから陽翔の声がふわっと届いた。
「これ、探してる?」
振り返ると、陽翔が梨々花の黒ペンを指先でつまんで持っていた。 その手は、梨々花の頭の少し上。 172cmの身長差が、こういうときだけ妙に効いてくる。
「陽翔、それ返して」
「うーん、どうしよっかな」
陽翔は、ペンをひょいと持ち上げて、 自分のポケットに入れるふりをする。
「俺と、今日の帰り一緒にコンビニ寄ってくれたら返すよ?」
梨々花は、少しだけ目を細める。
「それ、交換条件にするほどのこと?」
「するほどのこと。 梨々花とコンビニ行くの、レアだから」
「…じゃあ、断ったらどうするの?」
「そのペン、俺の筆箱に永久保存。 “梨々花使用済み”って書いて」
「やめて。変なコレクション作らないで」
陽翔は、笑いながらペンを指先でくるくる回す。
「でもさ、梨々花って、 こういうとき絶対“返して”って言うよね。 怒らないけど、ちゃんと主張する」
「怒るほどじゃないけど、 黙ってるほどでもないから」
「そのバランス、好き」
梨々花は、机に肘をついて、 陽翔を見上げる。
「陽翔って、 こういうときだけ強引だよね」
「こういうとき“だけ”? 俺、けっこう強引な方だと思ってたんだけど」
「でも、優しい強引さだから、 嫌じゃない」
陽翔は、少しだけ照れたように笑って、 ペンを梨々花の手の届くところに差し出す。
「じゃあ、返す。 でも、コンビニは行くよね?」
梨々花は、ペンを受け取りながら、 ふっと笑う。
「…行ってあげてもいいよ。 その代わり、ジュース奢って」
「え、そっちが条件出すの?」
「陽翔が強引なら、私もちょっとくらい強気でいいでしょ」
陽翔は、笑いながら頷いた。
「いいよ。梨々花には、ちょっとくらい強気でいてほしい」
梨々花は、ペンのキャップを静かに閉じながら、 少しだけ声を落とす。
「…でも、ほんとは強引な人、けっこう好きだよ」
陽翔は、その言葉に一瞬だけ動きを止める。 でもすぐに、笑いながら言う。
「それ、俺に言ってる?」
「どうだろ。 陽翔が“強引な人”に入るかは、まだ審査中」
「え、審査あるの!? じゃあ、今日のペン奪いは何点?」
「うーん…75点。 あと25点は、帰り道の会話次第」
陽翔は、机に手をついて、 梨々花の目線に合わせるように少しだけ屈む。
「じゃあ、今日の帰り、頑張るわ。 梨々花に加点してもらえるように」
梨々花は、少しだけ目をそらして、 窓の外を見た。
「夕焼け、きれいだね」
「うん。 梨々花と見ると、ちょっと特別に見える」
その言葉に、梨々花は何も言わず、 ペンを指先でくるくる回した。
陽翔は、静かに立ち上がって言う。
「じゃ、帰ろっか。 コンビニ、寄り道してさ」
梨々花は、立ち上がりながら、 小さく呟いた。
「…ジュース、炭酸じゃないやつね」
「了解。梨々花仕様で」
ふたりは並んで教室を出ていく。 夕焼けが、廊下に長い影を落としていた。
校門を出た坂道。 夕方の光が、街並みに柔らかく差し込んでいる。
陽翔と梨々花は、並んで歩いていた。 陽翔の手には、コンビニの袋。 梨々花は、ジュースのキャップを開けようとして、少し苦戦していた。
「貸して。梨々花、手ちっちゃいから開けづらいでしょ」
陽翔が、自然な動作でジュースを受け取り、 キャップを開けて渡す。
「ありがと。 陽翔って、ほんとに優しいね」
「梨々花には、優しくしたくなるんだよ」
梨々花は、少しだけ笑って、 ジュースを受け取る。
──その様子を、少し離れた場所から見ていたのが、遥輝だった。
校門の影に立ち止まったまま、 ふたりの後ろ姿を見つめていた。
梨々花が笑ってる。 知らない男と、楽しそうに話してる。
(誰…? あの男、誰?)
遥輝は、梨々花のことをよく知っているわけじゃない。 でも、ずっと気になっていた。 教室で見かけるたびに、 廊下ですれ違うたびに、 胸が少しだけ高鳴っていた。
(俺、梨々花のこと…)
気づいたら、足が勝手に動いていた。 ふたりの後ろを、少し距離を空けてついていく。
陽翔は、ふと後ろを振り返る。 遥輝の姿が目に入った。
(あれ…誰だ? ついてきてる?)
陽翔は、すぐに察した。 遥輝の視線が、梨々花に向いていること。 その目が、静かに嫉妬で揺れていること。
(…梨々花のファンかな? だったら、見せつけてやろ)
陽翔は、梨々花の方に顔を向けて、 わざと少しだけ距離を詰める。
「梨々花、今日の髪型、いつもと違うね。 こっちの方が好きかも」
梨々花は、少し驚いたように顔を上げる。
「え? そう? なんか、朝バタバタしてて、適当だったんだけど」
「でも、似合ってる。 俺、梨々花の髪、けっこう見てるから」
梨々花は、少しだけ照れたように笑う。
「陽翔って、そういうとこ細かいよね」
「好きな人のことは、細かく見ちゃうんだよ」
その言葉に、梨々花は一瞬だけ立ち止まる。 でもすぐに歩き出す。
遥輝は、遠くからそのやりとりを見ていた。 陽翔の言葉が、耳に届いた気がした。
(好きな人…? 陽翔が、梨々花を…?)
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。 言葉にできない感情が、喉の奥で渦巻いていた。
(俺、梨々花のこと、 そんなふうに見たことなかったのに… でも、今、 あの男に笑ってる梨々花を見てるだけで、 苦しい)
陽翔は、もう一度後ろをちらりと見る。 遥輝の視線が、まだ梨々花に向いている。
(…わかりやすいな。 でも、俺の方が先に隣にいる)
陽翔は、梨々花の手からジュースを受け取って、 キャップを開けて渡す。
「ほら、開けといた。 梨々花仕様」
「ありがと。 陽翔って、ほんとに優しいね」
その言葉に、陽翔は遥輝の方をちらりと見て、 少しだけ口角を上げた。
(聞こえた? “優しい”って、俺のこと)
遥輝は、拳を握りしめながら、 その場に立ち尽くしていた。
(…俺、あんなふうに笑わせたことない。 あんなふうに、隣に並んだこともない)
ふたりは、コンビニの前で立ち止まる。 陽翔が袋からお菓子を取り出して、 梨々花に見せる。
「どれ食べる? 梨々花が選んでいいよ」
「じゃあ、これ。 陽翔が好きそうなやつ」
「え、俺の好みまで把握してるの? 梨々花、俺のこと見すぎじゃない?」
「陽翔が、私のこと見てるから、 お返し」
ふたりの笑い声が、 遥輝の胸に突き刺さる。
(…知らない男なのに、 梨々花は、あんな顔を見せるんだ)
遥輝は、コンビニの影に隠れながら、 ふたりの様子を見ていた。
陽翔が、梨々花の肩に軽く手を置いた瞬間、 遥輝の中で何かが爆発した。
(やめろよ… 触るなよ… 梨々花は、そんな簡単に触れていい人じゃない)
でも、声には出せなかった。 名前も知らない男に、何も言えなかった。
ただ、胸の奥で、 嫉妬が静かに、でも確かに燃え上がっていた。
コンビニの前。 陽翔が梨々花にお菓子を差し出して、 ふたりは笑い合っていた。
梨々花が、陽翔の肩に軽く触れた。 陽翔が、梨々花の髪を指先で整えるように触れた。
その一瞬が、 遥輝の胸を、静かに、でも確かに締めつけた。
(…俺、何してんだろ)
コンビニの影に隠れながら、 遥輝は拳を握りしめていた。
(名前も知らない男に、 梨々花が笑ってるのを見て、 こんなに苦しくなるなんて)
ふたりの笑い声が、 夕方の街に溶けていく。
(俺、梨々花のこと、 そんなに知ってるわけじゃない。 でも、教室で見かけるたびに、 声を聞くたびに、 目が勝手に追ってた)
(それだけなのに、 今、こんなに苦しいのはなんでだ)
陽翔が、梨々花にジュースを渡す。 梨々花が、嬉しそうに受け取る。
(俺じゃ、あんなふうに笑わせられない)
遥輝は、コンビニの影から一歩だけ下がる。 ふたりの姿が、少し遠くなる。
(あの男は、 梨々花の隣にいる。 自然に、当たり前みたいに)
(俺は、 ただの通りすがりみたいに、 影から見てるだけ)
ふたりが、コンビニを出て歩き出す。 陽翔が、梨々花の手から袋を受け取って、 軽く肩を並べる。
梨々花が、何かを言って笑う。 陽翔が、それに応えて笑う。
その笑い声が、 遥輝の胸に、最後の一撃を落とした。
(…もう、いいや)
遥輝は、背を向ける。 夕焼けの坂道を、 誰にも見られないように、静かに歩き出す。
(俺なんかが、 梨々花の隣に立てるわけない)
(でも、 それでも、 あの笑顔を、 俺だけのものにしたかった)
足音が、夕方の街に溶けていく。 遥輝の背中は、 誰にも見られないように、 静かに、でも確かに、 痛みを抱えていた。
コンビニを出て、 夕焼けの坂道をふたりで歩く。
陽翔は、袋を片手に持ちながら、 ふと後ろを振り返る。
遥輝の姿は、もうなかった。
(…帰ったか。 まあ、当然だよな。 梨々花の隣は、俺だし)
陽翔は、ふっと笑って、 梨々花の方に顔を向ける。
「ねえ梨々花、今日の俺、ちょっとかっこよかったよね?」
梨々花は、ジュースを飲みながら言う。
「急にどうしたの? 自分で言うタイプ?」
「だって、今日の俺、頑張ったもん。 ペン奪って、ジュース開けて、コンビニ誘って、 梨々花の髪褒めて…完璧じゃない?」
「それ、全部“甘え”じゃなくて“アピール”でしょ」
「アピールっていうか、 梨々花に“俺の方が隣にいる”って伝えたかっただけ」
梨々花は、少しだけ目を細める。
「誰に?」
陽翔は、わざとらしく首をかしげる。
「さあ? 誰か見てた気がするけど、 気のせいかも」
梨々花は、ふっと笑う。
「陽翔って、たまに意地悪だよね」
「意地悪じゃないよ。 ただ、梨々花が誰かに取られそうになると、 ちょっとだけ焦るだけ」
「取られるって、私、物じゃないし」
「でも、誰かに笑ってる梨々花を見ると、 俺、ちょっとだけ独占欲わくんだよね」
梨々花は、ジュースを飲みながら、 少しだけ笑う。
「陽翔って、甘えん坊だよね。 普段は優しいのに、 こういうときだけ、ちょっと子どもっぽい」
「じゃあ、今からもっと甘えていい?」
「え、まだ甘えるの?」
陽翔は、梨々花の肩に軽く頭を乗せるような仕草をしながら言う。
「梨々花〜、今日の俺、頑張ったから褒めて〜」
「陽翔、歩きながら甘えるのやめて。 危ないから」
「じゃあ、褒めてくれたらちゃんと歩く」
梨々花は、少しだけ笑って、 ジュースのキャップを閉じる。
「…今日の陽翔は、ちょっとかっこよかったよ。 でも、甘えすぎると減点だからね」
「えー! 減点制度まだあるの!?」
「あるよ。 でも、今日のはギリギリセーフ」
陽翔は、満足そうに笑って、 梨々花の隣を歩く。
「じゃあ、俺の勝ちってことでいい?」
梨々花は、少しだけ目をそらして言う。
「勝ち負けじゃないけど… 今日の陽翔は、 隣にいてくれてよかったって思った」
その言葉に、陽翔は一瞬だけ黙る。 でもすぐに、笑って言う。
「それ、俺の中では満点」
ふたりの歩幅が、 夕焼けの坂道にぴったり重なっていた。
坂道を登りきった先、梨々花の家の前に着いた。
門の前で、ふたりは立ち止まる。夕焼けはもう薄れて、空は藍色に染まり始めていた。
陽翔は、コンビニの袋を持ったまま、少しだけ名残惜しそうに言う。
「…着いちゃったね」
梨々花は、鍵をポケットから出しながら、ふっと笑う。
「うん。 今日、けっこう歩いたね」
「でも、梨々花とだったから、 あっという間だった」
「陽翔って、ほんとに甘え上手だよね。 ずっと喋ってたじゃん」
「だって、梨々花が隣にいると、 話したいこと、いっぱい出てくるんだもん」
梨々花は、鍵を手に持ったまま、門の前で立ち止まる。
「…今日は、ありがと。 ジュースも、お菓子も、 陽翔の話も」
陽翔は、少しだけ照れたように笑う。
「梨々花が笑ってくれるなら、 なんでもあげたくなる」
「それ、ちょっと言いすぎ」
「ほんとだよ。 梨々花が笑ってると、 俺、なんか報われる気がする」
梨々花は、鍵を差し込もうとして、ふと手を止める。
「…陽翔って、 今日、誰かに見せつけてた?」
陽翔は、一瞬だけ黙る。でもすぐに、笑って言う。
「うん。 たぶん、誰か見てた。 だから、ちょっとだけ意地悪した」
「気づいてたよ。 でも、付き合ってあげたのは、 陽翔が隣にいたから」
陽翔は、梨々花の言葉に、少しだけ目を伏せる。
「…俺、梨々花の隣、 ずっといたいって思ってる」
梨々花は、鍵を回して門を開けながら、静かに言う。
「陽翔が隣にいると、 私、ちょっとだけ強くなれる気がする」
陽翔は、コンビニの袋を梨々花に渡す。
「じゃあ、また隣にいてもいい?」
「うん。 また、ね」
梨々花は、門の中に入って、振り返る。
「陽翔、帰り道、気をつけてね」
「梨々花が言うと、 なんか特別な気がする」
「それは、気のせい」
陽翔は、笑いながら手を振る。
「じゃあ、また明日。 隣、空けといてね」
梨々花は、軽く頷いて、門を閉める。
その音が、ふたりの時間の終わりを静かに告げた。
陽翔は、門の前で少しだけ立ち止まり、空を見上げる。
(…今日の俺、 ちょっとだけ、梨々花に近づけた気がする)
そして、静かに歩き出した。
梨々花の家の門が閉まる音が、 静かに響いた。
陽翔は、しばらくその前に立ち尽くしていた。 門の向こうに、梨々花の気配がまだ残っている気がして。
でも、やがてゆっくりと歩き出す。 コンビニの袋はもう空っぽで、 手には何も残っていない。
街灯がぽつぽつと灯る坂道。 夕焼けはすっかり消えて、 空は深い藍色に染まっていた。
陽翔は、ポケットに手を入れて、 ひとりで歩きながら、 今日のことを思い返していた。
ペンを奪ったこと。 ジュースを開けたこと。 髪を褒めたこと。 肩に触れたこと。
そして、梨々花が笑ってくれたこと。
(…全部、俺がやりたくてやったこと)
(梨々花が笑ってくれるなら、 それだけで、今日一日が報われる)
誰もいない夜道。 車の音も、人の声も、遠くにしかない。
陽翔は、ふと立ち止まって、 空を見上げる。
星が、まだ少しだけしか見えない。 でも、その少しが、やけに綺麗だった。
そして、誰にも聞かれないように、 でも確かに、自分の中に落とすように呟いた。
「…俺、好きだな」
その言葉は、 誰かに伝えるためじゃなくて、 自分の中で確かめるためのものだった。
(梨々花のこと、 好きだなって思う)
(隣にいると、 自分がちょっとだけ優しくなれる気がする)
(笑ってくれると、 自分がちょっとだけ特別になれた気がする)
陽翔は、もう一度歩き出す。 足音が、夜の静けさに溶けていく。
(明日も、隣にいられたらいいな)
その願いは、 誰にも見られない夜空に、 静かに浮かんでいた。
部屋の電気を落として、 ベッドに腰を下ろす。
制服のまま、ジュースのキャップを指でくるくる回しながら、 梨々花は今日の帰り道を思い返していた。
陽翔がペンを奪ったこと。 ジュースを開けてくれたこと。 髪を褒めてくれたこと。
そして――
「梨々花には、優しくしたくなるんだよ」
その言葉が、 静かに胸の奥に残っていた。
(陽翔って、ほんとにわかりやすい)
(でも、わかりやすいって、 ちょっと安心する)
スマホを手に取って、 何気なく画面を開く。
その瞬間、通知がひとつ届いた。
遥輝: 今日、誰と一緒に帰ってたの?
梨々花は、画面を見つめたまま、 指を止める。
(…見てたんだ)
数秒後、もうひとつ通知が届く。
遥輝: なんか、すごく楽しそうだったね 俺には、あんな顔見せたことないのに
梨々花は、スマホを胸元に置いて、 天井を見上げる。
(遥輝…)
(どうして、そんな言い方するの)
陽翔の「好きな人のことは細かく見ちゃうんだよ」って言葉と、 遥輝の「俺には、あんな顔見せたことない」って言葉が、 頭の中で重なった。
(どっちも、私のこと見てる)
(でも、見方が違う)
陽翔は、隣にいて、 笑わせようとしてくれる。
遥輝は、遠くから見て、 胸を痛めてる。
梨々花は、スマホをもう一度手に取って、 返信画面を開く。
でも、指は動かなかった。
(なんて返せばいいんだろ)
(“ごめん”って言うのも違うし、 “楽しかった”って言うのも違う)
画面を閉じて、 スマホを枕元に置いた。
窓の外には、星がひとつだけ光っていた。
(陽翔の言葉、 嬉しかった)
(でも、遥輝のメールも、 ちょっとだけ、胸が痛くなった)
梨々花は、目を閉じながら、 静かに呟いた。
「…どっちも、 私のこと、ちゃんと見てくれてるんだね」
その言葉は、 誰にも届かないまま、 夜の静けさに溶けていった。
駅までの道を歩いていると、 梨々花は、前方に見慣れた後ろ姿を見つけた。
(…遥輝)
昨日のメールが頭をよぎる。 あの、少し拗ねたような言葉。 でも、今は――
「遥輝!」
声をかけると、遥輝が振り返って、 少し驚いたように目を見開いた。
「…梨々花。おはよ」
「おはよう。待ってたの?」
「いや、たまたま。 でも、会えてよかった」
梨々花が隣に並ぶと、 遥輝は少しだけ歩幅を落としてくれた。
「昨日のメール…ごめんね。 ちょっと、言い方キツかったかも」
「ううん。嬉しかったよ、正直」
「え?」
「遥輝が、私のこと気にしてくれてるって、 ちゃんと伝わったから」
遥輝は、梨々花の顔を見て、 ふっと笑った。
「じゃあ、今日の朝は、俺のことだけ見てて」
「…え、なにそれ」
「昨日の分、取り返したいから」
そう言って、遥輝は梨々花の手にそっと触れた。 指先が少しだけ重なる。
「手、冷たいね」
「朝だからね」
「じゃあ、温めてあげる」
遥輝は、梨々花の手を包み込むように握った。 人通りの少ない道で、 ふたりだけの静かな時間。
梨々花は、少しだけ顔を伏せて、 でも手は離さなかった。
「…こういうの、学校着く前に終わらせてね」
「なんで?」
「教室で見られたら、恥ずかしいから」
「じゃあ、見られない場所で続きしよっか」
「…ばか」
遥輝は、笑いながら梨々花の髪を指で軽く撫でた。
「昨日、陽翔が髪褒めてたでしょ。 俺も、ずっと思ってたよ」
「…それ、今言う?」
「今だから言いたい」
梨々花は、照れくさそうに笑って、 遥輝の手をそっと振りほどいた。
「じゃあ、駅まで競争ね。 負けたらジュース奢り!」
「え、急に?」
「早く!」
ふたりは、笑いながら走り出す。 昨日の嫉妬も、今朝の照れも、 全部混ざって、 “好き”が溢れる朝の時間になっていた。
教室に入ると、 窓際の席に陽翔が座っていて、 イヤホンを片耳だけつけていた。
梨々花が席に向かうと、 陽翔がちらっと目を上げる。
「おはよ、梨々花」
「…おはよう」
昨日の帰り道のことが、 ふたりの間に少しだけ残っている。
でも、梨々花はその空気を壊さないように、 いつも通りの笑顔を浮かべた。
そのとき、後ろの席の男子―― 大地が声をかけてきた。
「梨々花、今日ちょっと髪巻いてる?」
「え?あ、うん。ちょっとだけ」
「なんか雰囲気違う。 昨日より大人っぽい」
「え、昨日の私、子どもっぽかった?」
「いやいや、そういう意味じゃなくて! なんか…いい感じってこと!」
梨々花は笑いながら、 髪を耳にかけた。
(遥輝にも、髪のこと言われたな…)
(でも、ここでは言えない)
陽翔は、静かにその会話を聞いていた。 何も言わないけど、 視線が少しだけ長く梨々花に向いていた。
「今日、昼休みどこ行く? 中庭、また行く?」
大地が聞いてくる。
「うーん…どうしようかな」
「じゃあ、俺も行く。 梨々花が行くなら」
「え、なんで?」
「なんとなく。 最近、梨々花と話すと元気出るし」
梨々花は、笑いながら答えた。
「じゃあ、元気出してもらおうかな」
でもその笑顔の裏で、 心の奥には遥輝の言葉が残っていた。
「俺だけが梨々花のこと知ってるって思ってた」
(…ごめんね、遥輝)
(私は、ここでは“普通”でいなきゃいけない)
陽翔が、イヤホンを外して、 ぽつりと呟いた。
「梨々花、今日の帰りも一緒に帰る?」
その言葉に、 梨々花は一瞬だけ迷って、 でもすぐに笑顔を作った。
「うん、いいよ」
その返事は、 “秘密を守るための普通”だった。
でも、胸の奥では―― 遥輝との“いちゃつき時間”が、 まだ静かに熱を持っていた。
教室に入ると、 すぐに玲央が駆け寄ってきた。
「梨々花!身長伸びた?俺、159.3になった!」
「え、0.3って…誤差じゃない?」
「いやいや、これは成長! てか、俺より高くなってないよね?」
「どうだろ。測ってないし」
「じゃあ、背比べしよ。今ここで」
「え、今?人いるよ?」
「いいじゃん。俺、梨々花にだけは勝ちたいんだよ」
そう言って、玲央は梨々花の肩に手を置いて、 ぐっと背を伸ばす。
「…どう?俺の勝ち?」
「うーん、微妙。 でも、勝ったってことにしてあげる」
「やったー!じゃあご褒美にハート送るね」
スマホを取り出して、 LINEでハートのスタンプを連打。
「…またそれ?」
「日課だから。 てか、俺のこと、ちょっとは見てくれてる?」
梨々花は、笑いながらスマホを閉じた。
「見てるよ。いつも騒がしいから」
「それ、褒めてる?」
「…たぶん」
玲央は満足そうに笑って、 自分の席に戻っていった。
そのあと、陽翔が梨々花の席に来て、 何気なく頭をポンと撫でた。
「今日、髪巻いてる?」
「うん。ちょっとだけ」
「似合ってる。 昨日より、なんか…大人っぽい」
「玲央にも言われた」
「そっか。 でも、俺は昨日の梨々花も好きだったよ」
梨々花は、少しだけ目を伏せた。
「…陽翔って、ほんとにモテるよね」
「でも、梨々花には“なんでモテるのかわかんない”って言われた」
「だって、わかんないもん」
陽翔は、笑いながら机に肘をついた。
「わかんなくてもいい。 でも、俺には惹かれてほしい」
その言葉に、梨々花は少しだけ胸がざわついた。
(…陽翔の言葉って、 いつも自然なのに、心に残る)
そのとき、後ろから椅子を引く音がして、 琉惺が梨々花の机に肘をついた。
「…昨日、陽翔と帰ってたの見た」
「え…見てたの?」
「見える位置にいた。 俺の彼女が、他の男と楽しそうにしてたら、気になるだろ」
「…彼女って」
「梨々花は、俺のだろ」
琉惺の目は、真っ直ぐだった。 身長は梨々花より少し低いけど、 その視線は強くて、揺るがなかった。
「…誰にも触れさせないって言ったよな」
梨々花は、少しだけ言葉に詰まった。
(琉惺の言葉って、 甘いのに、危うい)
(でも、嫌じゃない)
その瞬間、玲央が後ろから声をかけてきた。
「おーい琉惺、梨々花は俺と背比べしてたんだから、 勝手に“彼女”とか言うなよ〜」
陽翔も、静かに笑っていた。
「…梨々花、人気者だね」
梨々花は、笑いながらも、 心の奥で遥輝のことを思い出していた。
(…遥輝は、こんな教室の空気、知らない)
(でも、私の“本気”は、 ちゃんと遥輝に向いてる)
1組の教室。 いつものように、玲央が騒いでいて、 陽翔が静かに笑っていて―― 梨々花は、いつも通りの朝を過ごしていた。
そのとき、教室のドアが開いて、 見慣れない制服の男子が入ってくる。
「…琉惺?」
2組の琉惺が、 何の前触れもなく、梨々花の席に向かってきた。
「おはよ」
「え、なんでここに?」
「来ちゃダメ?」
「いや…ダメじゃないけど」
琉惺は、梨々花の机に手を置いて、 少しだけ身を乗り出す。
「昨日、陽翔と帰ってたの見た」
「…またそれ?」
「またって何。 俺の彼女が他の男と一緒にいたら、気になるだろ」
「彼女って…」
「梨々花は、俺のだよ」
その言葉に、周囲の空気が少しだけざわついた。 玲央が、遠くから「え、琉惺じゃん」と呟いている。
陽翔は、何も言わずに、 スマホを見ながら静かに様子を伺っていた。
梨々花は、琉惺の視線を避けるように、 ペンを手に取った。
「…ここ、琉惺の教室じゃないよ」
「知ってる。 でも、梨々花に会いたかったから来た」
「…そんなこと言って、 また先生に怒られるよ」
「怒られてもいい。 俺の彼女が、他の男に触れられてる方がムカつく」
その言葉は、甘くて、危うい。
梨々花は、少しだけ声を落として言った。
「…誰にも触れさせないって言ったよね」
「言った。 だから、俺が触る」
琉惺は、梨々花の髪にそっと触れた。 指先が、ほんの一瞬だけ絡む。
「今日の髪、好き」
「…琉惺」
「じゃあ、昼休み。中庭で待ってる」
そう言って、琉惺は何も言わずに教室を出ていった。
残された梨々花は、 ペンを握ったまま、 静かに息を吐いた。
(…ほんとに、遠慮ない)
(でも、嫌じゃない)
陽翔が、隣でぽつりと呟いた。
「…梨々花って、 ほんとにモテるね」
その言葉に、梨々花は笑わずに答えた。
「…モテてるんじゃなくて、 見られてるだけだよ」
昼休み。 教室の窓際で、梨々花はお弁当を広げていた。
その隣に、玲央がスッと座り込む。
「ねえ、今日のおかず、勝負しよ」
「勝負ってなに?」
「どっちが美味しいか。俺の唐揚げ vs 梨々花の卵焼き」
「え、それって味見させ合うってこと?」
「そう。で、負けた方がハート送る」
「またそれ?」
「日課だから。 てか、俺の唐揚げ、今日めっちゃ自信ある」
梨々花は、笑いながら卵焼きをひとつ差し出した。
「じゃあ、食べてみて」
玲央は、ぱくっと食べて、 目を閉じて噛みしめる。
「…うまっ。 てか、これ勝てる気しない」
「じゃあ、ハート送って」
「ちょっと待って。俺の唐揚げも食べてから決めて」
梨々花は、玲央の弁当から唐揚げをひとつ取って口に運ぶ。
「…うん、美味しい。 でも、卵焼きの勝ちかな」
「くっ…!じゃあ、潔く送るよ」
玲央はスマホを取り出して、 LINEでハートのスタンプを連打。
「…ほんとに毎回送ってくるよね」
「だって、梨々花にしか送ってないし」
「え、ほんとに?」
「うん。俺、軽そうに見えて、 けっこう本気なんだよ?」
梨々花は、少しだけ目を伏せて、 でも笑顔は崩さなかった。
「…知ってるよ」
玲央は、驚いたように目を見開いた。
「え、マジで? じゃあ、俺のことちょっとは見てくれてる?」
「…いつも騒がしいから、 見ないようにしてても見えちゃう」
「それ、見てるってことじゃん!」
「…うるさい」
玲央は、嬉しそうに笑って、 梨々花の髪を指で軽くつまんだ。
「今日の髪、好き。 巻いてると、ちょっと大人っぽくてドキッとする」
「玲央って、ほんと口が軽い」
「でも、嘘は言ってないよ。 俺の“好き”は、ちゃんと本気だから」
梨々花は、少しだけ頬を赤く染めながら、 卵焼きをもうひとつ差し出した。
「じゃあ、これも食べて。 勝負は終わったけど、 玲央にはあげてもいい」
玲央は、目を細めて笑った。
「…それ、ちょっと嬉しい」
ふたりの距離は、 ふざけてるようで、 ちゃんと近づいていた。
「じゃあ、これも食べて。 勝負は終わったけど、玲央にはあげてもいい」
梨々花が卵焼きを差し出すと、 玲央は嬉しそうに笑って、ぱくっと食べた。
「…うまっ。 梨々花、俺のために作ってくれてるでしょ?」
「違うよ。たまたま」
「でも、俺にだけくれるってことは、 ちょっと特別ってことでしょ?」
「…うるさい」
ふたりの距離は、 ふざけながらも、確かに近かった。
そのとき―― 教室のドアが開いて、 2組の琉惺が、無言で入ってきた。
「…琉惺?」
玲央が気づいて、眉を上げる。
「え、なんで来たの? ここ、1組だよ?」
琉惺は、何も言わずに梨々花の机に向かってくる。 その視線は、玲央ではなく――梨々花だけを見ていた。
「昼休み、俺と約束してたよな」
梨々花は、一瞬だけ言葉に詰まる。
「…うん。中庭でって」
「なのに、なんで玲央といちゃついてんの?」
玲央が、少しだけ笑いながら口を挟む。
「いちゃついてるって、言い方〜。 ただの勝負だよ。卵焼き vs 唐揚げ」
「勝負でも、距離近すぎだろ」
琉惺の声は低くて、 でも感情が滲んでいた。
「俺の彼女が、他の男に餌付けしてるの、見たくない」
「餌付けって…」
梨々花は、ペンを握ったまま、 視線を落とした。
(…琉惺、ほんとに遠慮ない)
玲央は、少しだけ真顔になって言った。
「梨々花が誰と話すかは、梨々花が決めることじゃない?」
「でも、俺は“誰にも触れさせない”って言った」
「それ、梨々花が納得してるならいいけど」
琉惺は、梨々花に向き直って言った。
「…俺のこと、忘れてた?」
「忘れてない。 でも、玲央とはいつもこんな感じだから」
「“いつも”がムカつく」
その言葉に、教室の空気が少しだけ張り詰めた。
梨々花は、静かに言った。
「…中庭、あとで行くね。 ちゃんと話したいから」
琉惺は、梨々花の髪にそっと触れて、 一言だけ残して教室を出ていった。
「俺だけ見ててよ」
玲央は、ため息をついて、 スマホを取り出した。
「じゃあ、俺はハート送っとく。 “俺も見ててほしい”って意味で」
梨々花は、スマホの画面を見ながら、 静かに笑った。
(…見られてる。 でも、見返すのは、まだ怖い)
中庭のベンチ。 風が少しだけ吹いて、 木漏れ日が揺れていた。
梨々花は、約束通りそこに向かうと、 琉惺がすでに座っていた。
制服の袖をまくって、 スマホをいじっている。
「…来た」
琉惺は、顔を上げずに言った。
「ごめん。遅くなった」
「別に。 でも、教室でのあれ、見ててムカついた」
「玲央とは、いつもあんな感じだから」
「“いつも”って言葉、ほんと嫌い」
梨々花は、隣に座って、 少しだけ距離を取った。
「…琉惺って、 ほんとに私のこと“彼女”って思ってるの?」
「思ってる。 ずっと前から」
「でも、私たちって、 ちゃんと付き合ってるわけじゃないよね」
「俺の中では、付き合ってる。 梨々花が他の男に笑うたびに、 胸が痛くなるくらいには」
梨々花は、静かに息を吐いた。
「…それって、苦しくない?」
「苦しい。 でも、好きだから仕方ない」
琉惺は、スマホを閉じて、 梨々花の方を向いた。
「俺、身長も低いし、 他の男子みたいに爽やかでもない。 でも、梨々花のことだけは、誰にも渡したくない」
「…琉惺」
「教室で玲央と笑ってるの見て、 ほんとに、全部壊したくなった」
その言葉に、梨々花は少しだけ目を伏せた。
「…でも、私は“壊される”のは怖い」
「壊さない。 守る。 俺だけが、梨々花の全部を知ってたい」
梨々花は、そっと琉惺の手に触れた。
「…私も、琉惺の気持ち、ちゃんと受け止めたい。 でも、全部は渡せない。 今はまだ、誰にも」
琉惺は、手を握り返して、 少しだけ目を細めた。
「じゃあ、俺だけが“知ってる”ってことでいい?」
「…それなら、いいよ」
風が吹いて、 ふたりの髪が揺れた。
その瞬間だけ、 梨々花は琉惺の“危ういほどの本気”を、 少しだけ甘く感じていた。
琉惺と並んで座ったまま、 梨々花は、そっと手を離した。
風が吹いて、 ふたりの間に少しだけ距離ができる。
「…ありがとう、琉惺。 話せてよかった」
「俺は、話すより触れてたいけど」
「…それは、また今度」
琉惺は、少しだけ不満そうに笑って、 「じゃあ、またLINEする」と言って立ち上がった。
梨々花は、ベンチにひとり残って、 スマホを取り出した。
その瞬間―― 通知がひとつ届いた。
玲央: 中庭、見えてるよ
梨々花は、画面を見つめたまま、 指を止める。
(…見てたんだ)
数秒後、もうひとつ通知が届く。
玲央: 俺、負けたくない
その言葉は、 スタンプも絵文字もなくて、 ただの文字だけ。
(玲央が、こんなふうに送ってくるの、 初めてかも)
玲央: 俺のこと、見てくれてるって言ったよね だったら、俺も“勝ちたい”って思っていいよね?
梨々花は、スマホを胸元に抱えて、 空を見上げた。
琉惺の「俺だけ見ててよ」と、 玲央の「負けたくない」が、 頭の中で重なっていく。
(…どっちも、私のこと見てる)
(でも、見られてるだけじゃ、 私はどこにも進めない)
梨々花は、スマホの返信画面を開いて、 少しだけ迷ってから、 短く打った。
梨々花: 玲央は、いつも勝ってるよ 私を笑わせるの、玲央が一番得意だから
送信ボタンを押したあと、 梨々花はそっと目を閉じた。
(…でも、勝ち負けじゃないよね)
(私が誰に“心を預けるか”なんだ)
中庭のベンチに座る梨々花。 その姿を、廊下の窓から陽翔が見ていた。
(…琉惺と話してる)
陽翔は、何も言わずにそのまま通り過ぎようとした。 でも、ふと立ち止まる。
梨々花がスマホを取り出して、 画面を見つめている。
その表情が、 いつもの笑顔とは少し違っていた。
(…誰かとLINEしてる)
陽翔は、遠くからその画面をちらっと見てしまう。 ほんの一瞬だけ、 梨々花のスマホに映った文字。
玲央: 俺、負けたくない
その言葉に、 陽翔は足を止めた。
(…玲央)
(あいつ、ふざけてるようで、 本気なんだな)
梨々花は、スマホを胸元に抱えて、 空を見上げていた。
陽翔は、静かにその姿を見つめながら、 ポケットから自分のスマホを取り出した。
でも、何も打たずに、 画面を閉じた。
(俺は、 “負けたくない”って言えない)
(でも、 “惹かれてほしい”って思ってる)
そのとき、梨々花が立ち上がって、 中庭から戻ってくる。
陽翔は、何気ないふうを装って声をかけた。
「昼休み、外にいたんだね」
「うん。ちょっと話してて」
「そっか。 …今日の髪、巻いてるの、やっぱ好き」
「…またそれ?」
「言いたくなるから、仕方ない」
梨々花は、少しだけ笑って、 でも目は伏せたままだった。
陽翔は、何も言わずに歩き出す。
(俺の“好き”は、 わかりにくいままでいいのかな)
(でも、 見てるよ、ずっと)