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「元貴」
静かな楽屋で、不意に名前を呼ばれて、大森は肩を跳ねさせた。
「……外でそれ呼ぶなって言ってるだろ」
「えー?だって元貴じゃん」
若井は悪びれもせず、にこにこしている。
その笑顔が腹立つのに、嫌じゃないのが一番腹立つ。
「他の人の前ではちゃんと“大森”って呼んでるでしょ」
「今は二人だから」
「……だからって」
若井は少し身を乗り出して、声を落とす。
「元貴がさ、
名前で呼ばれるの苦手なの、知ってて呼んでる」
「性格悪いな」
「うん。でも可愛い反応するから」
大森は顔をしかめながらも、譜面を閉じる。
逃げない。立ち上がらない。
「……若井だけだからな」
ぽつりと零れたその一言に、若井の目が見開かれる。
「え」
「他のやつに呼ばせる気ない」
「ちょ、元貴それ……」
「うるさい」
「いや嬉しすぎてうるさくなる」
若井は完全にデレデレになって、距離を詰める。
「元貴」
「呼ぶな!」
「元貴」
「……一回でいいだろ!」
でも、大森の声は本気で怒っていなかった。
若井は笑いながら、でも真剣に言う。
「さ、元貴はさ」
「俺にだけ、弱いとこ見せてくれればいい」
一瞬の沈黙。
そして大森は視線を逸らしたまま、小さく答える。
「……それ以上言ったら、出てけ」
「はいはい」
「でもさ」
若井は立ち上がり、ドアに向かいながら振り返る。
「元貴が呼ばれたくない名前を呼べるの、
俺だけって思うと、ちょっと優越感」
「……調子に乗るな」
そう言いながらも、
大森はその名前を否定しなかった。