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深夜のスタジオ。
他のメンバーは先に帰って、残っているのは二人だけ。
「もう一回、ここ」
大森――いや、元貴はヘッドホンを外して、椅子に崩れるように座った。
「……無理。今日は出ない」
普段なら絶対言わない弱音。
でも若井は何も言わず、ギターを置いて近づいた。
「元貴、コーヒー冷めてるよ」
「いい……」
そう言いながらも、差し出されたカップを素直に受け取る。
文句も言わない。拒まない。
若井はそれを見て、少しだけ笑った。
「ね」
「なに」
「元貴ってさ、俺の前だと全然違うよね」
「……は?」
「外だとさ、完璧で、尖ってて、
誰にも触らせない感じなのに」
若井はしゃがんで、元貴と目線を合わせる。
「俺の前だと、ちゃんと疲れてるし、
ちゃんと弱い」
元貴は一瞬、言葉を失う。
「……そんなわけない」
「あるよ」
即答だった。
「今もさ、肩落ちてるし、
声、ちょっと震えてる」
「……見るな」
「見るよ。元貴だもん」
その呼び方に、元貴は小さく眉をひそめるけど、否定しない。
「無意識なんだと思う」
若井は続ける。
「俺の前だと、守らなくていいって思ってるんでしょ」
「……調子に乗るな」
そう言いながら、元貴は若井の肩にもたれた。
自分でも驚いたように、一瞬だけ動きが止まる。
若井は何も言わない。
ただ、その重さを受け止める。
「……今の、忘れろ」
「無理」
「は?」
「だって元貴が、俺にだけ見せたやつだもん」
少し間があって、元貴は低く呟く。
「……だから嫌なんだ」
「なにが?」
「……若井の前だと、
ちゃんと一人になれない」
若井は、嬉しそうに、でも優しく笑った。
「それさ」
「俺にとっては、最高の特別扱い」
元貴は顔を背けて、ぼそっと言う。
「……誰にも言うなよ」
「うん」
「俺だけの、元貴だから」
返事はなかったけど、
元貴はそのまま離れなかった。