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麦畑の向こう。陽だまりの下で、子どもたちの笑い声が響いていた。
「ミンジュお姉ちゃん、見て〜!」
「おおっ、すごい! 高く跳べたね!」
ミンジュはスカートをまくり上げて草むらを走り、
手を伸ばして、小さな手にそっと触れた。
ぎゅっと握り返されるその温もりが、胸の奥にじんわりと染みる。
「お姉ちゃん、絵本よんで〜!」
「じゃあ、この前の『光の鳥』の続きにしようか?」
「わーいっ!」
•
おばあさんの家の軒先に集まってきた村の子どもたちに囲まれながら、
ミンジュは柔らかく微笑んだ。
その顔に浮かぶ表情は、かつて7人の誰も見たことがないほど、穏やかなものだった。
•
「昔々、光の鳥は、天から落ちて、地上の小さな村に舞い降りました――」
読み聞かせの最中、ふと、視線を上げた。
──目が合った。
小高い丘の上。
そこに、“黒い人影”が立っていた。
(……え?)
次の瞬間、視線はふっと消える。
……でも、確かに感じた。
あの、冷たい視線。
胸の奥に焼きついて、離れない。
ミンジュは思わず本を閉じた。
「ごめんね、今日はここまで。みんな、そろそろおうちに帰ろっか」
「え〜、やだ〜!」
「また明日、ね?」
•
夕方。
ミンジュは急いで家に戻り、扉に鍵をかけた。
(私、バレた……?)
脳裏に焼きつく、獣のような目。
一度も忘れられなかった“あの瞳”。
──ジョングク……?
•
「きのせい、きのせい、大丈夫よ、き、っと」
その夜、ミンジュは眠れなかった。
ぴり、と。
空気の中に、かすかに“違和感”が混じっている。
外は静か。
虫の声も、風の音も、変わらないはずなのに。
あれから数日がたった、でも彼らは現れなかった
「見間違いだったのね……」
安心しきったミンジュは山の奥で野花を摘んでいた。
白いワンピース、白い翼、穏やかな微笑み。
(……もう、幸せに暮らしていいはず。
誰も、わたしを見つけないはず──)
でも、その背後から降りかかってきた声は、あまりにも鮮明だった。
「……いた……ヌナ」
──囁くような低い声が、背後から耳元に触れた。
「……っ!?」
振り返る前に、ミンジュの身体は抱きすくめられていた。
「やっと見つけたよ、ヌナ」
──ジョングクだった。
その目は、五年前に湖で見たときよりも、
遥かに深く、黒く、狂気じみていた。
•
「……いや……やだ……! おばあさん、助け──っ」
「静かに。もう逃げられないよ」
肩に手をかけられ、無理やり振り向かされる。
「キミは僕のものだ。僕たちの、“天使”だろ?」
黒い影が次々と現れる。
ジミン。テヒョン。ユンギ。ナムジュン。ホソク。ジン――。
七人の悪魔たちが、沈黙のままそこに立ち並んでいた。
ミンジュの背中の翼が、白い光を放ち――
しかし、それはあまりに儚くて、今にも染まりそうだった。
「さあ、帰ろう」
ジョングクの手が、ミンジュの羽根にそっと触れる。
──“パサ……”。
たったそれだけで、羽根の先端が、黒に滲んでいった。
ミンジュの足元から、希望が崩れ落ちていく。
(……いや……)
(また、私は……)
(──壊される)
•
――けれど、誰にも助けは届かない。
この村で与えられた日々が“光の記憶”だったなら、
今、彼女を包むのは、終焉の夜。