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苦く笑ったレジーナが「話は終わりだ」と離れていく。
リオネルは彼女を呼び止めることができなかった。胸の内に猛烈な羞恥が渦巻く。
全て、見透かされていた――
彼女は知っていたのだ。自身がエリカに気持ちを傾けていたことも、レジーナの好意を蔑ろにしていたことも。
事実、リオネルは彼女の想いに気付いていた。気付いた上で、「家の決めた婚約だ」と予防線を張っていた。
リオネルにとって、それが楽だったから。
レジーナを妻とすることに否やはなかった。しかし、彼女の想いに応えられる自信はなかった。
だから、婚約破棄も、彼女の想いを虐げることに目を瞑って――
(……なのに、何も言わなかったというのか?)
リオネルは――特に、エリカと出会ってからは――、レジーナとの婚約を「家同士の契約」と言い続けた。彼女のことは「婚約者としては尊重する」と。
エリカとレジーナの衝突を仲裁するのは、レジーナの婚約者という立場から。それが次第にエリカを庇うことが増え、いつしか、レジーナからは完全に心が離れていた。
(その間もずっと、レジーナには己の心の内が見えていた……)
思い出されるいくつもの場面。
二人の諍いを止めるため、何度もレジーナに触れた。
あの時は? あの場面で、彼女は何を思っていた?
次々と浮かんでは消える光景。
リオネルには、それだけ「エリカを優先した」という思いがある。
婚約者を裏切りながら正義を説く男に、レジーナは何を思っていたのか。
(ああ、クソッ……!)
叫び出したくなるほどの羞恥。
じっとしていられず、リオネルは足音荒く歩き出す。皆の元へ戻ると、エリカが駆け寄ってきた。リオネルの腕に手を掛ける。
「大丈夫? 酷い顔をしているわ。レジーナ様に何か言われたの?」
「いや……」
否定するが、今はエリカの顔を見れない。
彼女の後ろから、シリルが問うてくる。
「レジーナ様、やっぱり『読心』使えるって?」
無言で頷くと、彼が「うわぁ」と嫌そうな声を上げた。
「剔抉のフォルストの再来かぁ。やだなぁ」
「……シリル、言葉を選べ」
「ああ、ごめんごめん。けど、読心なんて、本当に困っちゃうからさぁ」
シリルは悪びれる様子もない。
エリカが、躊躇いがちに疑問を口にする。
「レジーナ様は私たちのことを何か仰っていた? ……アロイスのように、私たちも知らない内に心を読まれていたのかしら?」
「いや、それは……」
(そう言えば、何も言っていなかった……)
レジーナが口にしたのは、あくまでリオネルの胸の内のみ。
シリルやフリッツはともかく、エリカとの接触は多かったのだ。何かしら読んだ可能性は高いが――
「レジーナ様の読心は本物なのかしら?」
エリカがポツリと呟く。
リオネルが「どういうことか」と問うと、彼女は「もしも」と仮定を口にする。
「レジーナ様のスキルが嘘でも、それを証明するのは難しいなと思って。……彼女に『心を読んだ』と言われたら、それが嘘でも、他の人には判断のしようがないでしょう?」
「……しかし、そんな嘘をつく必要があるだろうか?」
「分からないわ。でも、レジーナ様に『エリカはリオネルを嫌っている』と言われたら、私は『違う』って否定することしかできない。リオネルは信じてくれても、他の人は……」
眉根を下げたエリカ。
その言葉を吟味して、リオネルは首を横に振った。
「いや、やはり、偽る動機がない。レジーナはスキルが露見するのを恐れていた」
露見すれば、彼女を忌避する者は増えるだろう。事実、シリルは彼女への嫌悪を口にした。
エリカが困ったように笑う。
「リオネルを繋ぎ止めるためじゃないかしら?」
「なに……?」
「読心のスキルがあるって言えば、リオネルがレジーナ様を選ぶ、そうお考えになったのかも」
リオネルは先程のレジーナの言葉を思い出す。
彼女の悲嘆は本物だった。エリカの言うように、こちらの気を引くための方便という可能性もあるが。
「……いや、レジーナの読心は本物だ」
でなければ、秘したリオネルの心をあそこまで正確に言い当てることはできない。
否定するには、リオネルには思い当たることが多すぎた。
エリカが「そう」と呟いて、瞳を伏せた。
「……だとしたら、もっと早く、リオネルに打ち明けるべきだったと思うわ」
悔しげに唇を噛む。
「ずっと騙していたなんて、なんだか、リオネルが可愛そう」
「エリカ……」
「私なら、他の人には言えなくても……、ううん、言えないことなら余計に、リオネルにだけは相談するもの」
エリカの瞳に薄っすらと涙の膜が張る。
自分のために、悔しがってくれている。
リオネルはそっと手を伸ばした。
「……ありがとう、エリカ」
リオネルは未だ混乱の中。
レジーナに対する負い目、己の不義に対する羞恥が心を冷やしめる
だが、エリカの言葉に、幾分、心が軽くなった。
黒曜の瞳。
エリカが向ける絶対の信頼と愛情が、リオネルを救う。その絆が気づかせてくれる。
(そうだ。もし、レジーナが心から私を信頼してくれていれば……)
彼女は秘密を明かしていただろう。
リオネルに非があるというなら、それを指摘すれば良かっただけのこと。口を噤んだ言い訳にはならない。
(……結局のところ、レジーナとの間に未来などなかった)
それはリオネルの不徳の致すところ。そう言われれば、甘んじて受け入れる。
だが、その不徳を正すべき立場にあったのはレジーナ。
彼女は自身の役目を放棄したのだ。
どっちもどっち。二人の関係はとうに破綻していた。
その事実を、リオネルは静かに受け入れた。