「こっちこっち」
花魁坂が州内したのは東京の練磨近く、人混み外れた隠れ家等な個人経営のカフェだった。
白い壁と4人掛けのテーブル2つと、カウンター席が4つ。
うながされるままに四季は、テーブルに着く。
四季の隣は京矢、目の前が並木度…なんとも不思議な座席だ。店内には店員さん以外には誰もいないようで穏やかな音楽がゆっくりと流れている。
寒くも暑くもない室温で内装には拘っているようで所々に緑の観葉植物が置かれていた。
四季は周りを興味津々に見渡して、キョロキョロしている。
生まれてこの方、一度もこんなおしゃれな店に入ったことがなかったから宝箱を見つめるように目をキラキラさせて。
「ごちゅーもんは、おきまりですかぁ?」
四季は、注意を払っていなかった方向から急にかけられた声に肩をはねる。目線をテーブル横にいる店員さんに向ける。
だけど声をした方を見ても居なかった、辿々しい声の主は5歳前後の小さい子供だった。お母さんと思われる女性とお揃いの茶色のエプロンを着て、自由帳という名前の伝票とクレヨンを持っていた。
「俺はコーヒーをお願いしても良い?」
「いいよぉ」
「ありがとう、馨君は?」
「俺もコーヒーでお願いします」
「わかった」
「四季ちゃんは?」
顔を綻ばせながら屈んで小さな店員さんに注文をお願いしている花魁坂と、優しい目で穏やかに答える馨。
やっぱ小さい子は可愛いなぁ…なんてほっこりしていた四季に花魁坂は注文を聞くも、突然に振られた言葉に慌てふためき、首を左右に振る。
「俺こういうとこ来たことねぇし…水で良いよ」
女子中高生から出たとは思えない遠慮の言葉に花魁坂は上を見て目を塞ぎ、並木度は何かを堪えるように目頭を摘んだ。
「お兄さんが奢ってあげるから好きなもの頼んで!!」
「俺も奢ります…」
「で、でも俺、マジで何頼んだら良いか…わかんないんで」
「「パンケーキとメロンソーダをお願いします!!」」
困ったようにしどろもどろに四季が言えば息ぴったりに注文をした。
「こーひー、ふたつと」
「ぱんけーきと、めろんのね!」
グリグリと黒いクレヨンで文字らしき物を書いてペコリと頭を下げて引っ込んでいった店員さん。
「小さい店員さん、ですか…」
「可愛いね」
「子供は可愛い」
四季が堂々と言っても、花魁坂達は君も可愛いけどね!と内心でツッコミを入れてしまう。
「2人にちゃんと紹介するね」
一通り悶えた花魁坂はまるで意識を切り替えるように並木度の目を見て言った。
「まず、馨くん」
「今鬼機関で噂が広まってると思うんだけど、それについては知ってる?」
「!花魁坂さん、それっ」
「ううん大丈夫、この子も鬼だから」
ガタリと椅子が音を立てるほどに勢いよく立ち上がった並木度は焦りと驚きが混じり目を見開いている。言っちゃいけないヤツじゃと止めようとした並木度を逆に止めた花魁坂。
「はい、あの鬼機関に所属してない鬼の事ですよね」
花魁坂の言うことを信用しているのか、落ち着きをすぐさま取り戻して椅子に座って自身が知っていることを適切に答える並木度。
その一瞬の行動を見ていた四季はこの人は凄く優秀な人間だ、と再認識をする。
「女性と子供を助けるとか、聞いた事があります。男性も助けるんでしたよね…」
「うん、そう。基本的に女性と子供だけど、必要なら男性でも助けてくれる。」
「それが鬼でも桃太郎でも…ね」
チラリと四季を横目で一瞥して話を続ける、四季も気付かないふりのまま大人しく席に着いている、内心は真横で自分のことを色々言われて顔が赤くなっていないか心配だけれども。
「それでね、俺の横にいる彼女がその噂の子」
「なるほど…えっ?」
一通り頷いたけれども花魁坂の言ったことが上手く入って来なかったようで、目を大きく開いて口を開けた。
「だから、この子が噂の子」
「一ノ瀬四季ちゃん」
「…です」
隣の花魁坂を見ていた並木度に小さくそう付け足せばとても…滅茶苦茶信じられないと言いたげな顔で見つめられた。
「それで四季ちゃん」
「!はい」
「彼が並木度馨くん」
「鬼機関に所属していて練馬区の偵察隊副隊長をしている、俺の後輩」
「偵察隊…副隊長」
え、滅茶苦茶優秀な人じゃん!!と言いたげな目を花魁坂に向けても一向にこっちを向こうとはしない。わかってやってるな…
「それで俺が、京都の援護部隊隊長の花魁坂京夜」
「知ってます/る」
2人して冷たい!と口先だけで嘆く花魁坂もスゲェ奴なのかよ…と複雑な表情を浮かべて居る四季。
全員がなんとなく言葉を発せない空気を緩和するように、小さい店員さんはパンケーキを運んできた。
「ぱんけーきおまたせしましたぁ」
「あ、ありがとう」
小さいお盆から皿ごと受け取り、四季は優しく頭を撫でる。
「…桃太郎を助けるとは聞きましたけど、彼女なら心配なさそうですね…」
「でしょ」
「あとは…」
「彼女は、自身を守れるほどの力があるのかってことが気掛かりですね…」
目を細めて引き締めた顔で並木度は四季を見つめる。
「誰かを守ろうとしても、自分が強くなければ他者を救うことはできない…」
「…って、彼女は知ってそうですね」
「うん、多分四季ちゃんなら大丈夫!」
自信満々とまではいかないもののニッコリと笑って言い切った自身の先輩に並木度は、この人が言うなら大丈夫か。無意識的に張っていた肩の力を落とした。
「あとね…もしかしたらなんだけど…」
ちょいちょいと手招きをしているから身を乗り出す。
「四季ちゃん、鬼神かもしれないんだよ」
「えっ?!鬼神って、あの鬼神ですか?」
「うん、その鬼神」
未だエプロンを着ている少女と戯れている、簪の少女を見て水を一口含む。
いつの間にかスマホを弄っている花魁坂、怒涛の事実に一息付いていればスマホが通知を知らせる音を鳴らした。
相手は目の前の花魁坂さん。
『京都の一件って知ってる?』
『京都の鬼機関が襲撃された件ですか?』
『そう、その件に四季ちゃんが絡んでるんだよ』
京都だぞ!?と危うくスマホを落とすかと思った。
『唾切っていたじゃん、鬼を人体実験してたあの唾切』
『いましたね…』
『四季ちゃんが倒した』
あの、唾切を…パッと花魁坂を見れば無言でうなづいていた。一方等の本人はパンケーキに目を輝かせていた。けれど一向に食べようとはしない、温かいうちに食べなければ美味しくなくなる…
「…四季くん、食べないの?」
「奢ってもらうのに、先に食べんのは…失礼だろ?」
「四季ちゃん全然先食べて良いよ!!」
「ほらほらあったかいうちに食べな〜」
なんて言いながらパンケーキにナイフを通して一口サイズにした一つを彼女の口に運んでいく。所謂あーんとか言うやつ。
おずおずと口を開けて頬張れば、大きく目を見開いて堪能するように噛んでいる。
「ひよこみたいで可愛いですね…」
ほんとにこの子が唾切を倒したんだろうか、と不思議に思うけれど先刻のナンパの一件でも四季くんは切り替えが早かった。
状況把握とそれに応じた行動も即座にこなしていた…事実と確証が出来たわけでもないが、実際この目で見た証拠はある。
『…彼女はちゃんと強いのかもしれませんね』
『鬼神かもしれないのは、ダノッチが唾切との戦った場所を確認したんだけど』
『炎に包まれてた点と、唾切本人が鬼神だって言ってたんだよね…』
『鬼神なら炎鬼ですかね…』
無駄な事を嫌う無蛇野先輩が言うならば、事実確認や証拠現場を第三者目線で見てからの判断だろうから…ほぼほぼ確定になるだろう。
『鬼神なら一層、鬼機関に席を置く方が良いんじゃないですかね』
『だよね〜』
わかる、と頷いているスタンプが送られたのと同時にキッチンの奥でコーヒーを淹れていた店主の女性が出てきた。
「お待たせしました」
ふわりとコーヒーのいい香りが鼻腔に通り、上がっていた心拍が幾許か下がった気がする。
「娘と遊んでくれてありがとうございます」
にっこりと笑った店主さんの顔は娘さんに随分と似ていた。何もせずに大人しく暮らしている鬼もいる。だから桃太郎から守らなければならない。
理不尽に明日を今日を踏み躙るような奴らから。
きっと四季くんも同じ事を思って、行動をしているのだろう。娘さんに微笑んでいた笑顔には慈愛と博愛と、とにかく丁寧で暖かくて只々優しい笑顔だった。
そんな顔や決意をした人を何人も知っている。現に目の前にいるチャラそうな顔や行動をしている花魁坂もその1人だし、自身の隊長も…
「四季くん」
パンケーキを頬張る彼女はハテナを思い浮かべている顔で見つめてくる。
「俺は君を…」
「一ノ瀬四季を、信じる」
口に入っていたパンケーキを飲み込んだ四季くんは、まっすぐな目をした。
「ありがとうございます」
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続きが気になりすぎて朝しか眠れない