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高校に入ってから私は眼鏡デビューをした。
洗面所の鏡で、眼鏡をかけた自分を確認するけれど、いまいちシックリこない。
視力は勉強に熱を入れだした頃から悪くなり、三年になってからは、授業中はかけていたのだけれど……なんとなく普段つけるのは避けていた。
高校入学を機に着けはじめたのは、小学生の頃から変わったのは制服だけと指摘した弟の言葉を否定するためではない。
まぁ、その……なんとなくというヤツだ。
でも、やっぱり鏡に映る自分の姿にはシックリこないままだ。あと、なんか邪魔だし。
――嫌になったら外せばいっか。
そんなことも考えていたのだけれど、結局、寝る時とお風呂の時以外はつけたままになった。やはり人間とは慣れる生き物らしい。
慣れるといえば、炎蔵の自転車通学も慣れたもので、三年間私を運び続けた太ももは、「競輪部かよ」とツッコミたくなるくらいにセクシーになっていた。
あと、荷台に座布団を載せることを学習した。
地味な文芸少女をやっていた私は、放課後に文芸部の部室で告白された。
小学生の頃は男友達はたくさんいたけれど、中学の後半からはさっぱりだったので、仲の良い男子ができたのはうれしかった。
でも、その相手と特別な関係になりたいかと言われるとそうでもない。
なにより、すでに自分が物語の主人公ではないことを知ってしまっている。
告白に思い当たる理由は炎蔵くらいしかなく、「炎蔵目当て?」なのかとたずねると否定された。
「まさかロリコン!?」
「ちがうよ!!」
なんでも、話が合う女子の存在がうれしいらしい。
容姿も嫌いじゃないけれど、といい訳のように付け足されたけど。
なるほど。教科書と漫画以外を読みたがらない同級生たちと比べれば、確かに小説を読む彼とは波長が合う。
そう考えれば、彼とつきあうというのも悪い選択ではないのかもしれない。
脳裏では『OKしても問題なし』と判断していたものの、もったいぶって「明日まで考えさせて」と願い出た。
あぜ道を二人乗りしながら、炎蔵に告白の件について話す。
「ねぇどうすればいいと思う?」
答えは決まっていたのだけれど、たずねてみた……なんとなく。
すると炎蔵はそっけなく答える。
「まや子の好きにすればいいだろう」と。
弟にも話してみたけれど、『ねーちゃん好きになるような物好きは、他にいないのだから捕まえておけ』と言った。
弟には不釣り合いに可愛い彼女がいたので上から目線だ。『刺されればいいのに』と思いつつも、ゲンコひとつで許してやった。
このまま、告白の彼とつきあえば、そのまま結婚までいくのかもしれない。夕食後に教科書を開きつつも、そんなことを考える。
――私もいずれは親になるのかな?
ピンとこないまま想像を巡らせてみるけれど、それは上手くいかなかった。
家は弟が継ぐだろうから、私が|婿《むこ》を取ることはないだろう。
だとしたら、やはり私は|嫁《よめ》に出ることになる。
そうしたら炎蔵はどうなる?
自分が結婚するビジョンも見えないが、嫁入り先に炎蔵を連れていくビジョンはもっとみえない。
ヒーさんちのお姉ちゃんは、猫連れで結婚したというけれど、炎蔵は嫁入り先で受け入れてもらえるだろうか。
あいつ、けっこう男嫌いだし難しい気がする。
「まや子、早くお風呂はいっちゃいまさい」
考え事をしていた私に、ほうれい線のはっきりしてきた母親が命じる。
続きは風呂でも考えられると素直に従い、着替えをもって風呂場へと向かう。
最近、めっきり時間が経過するのが早くなった気がする。
大人はよく、時間が経つのが早くなると口にするけれど、私にもその兆候が現れたのかもしれない。
これが噂の、身体が子どもで、頭脳が大人ってヤツか……ちょっとちがう気がする。
それにしても、最近は通学以外で、炎蔵と一緒にいる時間が減ったな。
湯船につかりながらそんなことを思う。
中学生になったときも、勉強で時間が減った。
私が勉強に熱心になってからはさらに減った。
高校で文学部に入ってからはなおさらだ。
炎蔵には家族以外に友達と呼べる存在はいない。
私がいなくなったら、彼はどうするだろうか?
湯船に浸かっていると、小学生の頃、炎蔵が早死にするのではないかと泣いたことを思い出す。
そのとき炎蔵は、優しく長生きをすると約束してくれたけれど、鳥なのでいずれその日はやってくる。
その時が来たとして、私は後悔せずにいられるだろうか。
――せめて、天寿をまっとうするまでは一緒にいてあげないとな。
その想いが、その後の私の人生を決めたのだと思う。
結局、告白はお断りすることとなった。
告白の彼とは、その後も友達づきあいはしたけれど、その関係は彼が小学生の彼女を作ったことで終わった。
やっぱりロリコンだった。