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「○○さん、僕と組みませんか。」
広瀬くんは、目を逸らし、手でメガネをクイッと上げながら話す。
私よりずっと背が高くて、大きな手。
正直びっくりしている。
好んで私を誘っているわけではないと思う。
ただ私が1人だったから、広瀬くんは誘ってくれているんだ。
広瀬くんにこうやって話しかけられたのは初めてで、私は少し困惑した。
だけど、誰かに話しかけられて、心が自然と落ち着いていく。
私は涙で溢れそうだったが、慌てて瞬きをして滲み出た涙を引っこめる。
広瀬くんの顔を見た時、パっと頭に孤爪くんの顔が浮かんだ。
どこまでも図々しくて、失礼な自分が本当に嫌だった。
「ありがとう、広瀬くん。」私が広瀬くんを見てそう言いかけた時、広瀬くんは目を丸くして私の後ろに視線を向けていた。
「あ、すみません、先客がいましたか。」
「、、先客?」
広瀬くんは少し眉間に皺を寄せ、苦笑いでそう言った。
私は広瀬くんが向ける視線の方を見る。
広瀬くんが先客といった人は、ボールを持った孤爪くんだった。
孤爪くんの周りには、ペアらしき人はいない。
なんで…。
口を小さく開けたまま、私は孤爪くんと広瀬くんに挟まれていた。
「おーいペア組めたかー。ん?なんだ、お前らまだ組めてないのか?」
「あ..えっと。」
私はキョロキョロ戸惑ってしまった。
「いえ、組めてないのは、僕だけです。」
「おー、なら3人で組んでもいいぞー。」
「他にも組めていない方がいますので、その方と組みます。失礼しました。」
淡々と応えた広瀬くんは、私と孤爪くんに微笑み、丁寧にお辞儀をして向こうに行ってしまった。
ずっと広瀬くんのことをロボットみたいな人だと思っていた。
初めてあんな表情を見た。
広瀬くんは、あーやって笑うんだ。
「2人も対人パス始めろよー。はいはい、そこもっと声掛けてー。」
一言声をかけて、先生も私の前から去った。
孤爪くんと私の間に、少しの沈黙が走る。
「ごめん。」
沈黙を遮ったのは孤爪くんだった。
ボールを両手で持って、顔を半分隠しながら申し訳なさそうな顔をしていた。
「俺、あの人に気遣わせちゃった。それに…組むなんて言ってないのに…こんな。」
孤爪くんの小さな顔は、もうボールで完全に隠れていた。
「ぜ、全然!ちょっと、びっくりしただけ…。」
珍しく言葉がつらつら出てきた。
孤爪くんの顔が見えないという効果はあるのかもしれない。
「広瀬くんには、私からちゃんと言っとくよ!」
とりあえず孤爪くんにこれ以上謝られないためにそれを伝えた。
さっきの状況で誰も、何も悪い人はいないし、2人が自分を責める必要は何一つ無い。
「だから孤爪くんは何も気にしないで____。」
「…嫌…だった?」
「…へっ?」
「…俺と組むの…嫌?」
顔をボールで隠したまま、猫背の体をさらに丸くして、初めて話した時のか弱くて、少し震えた声で、孤爪くんはそう言った。
顔だけでなく、全身から熱が発せられているのを感じた。
今までの心臓の音とは、比べ物にならないぐらい、うるさかった。
「嫌…じゃ…ない…です。」
半分失神してしまいそうなぐらい熱くなっていた身体で、何とか、何とか言葉を振り絞って、孤爪くんに負けないぐらいのぶるっぶるカタコト声で応えた。
すると孤爪くんはボールから顔を出す。
次の瞬間、私の方へ、下から優しくボールを投げた。
私は慌ててそのボールをキャッチする。
「………!?」
余計に頭がパニックになって、声すら出なくなった私を見て、
「…ありがとう。」
孤爪くんはクシャッと笑い、そう呟いた。
「いだっっ!!!!」
顔に激痛が走るのと同時に、ボールが床に落ちる音がする。
「だ、大丈夫…?….ははっ。」
私が鼻を両手で押さえて痛みを感じていた時、目の前でクスクスと笑いながら心配する孤爪くん。
私はもう恥ずかしすぎて顔と目をそらす。
穴があったら入りたい。
私は両手を鼻から離し、少し離れたボールを取りに行った。
笑い疲れた孤爪くんの前まで戻る。
「あの…ごめんね、下手くそで。全然続かなくて、楽しくないよね。」
私は苦笑いで孤爪くんに言った。
こんなんじゃ対人パスどころじゃなくて、本当に申し訳ない。
孤爪くんも、きっと場を保つために笑ってくれているんだと思うと、心が傷んだ。
孤爪くんは私の言葉を聞くと、目を丸くしてしゃがみ込んだ。
ほどけた靴紐を結んでいる。
「ボールをとらえてる位置がおでこから近すぎるんだよ。角度は真上っていうより、少し斜め前、視線は顎を引いて、斜め上。それと手の形は、ボールを持って離した時の形にしておくといいよ。三角…みたいな。」
結びながらいつもよりハキハキとした声で孤爪くんは言った。
今度は私が目を丸くしてしまった。
まさかそんな事が返ってくるとは思ってもみなかった。
「やってみよ。」
靴紐を結び終え、立ち上がった孤爪くんは優しい顔と声だった。
私は少し戸惑ったが、孤爪くんの頭上に向けて、山なりにボールを上げた。
孤爪くんは後ろに半歩下がり、ボールでとらえる位置で止まった。
そしてボールを細くて綺麗な指で高く上げた。
あの時見た彼と同じ。
スローモーションで高々と上がるボールと、その反動でなびかれる少し長めの髪の毛。
だけど前とは違って、孤爪くんのあげたボールは、真上には行かず、私の頭上で静止しているようだった。
孤爪くんが言ったように。
孤爪くんが教えてくれた通りに。
手は、三角に。
真上にあるボールを、斜め上の視線から見える位置に移動する。
顎を引いて、少しおでこから離れた位置でボールに触れた。
できるだけ柔らかく、全身のバネを使ってボールを送り出した。
ボールはふわっと、孤爪くんの方に上がって行った。
今までと比べ物にならないぐらい、軽やかに。
孤爪くんは何も言わないまま、上がったボールを慣れた手つきで送り返す。
できた!と声に出して喜びたかったけれど、孤爪くんに変に思われたら嫌だなと思って、私もさっきと同じように、ボールを送った。
コツを覚えたら、こんなに変わるんだ。
孤爪くんの教え方は、とても分かりやすかった。
これなら楽しんで貰えるかな、と安心したのも束の間。
「出来たね。上手だよ。」
「へっ?…いだっ!!」
繋いでいたボールが私の頭上で落ちる。
唐突にかけられたその言葉に思わず反応してしまった。
孤爪くんはまた顔を背けて、口を覆いながらクスクスと笑う。
私は、また1つ、彼のことを知る。
少し意地悪そうに笑う。
けどその笑いに一切悪意は無い。
「それと。」
長い髪の下でにっこりと微笑む。
「楽しくないわけないじゃん。」
彼を見ると、こっちも、自然と笑顔になれる。
ずるい。
ずるいよ。
そんなこと笑顔で言われたら、
もっと好きになっちゃうじゃん。