テラーノベル
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「みなさん、テスト勉強をはじめませんか?」ミーシャの一言がきっかけとなり、放課後、アンとミーシャ、そしてリリーの三人は学園の図書室へと向かった。
夕刻の図書室は静寂に包まれており、西日に傾いた光が巨大な書架の間を金色に柔らかく照らし出していた。本特有の紙とインクの匂いが心地よく漂う空間で、三人はそれぞれの課題に必要な参考書を探し始める。
「たしか『詠唱呪文学入門』の棚はあちらでしたわね。リリー様、その奥あたりにございますか?」
「ええ、見てみるわね」
アンの言葉に頷き、リリーは書架のさらに奥深く、人通りの少ない静かな区画へと歩みを進めた。
――その時だった。
何気なく伸ばした指先が、棚の最下段の片隅に追いやられていた一冊の古びた本に触れた。
擦り切れた革の装丁。背表紙の文字も摩耗してほとんど読み取れないその本からは、どこか途方なく懐かしい香りが漂っていた。
吸い寄せられるようにそっと引き抜き、薄暗い棚の間でページをめくる。
そこに記されていたのは、見慣れた論文や呪文の解説ではなく――美しく流麗な「詩」だった。言葉の形をとった、目に見えない「音」が、静かに胸の奥へ広がっていく。まるで心地よい風が吹き込むかのように、すんなりと頭へと入ってくる。
作者の名は、どこを探しても見当たらない。
元から書かれていなかったのか、それとも途方もない時の流れとともに消えてしまったのかすら分からなかった。
「リリー様、何か珍しい本でも見つけられたのですか?」
ミーシャが小首を傾げながら、ひょこっと背後から覗き込んできた。
「ええ……ちょっと変わった本を見つけたのよ」
「詩集、ですか? この学園の図書室にそんなものまで置いているのですね、知りませんでしたわ」
「ええ、私もよ。普段は詩集なんて読んだことがないのだけれど……なぜだかとても、心惹かれてしまって」
奥からアンも歩み寄ってきて、リリーの手元にある本を興味深そうに覗き込んだ。
「詩集ですか……。ふふ、私、いつかリリー様が書いた詩もぜひ読んでみたいですわ」
「え?! 私がですか??」
予想もしなかった言葉に、驚きのあまり声が裏返ってしまう。
「まあ! それは素晴らしい名案ですね! リリー様、ぜひ書いてみてください! 私、絶対に一番に読みたいです!」
2人を静止しながらも、手の中に収まる本を見つめる。
「もう、二人とも気が早いですわ……。書くかどうかは置いておいて、まずはこの本を借りてみようかしら」
楽しそうに笑い合う二人の言葉に静かに微笑みながら、リリーはその古びた詩集を慈しむように胸に抱きしめた。
────
その夜。静まり返った自室のベッドの上でページをめくると、刻まれた詩が美しい音となってリリーの胸の中に響き渡った。
それは単なる文字というよりも、遠い記憶の欠片そのもののようだった。途方もない切なさと懐かしさが、静かに心に降り積もっていく。
(なんて綺麗な言葉たちなのでしょう……)
衝動に突き動かされるように、リリーはベッドを抜け出すと机から一冊のノートを取り出し、夢中でペンを走らせた。
胸の奥から溢れて止まらない感覚を、そっとノートの上に書き留めていく。
それは、リリーの心の奥底から零れ落ちる、優しく切ない旋律そのものだった。
――この旋律を、絶対に手放してはいけない。
言葉にならない強い確信が、夜の深まりとともにリリーの胸を満たしていた。
──────────
「まあ! この詩、ものすごく素敵ですわ……!」
それからの日々の間、リリーは夜な夜な机に向かい、詩を書き綴っていた。そして、特に胸に響く形にまとまったものを、ある日の放課後、思い切って二人に見てもらったのだ。
「リリー様にこんなに素晴らしい才能があったなんて! これを読んだら、世界中誰もがリリー様の虜になってしまいますね!」
ミーシャが目を輝かせて大絶賛してくれる。
「ふふ、言い過ぎよミーシャ。世界なんて……」
照れくさそうに微笑んだものの―
────世界。
なぜだろう。ミーシャが何気なく口にしたその言葉が、リリーの胸に小さく引っかかった。
かつて夢の中で聞いた、数切れの歓声と広大な光景。あれは……。
「…………」
ふと隣に目をやると、アンがリリーの書き写したノートを凝視したまま、真剣な顔つきで何かを呟いていた。
「どうかしたの、アン?」
「リリー様……この美しい詩を……もっとたくさんの人たちに読んでもらいたいとは思いませんか?」
「………………へ?」
予想もしていなかったアンの提案に、リリーは思わず拍子抜けした声をあげてしまった。
「私、実家のツルを使って、この詩を小さな冊子として街の本屋さんに並べられるよう手配できますわ! リリー様が匿名で良ければ、お名前が知られる心配もございません。こんなに美しい詩を私達だけで独占してしまうのは、あまりにも勿体ないです!」
アンの情熱に押され、ミーシャも「私も大賛成です!」と目を輝かせる。こうして、リリーの書き綴った詩は小さな冊子として、密かに街へと送り出されることになったのだった。
──────────
学院のほど近くにある、賑やかな街角の小さな本屋。
そこは学生や冒険者が頻繁に行き交う場所であり、店内には実用的な魔導具の解説書や流行の娯楽雑誌などが乱雑に並べられていた。
その片隅の棚に、ひっそりと置かれた数冊の薄い冊子。
何気なく店を訪れ、暇つぶしに棚を眺めていた一人の男の視線が、ふとそこに止まった。
『忘却の旋律』
表紙にそう書き添えられた無記名の冊子。
そこに躍る、古語の響きを宿した切なくも美しい詩を目にした瞬間――
男は息を呑み、金縛りにあったように動けなくなった。
吸い寄せられるようにその本を手にとり、震える指先でページをめくる。
そこに並んでいたのは、彼がずっと追い求め、胸の奥で温め続けていた……あの懐かしい旋律そのものだった。
コメント
1件
おお、第5話めっちゃ良かった…!図書室の夕暮れの描写とか、古びた詩集の“懐かしい香り”って表現がすごく刺さったわ。リリーが詩を書く衝動に駆られる流れも自然で、アンが「匿名で本にしよう」って提案するのも現実味があって好き。最後の男の反応で一気に世界観が広がった感じがして、次が気になりすぎる🔥
#魔法
しろのね
157
U
45
ちょん
43