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遠藤からの返事を諦め、スマホを枕元の充電器に繋いだ時、LINEが届いた。
《起きてる?》
送り主は成美だった。
〈ちょうど寝ようとしたとこ〉
《今、LINEしてても大丈夫?お願いしたいことがあるんだけど》
〈夫もまだ帰ってこないみたいだから、それまでならいいよ〉
《よかった。あのね、杏奈がアルバイト先に出る日って木曜日だったよね?》
〈そう。別にわざわざ行かなくてもいいんだけど、気分転換にね〉
《それでさ、今度の木曜日、明後日なんだけど。私と一緒にいることにしてくれない?》
_____そういうことか
〈デートでもするの?もしかしてアリバイ工作かな?〉
《そう、できればホントに少しの時間でも一緒にいて欲しいんだけど。駅前のホテルのランチ、どう?》
考えてみたら、圭太が生まれてからホテルランチなんて行ってない。
久しぶりに行きたくなった。
〈いいよ〉
《やった!じゃあ時間は……》
成美は私とホテルランチをした後、あの若い男の子とデートするらしい。
友達や夫には、“杏奈とホテルランチ”ということにしてあるとか。
SNSでその写真をあげたら、さっさとランチを済ませてデイユースで部屋に行く……ということは。
〈いつのまにそんなに深い関係になったの?〉
《これからよ》
ハートのスタンプが付いている。
_____いいなぁ、デートか
〈気をつけてね〉
《もちろん!杏奈の時は私がフォローするからね》
私の時?そんな時がくるのだろうか。
“たとえば遠藤さんと?”なんて妄想してみたその時、メッセージを受信した。
《返事ができなくて、申し訳ありません。また明日にでも詳しく説明しますね。
おやすみなさい》
遠藤からだった。
無視されていたわけでもなく、きちんと返事が届いた……それだけで、心がぽっとあったかくなった。
返信しようか悩んだけれど、読めないシチュエーションだったら迷惑だろうと控えておいた。
遠く玄関から、鍵が開いて雅史が帰ってきた気配がして、そのままベッドに潜り込んだ。
成美のデートのアリバイのことと、遠藤のことを考えていたらなかなか寝付けなかった。
次の朝起きて、リビングを見てゲッソリ。
缶ビールの空き缶が三つ、テーブルに無造作に転がっていて、それから脱ぎ捨てられたスーツや靴下やシャツがあちこちに落ちていた。
_____歩きながら脱いでいったの?
「もうっ!」
落ちているシャツを拾い上げた時、また香水が漂った。
思わずクンクンと確認する。
この前の甘い香水とは違う、爽やかな柑橘系、ということは違う女と会っていたということ?
_____浮気というより、お店の女とか?
特別お金を持ってるわけでもないから、そんなにモテるとは思えないけど。
スマホのメモ欄に、日付と写真、それから香水のことを残しておく。
リビングを片付けてコーヒーを淹れていたら、寝室のドアが開く音がして、雅史が起きてきた。
「おはよう、昨夜も遅くまでご苦労様。疲れ、溜まってるんじゃない?」
「あー、別に。なんで?」
「んー、なんていうか、部屋が荒れてたから。空き缶捨てたり洗濯物をまとめておいたりするのも面倒だったんだろうなって。それくらい疲れてるんだろうなって思ったから」
実際、この前香水の匂いを付けて帰ってきた時は、夜泣きの圭太にもイラつかなかったし、洗濯物もまとめてあったから気分がよかったんだろうと勝手に思ってたんだけど。
「仕事で疲れて帰ってるんだから、それくらいいいだろ?水、ちょうだい」
頭をぼりぼり掻きながら、どかっとソファに座る。
ぶっきらぼうな態度からして、今日は明らかに苛立っている。
_____昨日の女とは、うまくいかなかったのかも?
それにしても、どうしてこうも態度に出るんだろう?
浮気が確定しているわけではないけど、そうとしか思えなくなってきた。
浮気でも遊びでもいいから、家庭にはその気配を持ち込まないでほしい、なんて言ったら驚くだろうか?
サラダとパンとハムエッグとコーヒーで朝食を済ませた頃、スマホにLINEが届いた。
《お元気かしら?今日そっちの友達と会う約束があるから、今夜、泊めてね》
雅史の母親からだった。
「ね、お義母さんが泊まりに来るって、今日。早く帰って来れる?」
苦手だ。
雅史の母親は、こうやっていきなりやってきては、私の家事育児に小言を言うのだ。
だから雅史には家にいて欲しい。
「母さんが?ま、テキトーに寿司でもとってやればいいよ。俺は特に用事もないから早く帰るつもりだけど」
「そうだね、そうする」
出前の寿司なんて手抜きするなとか言われるかもしれないけど、味付けが濃いとか、盛り付けに品がないとか言われないで済むはず。
_____え?泊まる?
もう一度、義母からのコメントを読み返す。
明日の木曜日は、成美とホテルランチの約束なのに。
子どもを実家に預けて友達とランチに行くなんて言ったら、また何か言われるのは目に見えている。
なんとかうまく、お義母さんが早く帰るように作戦を考えないと。
でもそんなことは雅史には言えないし。
雅史が仕事に出かけたあと、実家の母に電話した。
「あのね、お母さん、明日なんだけど」
『あー、圭太ちゃんのことなら大丈夫よ。お菓子もおもちゃも用意しちゃったわ』
「そのことなんだけど。申し訳ないけど“お母さんが腰を痛めたから私が家事を手伝いに行く”ということにしてくれないかな?」
『いいけど、なんで?』
「ホントはね、友達と久しぶりにホテルランチの約束をしたんだけど、雅史のお母さんが今日泊まりに来るって言ってきたの。でも、明日友達とランチに行きたいから早く帰ってとは言えないから」
『そういうことね、わかった、話を合わせておくから。なんなら明日の朝、杏奈に電話するから、“お母さん、大丈夫?わかった、私が手伝いに行くから”とかなんとか話を合わせるのよ』
「ありがと、助かる」
『友達とランチなんて、ずっと行ってないんだから、ゆっくりしてきなさい』
「うん」
ホントは成美のアリバイの為なんだけどと思うと、母に対して“ごめんね”と言いたくなる。
でも、お義母さんから早々に解放されるには、これが一番いい。
_____明日はどんな服着て行こうかな?
成美とランチをしたら、その後出来上がった仕事のデータを遠藤に渡しに行くことにした。
〈こんにちは。明日の午後、出来上がったデータを事務所まで持っていきますね〉
送信っと。
《お疲れ様です。お待ちしています》
すぐに返事があった。
《お待ちしています》の一言で、気分がるん♪と上がった。