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朝の教室。窓際の席に座る千歌の机の上には、まだ開かれていない本が1冊。
ぼんやりと外を眺めていた千歌の肩を、後ろの席の望月七海が軽く叩いた。
七海は千歌の幼馴染で良き理解者。
「おはよ、千歌。」
「……あっ、おはよう、七海。」
少し遅れて返ってきた声に、七海は目を細める。
「ふふ、朝からボーッとして。なに? まさか恋でもした?」
冗談めかしたその一言に、千歌の手がぴたりと止まった。
「え、ち、違うよ……!」
「はいはい、わかりやす〜。その顔、図星だね。」
七海がニヤリと笑う。
千歌は顔を赤くして俯いたまま、しばらく言葉を探していた。
「……お昼、少し話せる?」
「ん、もちろん。今日いい天気だし屋上にしよっか。」
⸻
昼休み。
屋上の風が、ふたりの髪を揺らす。
七海はフェンスにもたれ、お弁当箱を開きながら言った。
「で? 朝の続き。誰のこと?」
千歌は少し躊躇いながらも、小さな声で答える。
「……瀬戸くん。」
「あー、二年生だっけ…千歌が歌ってた時、あの子よく見てたよ」
七海の軽い口調とは裏腹に、千歌の胸の奥はざわついていた。
風が吹くたび、心の中の秘密がこぼれ落ちそうで怖い。
「ねぇ、七海?私ね、瀬戸くんと話してると楽しいの。
でも、どうしてもお父さんに知られたくなくて。
歌うことも、誰かを好きになることも、“そんな暇があるなら勉強しろ”って言われそうで……」
七海は笑うのをやめて、静かに千歌の方を向いた。
「……千歌、苦しいでしょ。」
千歌は小さく頷く。
風が頬をなでて、目尻に熱を残した。
「大丈夫。無理に答え出さなくてもいい。
でも、歌は千歌の世界を広げるものなんだよ。
誰かを想う気持ちも、きっと同じ。」
七海の言葉に、千歌の胸が少しだけ温かくなる。
その瞬間、昼下がりの風がふわりと吹き抜けていった。
まるで、誰かの背中をそっと押すように。