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## 第36話:『明日を照らす残光』
極限まで圧縮されたエネルギーが、世界の理を書き換えようとしていた。
距離、わずか580メートル。モビルスーツの戦闘距離としては、あまりに近すぎる。互いの機体の細かな傷まで視認できるその距離で、死の光が鎌首をもたげた。
「……消えて。ミラを奪う、不純物と一緒に!!」
ノアの指が、限界まで引き絞られたトリガーを弾いた。
ノワールレイスの肩越しに展開されたバスター砲から、血のように禍々しい深紅の奔流が放たれた。それは闇を焼き払い、一直線にプロト・ウイングエックスへと迫る。
「……させるかよッ!!」
ゼロ・システムが警告する。回避は不可能。直撃すれば、塵も残らない。
ゼロは、まだフル充填まで数秒を残したコンソールのチャージゲージを、力任せに叩きつけた。
「間に合え……! 間に合えッ!! 俺たちの、明日へ届けぇぇぇ!!」
ウイングエックスの両肩に据えられた二門のブラックキャノン、そして手に保持したサテライトバスターライフル。三つの砲口が同時に咆哮を上げた。
**トリプル・サテライトキャノン。**
不完全なチャージながらも、ミラとの共鳴によって極限まで高められた白銀の光が、三条の螺旋となって放たれた。
**――瞬間、世界から音が消えた。**
白銀の光と深紅の闇。二つの巨大なエネルギーが正面から衝突したその一点は、太陽すら凌駕するほどの輝きを放ち、周囲の空間を歪ませた。衝突の余波は凄まじい衝撃波となって、半径2キロメートルに及ぶ切り立った岩礁を、まるで紙細工のように粉砕した。数分前まで迷路のように入り組んでいた岩場は一瞬にして更地と化し、剥き出しの土とガラス化した砂だけが広がる虚無の空間が出来上がった。
「が……はぁっ!!」
衝撃波の直撃を受け、プロト・ウイングエックスが激しくのけぞる。
三門のキャノンは、その絶大な反動と正面からの衝撃に耐えきれず、装甲が飴細工のように歪み、次々と爆発四散していった。ウイングエックスの右腕は千切れ飛び、白銀の装甲は無惨に焼け焦げ、機体は中破状態で地面へと叩きつけられた。
一方、ノワールレイスの惨状はさらに深刻だった。
バスター砲は基部から吹き飛び、黒い装甲はことごとく剥がれ落ちていた。カメラアイは消灯し、機体は壊滅的なダメージを負って沈黙した。
煙が漂う静寂の中で、ノアは真っ暗なコクピットの隅で膝を抱えていた。
モニターは死に、外部との繋がりは絶たれた。
「……あ……また、独り……。暗い……冷たい……。ミラ……どこ……?」
彼女が恐れていたのは、敗北でも死でもなかった。
再びあの、光も音も届かない孤独なカプセルの中へと戻されること。自分を繋ぎ止める「絆」が何もないという恐怖だった。
バシュッ、とハッチが強制排除される音が響いた。
砂埃を払いながら、中破したウイングエックスから這い出したゼロと、その肩に支えられたミラが、ノワールレイスの元へと駆け寄る。
「……おい、生きてるか! 返事をしやがれ!」
ゼロの声に、ノアは震える瞳を上げた。
半壊したハッチの向こうに、ミラが立っていた。月の光を背負い、かつて夢見た「光」そのもののような姿で。
「……ノア。もう、大丈夫よ」
ミラは跪き、ノアの泥と涙に汚れた手をそっと握った。
「独りにはさせない。……私が、あなたの手を離さないから」
「……ミラ……? 嫌……私、あなたを殺そうとしたのに……」
「それでも、あなたは私なの。……私に半分、家族を分けて。……一緒に帰りましょう」
ミラの言葉は、ノアの凍てついた心を溶かすように、優しく染み込んでいった。
ノアは堪えきれず、ミラの胸に顔を埋めて、子供のように声を上げて泣いた。
数十分後。
岩場の影から慎重に姿を現したゼストのタラップを、ミラに肩を貸されたノアが、足を引きずりながら登っていた。
ゼロは、その後ろから警戒を解かずに付いていく。腰のホルスターに手をかけ、少し不機嫌そうに、けれどどこか複雑な表情でノアの背中を見つめていた。
「……おい、ミラ。そいつを艦に入れるなんて、正気かよ」
「……ゼロ。この子はもう、戦う力なんて残っていないわ。……だから安心して。」
「……安心ね。へっ、ついさっきまで俺たちを消し飛ばそうとしてた奴を、そう簡単に信じられるほど俺はお人好しじゃねえんだよ」
ゼロは鼻を鳴らし、生意気な口調を崩さない。しかし、その瞳の奥には、ノアの震える細い肩を見た時の、同情に近い感情が微かに揺れていた。
「……ま、お前がどうしてもって言うなら、部屋の鍵を二重にするくらいで許してやるよ。……ただし、ミラに変な事は絶対すんなよ?」
ゼストの冷たい鋼鉄の通路に、三人の足音が響く。
ノア編、第一幕の終わり。
それは、傷だらけのガンダムたちが、新しい絆を探すための始まりの夜でもあった。
**次回予告**
戦いを終えたゼストを待っていたのは、深刻な物資不足と機体の大破という現実。
武器を失ったウイングエックス、そして艦内に招かれた「もう一人のミラ」。
ギクシャクした関係の中、ノアが語るルカス軍の真の目的とは?
失われた光を取り戻すため、一行は中立地帯のジャンク屋街へと向かう。
次回、『白銀の翼、再誕の予兆』
**「俺のキャノンがバラバラだと!? ったく、これじゃただの白いデクの坊じゃねえか!!」**
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