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2-1◆戦場の分析◆
俺の視線は、自然と教室の権力中枢である久条亜里沙が率いる1軍グループを観察し続ける。
彼女の隣には、側近の結城莉奈がいる。彼女はスマホの画面を見せながら目を輝かせていた。
「亜里沙、この前の雑誌のモデル写真、めちゃくちゃバズってたわね。
さすがフォロワー20万超えのインフルエンサーだわ」
結城は常に久条の話題を世間の最前線で支える広報官のような存在だ。
久条は軽く肩をすくめた。
「別に、ただのお遊びよ。私が本気を出すのは、もっと先だから」
「ねえ、それより週末、新しくできた会員制のクラブ、行かない?」
久条がそう切り出すと、結城が即座に完璧なサポートを見せる。
「あ、例の?賛成!私、黒服の人、知ってるよ」
「マジで!さすが莉奈!行くしかねえな!」
会話に割って入ったのは、金髪のチャラ男、柴田隼人だ。
無邪気に賛同する彼に対し、参謀役の斎藤律が、スマホから顔を上げずに冷静にリスクを提示した。
「待て。その日は有名DJが来るらしい。メインフロアは、客層が荒れる可能性があるな」
その瞬間、久条亜里沙はまるで、愚かな子供を諭すかのように「ふ」と息を漏らした。
「だから? 私たちがそんな平場に行くわけないじゃない」
そして決定稿を読み上げるように、静かに、しかし絶対的な自信をその声に含ませて続ける。
「もちろん、コネを使って奥のVIPを取るわ。それにその日は――天宮くんも誘うつもりだから」
天宮くんも誘うつもりだから。
その一言で、場の空気が引き締まった。
「でも、天宮は来てくれるかな」
柴田がふと呟いた。 彼らにとっても、天宮蓮司という存在は、呼べば必ず来るような手軽な相手ではないのだ。
だが結城莉奈はそんな柴田の懸念を、一笑に付した。
「大丈夫よ。亜里沙から誘えば、来てくれるでしょ」
当然よ、と言わんばかりの声色。
そこには、女王と天宮の間にあるであろう特別な絆への、揺るぎない確信があった。
一瞬の静寂の後、その神聖な緊張を解きほぐすように、結城莉奈が「パン」と手を叩く。
「そういえば亜里沙!夏休みに有名デザイナーさんと共同で作ってた、
あの『Elysion』の新しいTシャツ、明日には届くって連絡あったよ!絶対みんな驚くよね!」
久条亜里沙は満足げに微笑んだ。
「ええ。私たちの結束を形にするには、あれくらい特別じゃなきゃね」
選民意識。そして、ある一人の男子生徒「天宮蓮司」への揺るぎない依存。
完璧な軍隊だ。女王が方針を示し、側近がそれを飾り立て、
兵隊が歓声を上げ、参謀がリスクを管理し、
そしてその全ての行動原理が太陽王、天宮蓮司へと繋がっている。
俺は、ただただその完成度に感心する。
俺の視線が、久条たちの輪から外れ教室の前方へと滑る。
そこに奴はいた。 天宮蓮司(あまみやれんじ)
その太陽は、今日も当たり前のように、そこに存在していた。
数人の男女に囲まれ、何かを穏やかに話している。
その周りだけ、重力が違うかのように空気が澄んでいる。
彼がいる、というただそれだけの事実が、この教室の絶対的な中心を規定している。
久条亜里沙も、結城も、柴田も、斎藤も。
全ての惑星は、結局あの太陽の引力に引かれて回っているに過ぎない。
そのどうしようもない法則を、俺は今日も観測する。
2-2◆観客席の解説者◆
授業が終わるチャイムが鳴り、教師が教室から出ていく。
停戦の終わりを告げる合図だ。
授業という退屈なリハーサルは終わり、
休み時間というわずか5分間の本番が始まる。
『学園リーグ』の最も濃密で、最も残酷な時間だ。
水を得た魚のように生徒たちが動き出す。
どのグループが、誰の机に集まるのか。
それはさながらチームの移籍交渉や、派閥の会合のようだ。
俺のような孤高の「観客」にとってこれほど観測しがいのある時間はない。
その喧騒の中、一人の男が彼が所属する群れから、興奮気味に俺の席へとやってきた。
山中駿平。この教室リーグの熱狂的なファンであり、自称リーグ解説者だ。
「おい、音無! 速報だ!1軍のサトミ、完全に戦力外通告されたぞ!」
山中は俺にとって、このクラスの「公式発表(オフィシャルリリース)」に近い貴重な情報源だった。
#ミステリー風
キュルノ
498
キュルノ
194
71
俺はゆっくりと彼の方を向き、最小限の愛想笑いを浮かべる。
「へえ、そうなんだ。でも、俺にはあまり関係ないかな」
口ではそう言う。外面(そとづら)の俺は常にそうやって世界との間に壁を作る。
だが、内面の俺はその情報を一瞬で分析し、分類し、保存する。
関係なくはない。この教室では、誰かの降格は、別の誰かの昇格のチャンスを生む。
リーグのパワーバランスが動く。
そもそもこの私立 洛北祥雲学園という場所は、そういう風にできている。
家柄、財力、そして人気という名の見えないポイントが、在学中の――
いや、下手をすればその先の人生すらも決定づける。
だからこそ生徒たちは、常に目には見えない、あやふやな教室リーグの序列を必死に気にし続けるのだ。
俺の思考をよそに、山中は世紀の移籍劇を語るスポーツ記者のように、声を潜めて続ける。
「まあ聞けよ!原因、知ってるか?先週、久条さんがつけてた限定のピアス、
あれと似たやつをサトミがつけてきたから、らしいぜ。怖すぎだろ、女王陛下」
些細な自尊心を巡る衝突。
しかしこの教室では、それが一人の人間の社会的生命を終わらせるのに十分すぎる理由になる。
久条は見せしめとして、サトミを粛清した。 これが彼女の支配のやり方だ。
俺は再び、当たり障りのない笑みを浮かべた。
「さあ、どうだろうね。俺はそういう派閥とかよく分からないから」
「だよなー」
山中は、俺の無関心な態度に少しだけつまらなそうな顔をすると
「じゃ、またな」と、すぐに同じファンたちが待つ、自分の居心地の良い群れへと帰っていった。
一人になった俺は再び、視線を教室の前方へと戻す。
そこでは久条亜里沙が、まるで何もなかったかのように、友人たちと楽しそうに笑っていた。
誰も俺を見ない。俺も盤面を眺めているだけ。
だが、この完璧なヒエラルキーを自らの意志で
蹂躙(じゅうりん)するその日は、すぐそこまで迫っていた。