偶然だという話を信じたんだろうかな。
あまり突っ込んで訊いてこなかったが、と思いながら、あかりは夜、おねむになった日向に絵本を読んでやっていた。
眠り姫だ。
一緒に布団に寝転んで本を読んでいると、来斗が覗いて言う。
「なんで眠り姫だよ。
もっと男が好きそうな本読んでやれよ。
桃太郎とか、一寸法師とか」
「日向が、いい王子様になるようによ」
「……なんだ、いい王子って。
お前の相手は悪い王子か?」
その悪い王子が敬愛する社長だとも知らずに来斗は言う。
「ねえ、来斗はなんで、今の会社に派遣されたの?」
それもまた、ビックリするくらいの偶然だな、と思って訊いたが。
「派遣先、俺が決められるわけじゃないよ。
だけどまあ、確かに今回は選べたんだ。
どっち行く?
って上司に訊かれて。
提示されたの、どっちもいい会社だったんだけど。
ほら、姉ちゃん、インテリアの雑誌、その辺に放り出してんじゃん。
あれに、木南社長の会社の家具、よく載ってるから。
いい家具扱ってんだなーと思って印象に残ってたんだ」
と来斗は笑う。
そうか。
私のせいだったのか――。
あそこで、車が突っ込んでこなくても。
いつか来斗を通じて、もう一度、出会えていたのだろうか?
私は無意識のうちに、あの人を引き寄せようとしていたのか……?
いやまあ、雑誌を片付けなかったのは、単にだらしないからで。
弟の脳に青葉さんの会社を刷り込もうとしたからではないのだが……。
「ねえねえ、お姫様はどうなったの?」
と日向に訊かれ、あかりは言った。
「お姫様はいろんなことがめんどくさくなったので、ずっと寝ていました」
おいおい、という顔を来斗がする。
「……だけど、お城にいきなり馬車が突っ込んできて、お姫様が寝ている塔も倒れかかりました。
命の危険を感じたお姫様は飛び起き、
『地震だーっ!』
と叫んで、下を見ると、城を守っているはずのイバラがぐちゃぐちゃに崩されていました」
「……なにそれ、社長?」
と来斗が苦笑いする。
「社長、何故だかわからないけど、お前に気があるようだから。
悪い王子のことは忘れて、社長とのことを前向きに考えてみたら?」
そう来斗に言われたが、
……いや、だから、悪い王子も青葉さんなんだけどね、とあかりは思っていた。
でも、悪い王子の一部は別人だったか。
蔑むように私を見ていた悪王子は、青葉さんではなかった。
でも――
どのみち、私の青葉さんは、もうこの世にいない。
あの青葉さんは、あの人が記憶を失っていた二週間の間にしか存在してなかったんだ。
私といたのは、そのうちの一週間。
期間限定の王子様。
二度と手に入らない。
そんなお菓子の季節限定商品みたいな父親を持った日向の頭を撫でる。
日向は撫でられて、ただ嬉しそうにしていた。
魔法の解けた王子様は、姫に見向きもしませんでした、か。
いや、そのわりに、せっせと通ってきてくれてはいるんだが……。
そもそも、私、姫って感じでもないしなー。
あかりがそんなことを考えていたとき、来斗が言った。
「この話の教訓ってなんだろうな?
果報は寝て待て?」
開いたままの眠り姫の絵本を見て、来斗は笑う。
あかりは、そのページの真っ白なシーツの上で眠る姫を見、
誰がかけかえてたんだろうな? シーツ、
と思いながら言った。
「寝ると美容によくて、起きると老け込む」
「……なんでだ」
「だって、寝ている間、姫の老化、止まってたんでしょ?」
「……違うだろうよ」
と言う来斗に言う。
「じゃあ、あんたが日向に聞かせたがっている桃太郎とか一寸法師の教訓ってなによ」
「なにをしても勝て。
鬼を倒しても、宝を奪え」
どんな荒々しい教訓だ。
日向は、二人の話をきゃっきゃっと聞いていて、目が覚めてしまったようだ。
「起きちゃったじゃないの。
来斗、ホットミルク」
「ほっとみるくー」
と日向も真似をする。
はいはい、と素直に行く来斗に日向と顔を見合わせ、笑ったあとで、あかりは眠り姫の絵本をパラパラとめくってみた。
物語の最後はいつもハッピーエンド。
誰かを騙したり、倒したりしても、ハッピーエンド。
主人公なら、許されるのだろうか。
私は主人公じゃないから、きっと許されないな。
その日の夢の中。
金棒を手にした寿々花が現れた。
赤いもじゃもじゃパーマのかつらを被り、高級そうな虎柄のビキニを着ている。
「なんて格好させるのよっ」
と夢の中でも怒っていた。
この夢、
――きっとバレたら殺される。
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