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「Would you like to take a tour of our house?」 (家の中を見てみる?)
現在この家を改装中だと言うので早速見せてもらうことにする。
この家は元々彼らが昔住んでいた家で、少し前までは彼女のご両親が住んでいた。しかしご両親も別に家を買うことになり、この家を綺麗にリモデルして売ることにしたらしい。全て工事が終わればこの家はあっという間に売れるに違いない。
一階はとても開放的で広々としたリビング、大きなキッチンとフォーマルダイニングルーム、そして小さなゲストルームが一つあって、二階には寝室が4つもある。裏庭も広々としていて、大きなバルコニーにはアウトドアのリビングスペースもあり、遠くにダウンタウンが見える。
二階や一階はほぼ綺麗に修理が終わっていて、あとは裏庭やアウトドアリビングスペースをリモデルするのみとなっている。
「What do you think?」
(どう思う?)
「I think you have a beautiful house!」
(とても素晴らしい家だと思います!)
「 I think I already have a buyer.」
(実はもう買い手がいるような気がするの)
彼女はそう言ってなぜか私にウインクをした。
その後、リアムは自分の家で感謝祭を祝うと言って帰って行き、私と桐生さんはケイラブの家族と一緒に七面鳥など感謝祭の料理をご馳走になる。その後、一緒にボードゲームをしたりとても楽しいひと時を過ごした。
ホテルへの帰り道、桐生さんは運転をしながら私の手を握った。
「蒼はここの生活合ってるんじゃないか?」
「実は私も颯人さんの事同じ様に思っていました」
桐生さんが私と同じ事を考えていた事に思わず笑ってしまう。
「あの家、どう思う?」
「すごく素敵です!まだリモデル中ですけど庭もすごく綺麗で広くて……。改装が全て終わったら売りに出すって言ってましたけど、でもすでに買い手がいるかもしれないって言ってましたよ」
そう言うと桐生さんは私を優しく見て微笑んだ。
次の日、私達はナパバレーまで車を走らせた。
ナパバレーに入ると、田舎道の両側に有名な大きなワイナリーから小さいあまり聞いたことのないようなワイナリーまでそれぞれ立ち並んでいる。桐生さんはそのいくつかに車を停めると、二人で中に入って葡萄畑を見てまわったり、そこで作られているワイン独特の製造法を教えてもらうツアーに参加したりする。その後私はワインテイスティングをして、桐生さんは運転するのでワインを何本か買って二人でとても楽しいひと時を過ごす。
「今日お天気良くてよかったですね」
私達はフレンチスタイルのワイナリーに立ち寄り昼食をとることにした。外に設置された椅子に座り、目の前に広がる美しい庭や四方に広がる葡萄畑を眺めながら、ここで作られているワインをおつまみや軽食と一緒に楽しむ。
「そうだな……」
目を閉じてこの11月にしては暖かくポカポカした日和を楽しんでいた桐生さんは、目を開けると微笑んだ。ここ数ヶ月ずっと見ていた疲れた表情がすっかりとれ、とても幸せそうに見える。
最後に私達は中世のお城のようなワイナリーに到着し、城の中を見てまわった。ここは中世のお城を再現するためにわざわざ資材を輸入したり、城壁の石を手彫りしたりしていてまるで歴史的建造物を見ているようだ。
「颯人さん、見て!この壁画すごく綺麗!」
思わず感嘆のため息を漏らした。
色鮮やかな色彩で描かれた壁画は、ここで結婚式の披露宴などをする為に使われるとても大きなダイニングホールにある。これと似たような壁画が同じ城内のチャペルにもある。
すっかり見とれていると、桐生さんが後ろから私を抱き寄せた。振り向くと彼は私に優しくキスをした。そうしてしばらく彼の腕に包まれながら、私は壁画を見つめた。
その後、私達は今日泊まるホテルに着いた。チェックインを済ませた後、美しい自然が目の前に広がる中、ホテルのレストランでワインを飲みながらゆっくりと食事をする。
「初めて来たんですけどすごくいい所ですね」
私はワインと一緒に綺麗に盛り付けられた魚の料理を食べながら目の前の美しい景色に視線を向けた。
「また二人で来よう」
桐生さんはそう私に微笑んだ。まだ先の彼の未来に私の存在がある事が嬉しくて満面の笑顔を返した。
食後ホテルの部屋に戻ると、彼は私をバルコニーに連れ出した。今日一日中ワインを飲んでいるからか、私はほろ酔い加減で夕暮れの綺麗な景色を眺めた。
「来年からサンフランシスコにある会社で働こうかと思ってる」
桐生さんは私の手を取ると真剣な眼差しで私を見た。
「知っています。実は結城さんから聞きました。颯人さんがお父様の事業を継いでここで働くって……」
「違う。あの仕事は既に断ってある。俺はどうしても親父とは意見が合わない。あのままでは俺も蒼も幸せになれない」
「……えっ……?でも……ここで働くって……」
私は少し混乱しながら眉根を寄せた。
「昨日会ったケイラブとリアム覚えてるか?実は日本を発つ前、彼らの会社から正式に仕事のオファーを受け取った。今Melioraはアジアに市場を広げようとしていて、今回それを含めた会社全体の経営戦略を立ててそれを指揮する仕事になる。
以前から彼らの会社には興味があって投資もしていて、今まで何度も一緒に働かないかと言われていたんだ。でも親父の会社の事もあってずっと断ってたんだ。だけど本当はずっと悩んでて……。
それで今回ケイラブの会社に履歴書を送って面接してた。でも実際本当にオファーがくるかわからなくてそれで今まで何も言えなかったんだ。……蒼はこの仕事どう思う?」
「どう思うって……凄いです!」
私は思わず桐生さんに抱きついた。本当に凄い話だと思う。
日本人である彼が今急成長のアメリカの会社で経営戦略を立案し、それを指揮していくのは至難の業だ。だが昨日会ったケイラブとリアム、そして彼を面接した人達は桐生さんが出来ると思っている。しかしこれは日本の会社であるお父さんの事業を引き継ぐのとはまた違った難しい挑戦になるのかもしれない。でもある意味とても彼らしい選択だと思う。
「親父は俺が仕事を断った事に激怒していて恐らく二度とあの会社には戻れない。この仕事だって上手くいかなかったらクビだし、そうなれば俺はまた一からやり直しになる。もう昔の様に蒼に何も差し出せるものがない。それでも俺についてきてくれるか……?」
桐生さんはまっすぐに私を射抜いた。
「もちろんです」
一瞬の迷いもなく答えると、微笑んで彼の手を握り返した。
「しばらくは日本のオフィスから働く事になるが、それでも頻繁にここに出張で来ることになると思う。そしてビザが取れ次第すぐにここに引っ越す事になると思う。アメリカに引っ越す事を蒼の家族は反対するかもしれない」
彼は少し不安げに瞳を揺らした。私はそんな彼に勇気付けるように言った。
「私の家族は絶対に反対しません。それは保証します。でももし反対しても私の一番はいつも颯人さんです。それは父も母もわかってくれます」
これに関しては自信がある。私の家族は絶対に桐生さんを気に入ってくれる。
「もしかすると俺は失敗して一文無しになるかもしれない」
桐生さんはククっと笑いながら冗談とも本気ともつかないような口調で言った。
「そしたら宮崎に帰って祖父のサーフショップを継ぐのはどうですか?丁度今、誰か継いでくれる人を探してるんです」
私は少し冗談ぽくそう言った後、あの綺麗な海で祖父の様に彼が私達の子供達にサーフィンを教える姿を思い浮かべる。それはそれで悪くない未来かもしれない。
ただ私には自信がある。彼は必ず成し遂げる。人一倍努力家で、チャレンジ精神が旺盛で、そして色々悩みながらもいつも最善を尽くしてくれる彼となら何処に行っても、何処に居ても必ず幸せになれる。
桐生さんはそれを聞いて微笑むと、「大事なもの忘れてた」と言ってポケットから小さな箱を取り出した。それを見た途端私の心臓は止まりそうになる。
「俺は蒼の事となると全くダメだな。本当はこれを見せながら『俺についてきてくれるか』って聞こうと思ってたのに」
彼はそっと小さな箱を開けた。目の前が涙で霞んで、箱の中にある小さな指輪が見えなくなる。
「蒼、愛してる。俺と結婚してほしい。全力を尽くして幸せにすると誓う」
そう言って私にキスをした。
「私も颯人さんのこと愛してます。でも本当に私でいいんですか……?だって……私、我儘で寂しがり屋でまた颯人さんに迷惑かけるかも……」
すると彼は私の涙を拭きながら優しく私を見つめた。
「もし俺が仕事ばかりしてて蒼の事を忘れてたら必ず教えてくれ。……そしたらどこにいても必ず蒼の所に帰ってくるから」
彼は私の手を取ると美しいダイヤで飾られた指輪を私の薬指にはめた。そしてその指輪にまるで中世の騎士が忠誠を誓うようにキスをした。