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# 第1話 いつもの日常
朝の駅前は、いつもより少しだけ騒がしかった。
制服の袖を直しながら、人の流れに身を任せる。
隣には、変わらない距離で歩く幼なじみがいる。
「すち、今日の数学、当てられそうだよね」
柔らかく笑ってそう言うのは、らんらんだ。
昔から変わらない呼び方。
小さい頃、舌が回らなくてそう呼び始めて、
そのまま今に至る。
「うん……たぶん。らんらんの方ができるでしょ」
「そんなことないよ。すちは、
ちゃんと努力してるもん」
そう言われるたび、胸の奥が少しだけあたたかくなる。
理由は、分かっているようで、分からないふりをしてきた。
教室に入ると、いつもの席。
窓側、前から二番目。
らんらんは斜め後ろだ。
授業が始まっても、板書を写すペンの音の合間に、つい後ろを気にしてしまう。
視線が合うと、らんらんは小さく手を振ってきて、すぐにノートへ戻る。
その何気ない仕草が、どうしようもなく好きだなんて、口にできるはずもなかった。
昼休みは二人で購買に行く。パンを選ぶ時間すら楽しい。
「すち、これ半分こしよ」
「え、いいの?」
「うん。すちと食べるとおいしいから」
そんな理由、反則だと思う。
断れるはずがない。
放課後は校庭を眺めながら、少し遠回りして帰る。
特別なことは何もない。
ただ、同じ景色を並んで見る。
それだけで十分だった。
「高校生になっても、
こうして一緒に帰れるの、嬉しいね」
らんらんがぽつりと言う。
「……うん。ずっと、こうだったらいいね」
本音だった。
けれど、それ以上は言えない。
言ってしまったら、
今が壊れてしまいそうで怖かった。
夕焼けが街を染める中、別れ道に差しかかる。
「また明日ね、すち」
「うん。また明日、らんらん」
手を振り合って、それぞれの家へ向かう。
振り返らずに歩くのが、暗黙のルールだった。
振り返ったら、離れられなくなりそうだから。
この日常が、ずっと続くと信じて疑わなかった。
――その「また明日」が、来なくなるなんて。
この時の俺は、まだ何も知らなかった。
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