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——目が、重たい。
ぼんやりとした光がまぶたの裏側で揺れている。
どれだけ眠っていたのかもわからない。
でも確かに、どこかで“声”が、響いていた。
『元貴。帰ってきて』
その声が、今も胸の奥に残っている。
ゆっくりとまぶたを持ち上げると、眩しい白の中に、誰かの姿がぼやけて見えた。
「……っ、元貴!? おいっ、元貴……!」
その声は滉斗だった。泣きそうな顔で、だけど必死に笑おうとしていた。
「……おかえり」
もう一人の声が重なった。
涼ちゃんだった。目元を赤くしながらも、穏やかに微笑んでいる。
元貴は、喉が渇いたような声で、ひとことだけ絞り出した。
「……ただいま」
—
季節が、ひとつ巡った。
元貴は長いリハビリと治療を経て、ようやく退院した。
身体にはまだ痛みが残っていたけれど、歩ける。話せる。
そして、音楽と向き合える——それだけで十分だった。
退院後初めてスタジオを訪れた日、扉を開けた瞬間、
滉斗と涼ちゃんが勢いよく立ち上がった。
「待ってたぞ」
滉斗がにやりと笑う。
「今日からまた、3人の時間だよ」
涼ちゃんが優しく手を差し出す。
元貴は小さく息を吸い込んで、スタジオの空気を胸いっぱいに吸った。
「……懐かしいな、匂い」
「おい、ジジくせぇこと言うなよ」
「はは、事故ってから老け込んだんじゃない?」
「うるせぇ」
3人が笑う。
この音が、一番恋しかった。
—
「でさ、例のあの曲、完成させたくてさ」
滉斗がノートを取り出す。そこには、事故の前に元貴が残した未完成の歌詞が書かれていた。
“届かない声を 誰が聴いてくれるんだろう
忘れたふりして 君を想ってる”
元貴は、しばらくそれを見つめたあと、そっとペンを取る。
ゆっくりと、ページの続きを書き足した。
“たとえ音が途切れても
君が呼んでくれるなら
僕は何度だって ここへ帰るよ”
涼ちゃんが、ピアノの前に座り、旋律を乗せる。
滉斗がギターの弦を静かに鳴らす。
3人の音が、再び重なった瞬間——元貴の瞳が滲んだ。
「……生きていて、よかった」
そう心から思った。