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『性別なんて、関係ない』~d×n~
『……俺。翔太のこと、そういう風に見たことないんだ。ごめん』
Side翔太
心臓が、うるさい。
鼓動のひとつひとつが、耳の奥にまで響いてくる。まるで自分の体の中で太鼓が鳴っているみたいに騒がしくて、落ち着けと言い聞かせても全然効かない。
長い時間をかけて温めてきた気持ち。冗談みたいに軽く流してしまえば、きっと楽だった。でも、そんなやり方じゃこの胸の苦しさは晴れない。自分の想いを知ってもらわなければ、何も始まらない。
勇気を振り絞って、俺は彼の前に立った。
夜のスタジオ。練習を終えて、照明もほとんど落ちている。誰もいない空間に残っているのは、微かな汗と木の床の匂い。それと、目の前に立つ彼の存在感だけ。
薄暗い中でも、彼の背はすぐにわかる。背筋をまっすぐに伸ばした姿勢は、影になっても凛としていて、どこか近寄りがたい雰囲気すらある。
でも俺にとっては、その横顔が、何よりも愛おしかった。
「ねぇ……ちょっと話、してもいい?」
自分の声が震えているのがわかった。乾いた喉から押し出すように出た声は、普段の俺からは想像できないほど弱々しい。
彼は少し驚いたように振り向いて、すぐに優しく微笑んだ。あの笑顔を見るたびに、胸の奥が熱くなる。今日もまた、その魔力に捕らえられてしまいそうだった。
「どうしたの?」
短い問いかけに、呼吸が止まりそうになる。けれど、ここで逃げたら一生後悔する。
俺は拳をぎゅっと握りしめた。爪が掌に食い込んでも、痛みなんか気にならない。
「……俺、ずっと前から……涼太のこと、好きなんだよ」
一瞬、空気が止まった。
練習の熱気がまだ残っているはずの空間が、急に冷え込んだような錯覚に陥る。自分の声が、どこまでも遠くへ響いていくようで怖かった。
けれど、確かに言った。届いたはずだ。だから――。
「俺。翔太のこと、そういう風に見たことないんだ。……ごめん」
彼の声は、いつもと変わらない穏やかさを帯びていた。優しくて、真剣で。だからこそ、その言葉は残酷だった。
ほんの少しでも希望があると信じていた自分が、愚かに思えた。舞台に立つときのように胸を張っていた心が、音を立てて砕け散っていく。
視界がにじんだ。
でも泣きたくなかった。情けない顔だけは絶対に見せたくなかった。だから必死に笑顔を作る。震える唇を持ち上げて、無理に明るい調子を装う。
「……そうかあ。そっか。やっぱりそうだよね……」
言葉が空回りしているのは自分でもわかった。けれど、それ以上に沈黙が怖かった。何かを言っていないと、この場に立っていられない。
そんな俺を見て、彼は眉を寄せる。心配そうな目つき。その優しさが逆に胸を締め付けた。
俺だけが必死に想って、俺だけが勝手に傷ついてる。彼は何も悪くないのに、俺の心はもうボロボロだ。
思わず、口が勝手に動いた。
「もし……もし俺が女の子だったら、付き合ってた?」
冗談めかして笑ってみせたけど、声は上ずっていた。軽口のつもりが、必死に縋りついてるみたいに聞こえただろう。
彼はわずかに目を見開いて、それからすぐに視線を逸らした。答えを探すように言葉を飲み込んで、結局何も言えずに口を閉じる。
その仕草が、答えそのものだった。
胸が、また大きな音を立てて崩れた。
それでも俺は、最後まで笑顔を崩さなかった。いや、崩せなかった。
「やっぱり、なんでもないよ。変なこと聞いてごめん。ありがとう。ちゃんと振ってくれて」
笑いながら頭を下げた。自分でも驚くほど、声は明るく響いた。
でも胸の奥は、大きな痛みでいっぱいだった。熱いものが喉の奥にせり上がってくる。それでも必死に飲み込んで、彼の前では絶対に零さないようにした。
背を向けて歩き出す。足取りは重く、世界全体が沈んでいくみたいに感じた。
けれど後ろから彼が何かを言う声を聞くのが怖くて、俺はただ早足で出口へ向かった。
――これでよかった。
心の中で何度も自分を納得させる。
スタジオを出た瞬間、夜風が頬を撫でた。冷たい空気に触れた途端、張り詰めていたものがぷつりと切れそうになった。
泣きたかった。でも、泣いたら全部崩れてしまう気がした。だから必死にこらえた。
誰もいない路地を、俺はただ前だけを見て歩き続けた。
――――――――――――――――――
朝の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。眩しさに目を細めながら、俺はゆっくりとまぶたを開いた。
昨日の夜の出来事が、すぐに頭をよぎる。胸の奥にずしりと重たい石みたいなものが沈んでいる。
「……あーあ。俺、振られちゃったんだなあ……」
思わず声に出してつぶやく。声はいつも通りの自分の声なのに、その響きがどこかやけに空しく聞こえた。
勇気を振り絞って伝えた想いは、ものの見事に拒絶された。
もちろん、涼太は悪くない。優しくて、真剣で、ちゃんと正直に答えてくれた。だけど、その「ごめん」の一言が、心臓にずっと刺さったままだ。
重たい気持ちを抱えたまま、俺は布団の中で体を起こそうとした。
――ん?
なんだろう。体が妙に軽い。
もともと俺は細いとか華奢だとか、いろいろ言われることが多かったけど、それにしたって今日はおかしい。
手足が自分のものじゃないみたいにすっと動く。体を起こすときにいつも感じる筋肉の重みや張りが、どこか薄れている気がする。
「……寝過ぎて、痩せた? いや、そんな一晩で痩せるわけないよね……」
自分にツッコミを入れながら、ぼんやりと髪をかき上げる。指先に触れる髪の感触も、なんだか柔らかいような気がする。寝癖のせいかな。
ベッドから降りて、ふらふらと洗面所に向かう。鏡に映った自分の顔を見て、思わず足を止めた。
「……あれ?」
そこにいるのは、確かに俺だ。見慣れた顔。黒目がちの目も、少し低めの鼻も、全部見覚えのある俺の顔だ。
けど――なんか違う。
輪郭が、ほんの少しだけ柔らかい。頬の線が丸くなったというか、全体的に優しい印象になっている。化粧でもしてるみたいに、顔色も妙に明るい。
それだけなら「寝起きで浮腫んでるのかな」で済んだかもしれない。
けれど、俺はふと胸元に視線を落としてしまった。
――膨らんで…る?
自分のTシャツの布地が、いつもと違うふくらみを作っている。
慌てて両手を胸に当てた瞬間、柔らかい感触が指のひらに広がった。
「な、なんだこれー!!!」
思わず素っ頓狂な声が洗面所に響いた。
慌てて鏡を覗き込む。そこには、顔はほとんど変わっていないのに、胸には確かに存在している――”女性らしいふくらみ”。
冗談でしょ? 何かのイタズラ? 夢? 昨日のショックで頭がおかしくなった?
思考がぐるぐる回る。
でも、何度触っても、そこにある。柔らかい。確実に自分の体の一部になってしまっている。
「嘘でしょ……俺、女になってる……!?」
ガクンと膝が抜けて、その場にしゃがみこんだ。冷たい床の感触が尻に直撃しても、そんなこと気にする余裕はない。
恐る恐る視線を下に下ろす。Tシャツの裾を持ち上げ、寝間着のズボンの中に手を滑り込ませる。
そこにあるはずの、大事なものが――ない。
「なっ……なああああっ!?!? なんでっ!!!」
驚きとショックで声が裏返る。顔から火が出そうなほど熱くなる。
急いで手を引っ込め、ズボンを直し、鏡に映る自分を凝視した。
そこにいるのは、昨日までの俺に似ているけれど、確実に”違う”俺だった。
顔はあんまり変わっていない。背の高さも変わっていないように見える。
けれど、全体のシルエットが微妙に違う。肩幅が少し狭くなり、腰のあたりがくびれている。足もなんだか細く見える。
ちょっと油断したら女性に見間違えられてもおかしくない体つきになっていた。
「……これ、どうすればいいの、俺……」
頭を抱えてうめく。昨日の失恋の重みがまだ心に残っているというのに、その上でこんな意味不明な状況に叩き込まれるなんて。
笑うしかない。いや、笑えないけど。
目の前の現実は変わらない。胸のふくらみはちゃんとそこにあるし、下には何もない。夢でも幻でもない。
顔だけは”ほとんど同じ”だからこそ、余計に違和感がすごい。
試しに笑顔を作ってみる。鏡の中の自分が、いつもよりちょっと愛嬌のある笑顔を返してきた。
ため息が出る。
「……これ、どうしよう……」
俺は今日も練習がある。歌もダンスも、人前に立つことが仕事だ。
なのに、こんな体でまともに踊れるの?声は出るの? 考えただけで頭が痛い。
とにかく、まずは落ち着け。深呼吸をして、胸の膨らみをTシャツで押さえつける。けれど、隠せるようなものじゃなかった。
布の下で確かに存在感を主張している。動くたびに揺れる。自分の体なのに、完全にコントロールできない感覚に混乱する。
「……こ、これ……スポーツブラとか必要じゃない……?」
自分の口から出た言葉に、また顔が真っ赤になる。こんなことを考える日が来るなんて、昨日の俺は夢にも思ってなかったはずだ。
失恋の傷で十分しんどいのに、今度は女体化。
俺の人生、どこへ向かってるんだろう。
鏡の中の”女の俺”が、困り果てた顔でこちらを見返していた。
―――――――――――――――――――
スタジオのドアを開けると、すでに数人の仲間がストレッチをしていた。
俺はなるべく普段どおりのテンションを装いながら、大きな声であいさつした。
「おはようございまーす!」
振り返ったメンバーたちが口々に「おはよー!」と返してくれる。
――よし、誰も不審に思ってない。今のところは大丈夫だ。
――――鏡の前で何度も自分を見直し、胸の膨らみに頭を抱え、ズボンの中を確認しては青ざめ。結局のところ、俺がとれる手段はひとつしかなかった。
「……包帯だ。包帯で巻いて潰すしかない」
クローゼットの奥に、昔の怪我のときに使った包帯が残っていた。まさかこんな用途で使う日が来るなんて夢にも思わなかったけど、背に腹は代えられない。
必死にぐるぐると胸に巻きつける。鏡の中の俺は顔をしかめていた。
「……うう、ちょっと……いや、だいぶ苦しい……。息、浅くなってるよ……」
でも仕方がない。このままレッスンに行ってみんなに「おっ、翔太胸大きくなった?」なんて言われたら、俺の人生は完全に終わる。苦しいくらい我慢だ。
身長は変わってなかった。それがせめてもの救いだ。背丈がそのままだから、周りもそう簡単には疑わないでしょう。
深呼吸をして、無理やり笑顔を作る。
「……よし! 気合いで乗り切るしかない!」
そう胸をなでおろしかけたその瞬間。後ろから聞き慣れた低めの声がした。
「……?おはよう、翔太?」
ギクリ、と背中に冷たいものが走る。
振り向けば、そこにいたのは照。誰よりも観察眼が鋭く、メンバーのちょっとした変化もすぐ見抜く人。
「あっ、照!お、おはよう!」
声が裏返りそうになるのを必死に抑えた。笑顔、笑顔。自然に見せろ。
しかし照は首をかしげて、俺をじいっと見てきた。
その視線が心臓に突き刺さる。やめてくれ、そんなマジマジと見ないで!
「……本当に翔太?なんかこう……体が違うような」
「なっ!? えっと……そ、そのお……」
全身に冷や汗が流れる。心臓がバクバク鳴ってるのが自分でもわかる。
とっさに、昨日から考えていた言い訳を口にした。
「ちょっと! そう、ちょっとダンスレッスンきつくて……食べずに寝たら……ちょっと痩せちゃって!」
必死に手をバタバタさせて誤魔化す。なんとか信じてもらえ――!
だが照は腕を組んで、さらに目を細めた。
「痩せた……? ふーん……でもその割には、丸みがあるっていうか」
「わーっ!!!」
思わず叫び声をあげて、慌てて手を振る。
「お、俺の体はもういいよ! な、なあ? で、何? 用事でしょ? 俺に何の用なの!?」
照の口を遮るように早口でまくし立てた。顔が真っ赤になってるのが自分でもわかる。
周りのメンバーも何事かとこちらを見ている。視線が痛い。
「……いや、別に用事ってほどでもないけど」
「ほらね! 用事ないんだったらレッスンレッスン。俺まだフリ完璧に覚えてないところあるから。さ!頑張るぞー」
無理やり場を仕切ろうと両手を叩いてみせる。空気を笑いに変えるのは俺の得意分野……のはずだ。
けど照はじっと俺の顔を見て、口元をわずかにゆるめた。
「……翔太、なんか隠してない?」
「ひ、ひえっ!? な、なな、何を言ってるのかなあー! 隠すものなんて、何ひとつございませんよー!」
声が裏返った。誤魔化そうとテンションを上げれば上げるほど、余計に怪しい。
自分で言うのもなんだけど恥ずかしながら胡散臭い気もする。
――――――レッスンが始まると、さらに苦労は続いた。
包帯で固めた胸は息苦しい。ちょっと動くだけで心臓が締め付けられるようだ。
振り付けのジャンプをすると、包帯の下でふくらみがわずかに揺れて、変な違和感が走る。
「う、うわっ……これ、意外ときつい……!」
誰にも聞こえないよう小声でうめく。
「しょっぴー、大丈夫?」
隣で踊っていた康二が心配そうに声をかけてくる。
「だ、だいじょうぶ!全然余裕だよ!」
笑顔で親指を立ててみせるけど、内心は必死だった。息は上がるし、汗もいつも以上に出てくる。
鏡に映る自分の姿が、ほんの少しだけ普段と違って見える気がする。肩のライン、腰の曲線――。
自分が一番よくわかってる。
この体じゃ踊れない。
――いや、気づかれたら終わりだ。死ぬほど恥ずかしい!
必死に表情を作り直す。
俺はレッスンに食らいつく。
息が上がる。足が思うように動かない。
頭の中ではいつも通りの振り付けを描いてるのに、体がついてこない。胸をぎゅうっと締め付けられるようで、ジャンプすると息が詰まる。
「……はあ、はあっ……」
俺は鏡の中の自分を見て、思わず顔をしかめた。
笑顔で踊ってるつもりなのに、全然余裕のない顔だ。汗もいつも以上に出てる。
横から康二が近づいてきた。
不思議そうに首をかしげて、俺を覗き込む。
「しょっぴー?なんかさ、今日いつもより調子悪くない?」
「えっ!? あ、いやいや! 全然大丈夫だよ!? ちょっと寝不足なだけ!」
慌てて笑ってごまかす。
けど呼吸は乱れてるし、包帯で締め付けた胸はズキズキ痛む。絶対にバレるわけにはいかないのに。
そこへ阿部もやってきた。腕を組んで俺をじいっと見つめる。
「……翔太さ。ちょっと歌ってみて」
「えっ!? い、今ここで!?」
「うん」
――やばい。声!
思わず喉を押さえる。確かにさっきから声の響きがいつもと違う気がしてた。高めに出やすいというか、妙に澄んでるというか。
でも断ったら余計に怪しまれる。仕方ない。とりあえず歌ってみるしか――。
俺は息を整え、声を出した。
「君も一緒に行こう♪音の鳴る方へ Yeah!! Dan Dan Di Gi Dan Dan Dan Di Gi Dan Dan Dan Di Gi Dan, oh yeah」
思ったよりも伸びやかに声が出た。けど、同時に自分でも「高っ!」と思った。
案の定、阿部がすぐに眉をひそめる。
「……なんか声高くない?」
「ひえっ……!? え、えっと……そ、それは……昨日ちょっと冷たいもの飲みすぎて、なんか喉が変になっちゃって!」
必死に理由を並べ立てるけど、阿部は納得しない。ぐっと距離を詰めてきて、俺の目をまっすぐに見つめる。
「翔太、何隠してるの?」
「な、ななな……なんも隠してないよ! 俺はいつも通りだよ!」
「いや、違う。翔太、今日明らかに変だよ。動きも、声も。何かあったよね?」
阿部の真剣な声に、背中から冷たい汗が流れる。
心臓がドクドク鳴って、頭の中で警報が鳴り響いてるみたいだ。
どうしよう。どう言い訳する? 昨日の失恋のせい? 寝不足? いや、もう限界だ――。
と、そのとき。
「どうしたの?」
聞き慣れた低い声が、俺の背後から響いた。
振り向かなくてもわかる。その声の主は、昨日俺を振った人。
――涼太。
胸の奥がずしりと重くなる。昨日のやり取りが一瞬で蘇る。
「ごめん」と言われた瞬間の痛み。冗談めかして「もし俺が女だったら?」と尋ねて、答えをもらえなかったあの絶望感。
そして、朝起きたら本当に女になってしまっていたこの現実。
いろんな感情が一気に押し寄せて、喉が詰まる。
阿部と康二の視線、涼太の声――もう全部支えきれない。
「……っ」
気づけば、目の奥が熱くなっていた。
涙なんて絶対に見せたくなかったのに、頬をつたって零れ落ちてしまう。
「じ、実は……」
言葉が震える。
隠していたものを吐き出すしかない。
でも、どこからどう話せばいい? 昨日の告白のこと? それとも今の体のこと?
頭の中がぐちゃぐちゃになって、涙が止まらない。
涼太が心配そうに「翔太……?」と声をかけてくる。
その優しい声が、逆に胸を締めつけて苦しくなる。
――もう、無理だ。
俺は必死に言葉を探しながら、震える声で続けた。
――――――――――――――――――――――
気がつけば俺は、レッスン場の隅っこで体育座りしていた。
周りにはメンバー全員が集まってきていて、まるで「緊急会議」のような空気になっている。
胸の奥から込み上げてくるものを抑えきれず、鼻をすすりながらしゃくりあげていた。
「ひぐっ……ひぐう……俺、本当に……どうしたらいいのかなあ……」
涙声で言うたびに、みんなが顔を見合わせる。
普段なら俺が笑いを取る側なのに、今は完全に泣き虫キャラに成り下がってる。情けないけど、どうしようもなかった。
そんな俺を見て、佐久間がぽつりと言った。
「ちょ、ちょっと待って……こんなのアニメでしか見たことないよ。女体化なんて……」
大げさに両手を広げて、漫画みたいな顔をする。
その言葉に、場が一瞬シーンとなった。いや、本当にそうだけどね。俺自身だって「アニメや漫画の世界の話でしょ」って思ってたのに、まさか自分が当事者になるとは……。
「なあ……これ、夢じゃない? 俺、まだベッドで寝てるんじゃない?」
必死に言い訳を探すみたいに呟く俺に、佐久間が肩をすくめる。
「いや、夢にしてはリアルすぎるって! だって触ったでしょ? 胸!」
「わーーー!!! 言わなくていい! そこは言わなくていいよ!」
俺が慌てて遮ると、佐久間はけらけら笑い、まわりもつられて笑い声を漏らした。
けど、その笑い声もすぐに真剣な空気に変わる。
阿部がスマホを取り出し、冷静に言った。
「うーん……こういうときはまず、情報収集だよね。とりあえず”女体化 戻る方法”でググってみるしかないかなあ」
「ググるんかい!!」
全員が一斉にツッコミを入れた。
けど阿部は真面目な顔で検索を続けている。
「えっとね……”キスで戻る”とか”時間経過で自然に戻る”とか、いろいろ出てくるけど、ほとんどはラノベとか創作ネタだね」
「それ、信憑性ゼロじゃん!」
思わず俺は頭を抱える。
でも今のところ、他に方法なんて浮かばない。
そこへラウールが首をかしげながら言った。
「でもさ……しょっぴー、顔はあんまり変わってないよね? 昨日までのしょっぴーっぽいのに、体だけ違うっていうか」
「う……まあ、そうだね。顔はそんな変わってないと思う」
俺が答えると、ラウールは妙に楽しそうに笑う。
「なんか、女の子になったしょっぴー、ちょっと可愛いよ」
「おいおいおいおい! 冗談言うなって!」
真っ赤になって叫ぶ俺。
すると阿部が「まあ、確かに柔らかく見えるな」と小さくつぶやいた。
「阿部までー! 俺、別に可愛くなりたいわけじゃないよ。」
必死に否定する俺を見て、康二が笑いながら肩を叩く。
「でもしょっぴー、正直に言ってくれてありがとう。苦しいのに隠してたんやろ?」
「……だって、怖かったんだ。みんなにバレたら、変に思われるんじゃないかなって……」
「変ちゃうよ」
その言葉に、全員がうなずいた。
温かい空気が流れて、少しだけ涙が乾いていくのを感じた。
でも問題は解決してない。俺はまだ女の体のままだ。
康二が腕を組んで真剣な顔をする。
「とりあえず、しょっぴーが安心して練習できるように俺らでサポートせなな。ダンスで無理な動きがあるならフォローするし、歌のキーが変わったなら調整してもらえるよう頼もに」
「そ、そんなこと……みんなに迷惑かけちゃうよ……」
「迷惑じゃないよ」
阿部の一言が、胸に沁みた。
その低くて落ち着いた声に、また涙が込み上げてくる。
「うう……みんな……ありがとう……」
鼻をすすりながら言うと、佐久間が「ほらほら、泣きすぎると鼻真っ赤になっちゃうよ!」とハンカチを差し出してくれた。
「……みんな……本当にありがとう」
ぽつりとつぶやくと、全員が笑った。
でもその笑いは、優しさに満ちていた。
状況はとんでもないのに、不思議と温かい空気が漂っていた。笑いあり、真剣さあり、俺は改めて「仲間ってありがたいな」と胸が熱くなっていた。
そんな中で、不意に静かな声が響いた。
「……翔太の世話、俺するから」
え? と全員の視線が一斉にそちらへ向いた。
声の主は涼太だった。真剣な眼差しで俺を見つめ、淡々とした口調で言い切った。
「えっ!? ちょ、ちょっと待って!? なんで涼太が……」
俺は慌てて両手を振る。顔が熱くなるのを感じながら、言葉を探す。
だって、昨日あんなふうに振られたばかりなのに。そんな涼太に世話されるとか、心臓が持つわけない。
しかし他のメンバーたちは驚きながらも、すぐにうなずいた。
「なるほどね。確かに舘さんなら安心やな」康二が言う。
「うん。責任感あるし、落ち着いてるし。翔太も安心できるんじゃない?」阿部も頷く。
「そうそう、舘様は包容力あるしね!」佐久間はにやにや笑っている。
「翔太の異変を一番冷静に見られるのは、やっぱり舘様だよね」目黒も静かに同意する。
「えっ……ちょ、ちょっとみんな!? なんでそんな満場一致みたいな流れになってるの!?」
必死に否定する俺を無視して、ラウールまでもがにっこり笑う。
「いいと思う!しょっぴー、ちょっと不器用だからさ。舘さんがそばにいてあげたほうがいいよ」
「ラウールまでー!」
俺は頭を抱えた。みんなの視線が完全に「決まりだね」と言っている。
当の涼太はというと、少し照れくさそうに肩をすくめながらも、しっかりと俺のほうを見ていた。
「翔太……俺で嫌なら言って」
その声は低く落ち着いていて、優しかった。
嫌なんて言えるはずがない。心臓が爆発しそうなくらいドキドキしてるけど、嫌な気持ちなんか一つもなかった。
だけど――昨日のあのやりとりが、どうしても頭をよぎる。
「……べ、別に嫌とかじゃないけど……」
小声で答える俺を見て、メンバーたちは一斉に笑顔になった。
「決まりだな!」
「よかったねしょっぴー!」
「じゃあ翔太担当は舘さんってことで!」
勝手に拍手まで起こり、完全に流れが決まってしまった。
その日から、涼太が俺の”世話係”のようになった。
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作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。