テラーノベル
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「すごく綺麗」誰一人として入ってくるはずのなかった第二音楽室で突然かけられたその声に、私は弾いていた指を止め、驚きで固まってしまった。
学校で話しかけられることなんて今までほとんどなかったから、最初は本当に心臓が跳ね上がるほど驚いたのだ。
けれど、恐る恐る言葉を交わしてみると、目の前に立つ彼女はとても気さくで温かく、何より全身から「音楽が大好きだ」という純粋なオーラが溢れ出ているのがすぐに伝わってきた。
名前は、如月 鈴。
よく顔を見てみれば、あの入学直後の吹奏楽部の体験入部の時、私の隣で置き去られた楽器たちをじっと熱心に見つめていたあの女の子だと気づいた。
私の中にずっと残っていた噂の真相を、思い切って彼女に尋ねてみた。
「あ、あの……半年で吹奏楽部のすべての楽器をマスターしたって話、本当なの?」
すると彼女は、くすくすと楽しそうに笑って手を振った。
「まさかー! だいたい鳴らせるようになったっていうだけだよ。マスターなんて言葉には、全然程遠いってば」
――たった半年で『だいたい鳴らせるようになった』というだけでも、常人からすれば十分すぎるほど恐ろしい領域だ。
喉まで出かかったその言葉を、私はかろうじて押し殺した。彼女の中に眠る底知れない才能の輝きに、背筋がすうっと粟立つような鳥肌が立ったのだ。
けれど同時に、私の胸の中にひとつの疑問が浮かび上がった。
「どうして……それだけの才能があるのに、すぐに部活をやめちゃったの?」
それだけ演奏できるなら、部の中心メンバーとして活躍できたはずだし、周りからも重宝されたはずなのに。
彼女は、あまりにもあっけらかんとした笑顔で答えた。
「色んな楽器に直接さ触れたから、もう満足しちゃったんだ。ほら、普通の楽器屋さんには置いてないような珍しい楽器もあったでしょ?」
「でも、吹奏楽部って……大勢で音を合わせてひとつの曲を作り上げるのが一番の楽しさなんじゃないの?」
「下澤さんはそう思うかもしれないけど、私はちょっと違うかな」
彼女はまっすぐな、濁りのない瞳で私を見つめ返した。
「もちろん、好みの問題だし、大編成で音を重ねるのもすごく素敵だと思う。だけど私はね、もっと自分の“好き”をそのまま形にできる音楽がやりたいの」
「好きな……音楽……?」
「うん。私、絶対にバンドが組みたくてさ! あの、ステージの独特な張りつめた緊張感から、一気に解き放たれる圧巻のパフォーマンスがたまらなく好きなんだ。だから今、放課後を使って一緒にやってくれるメンバーを探してるところなの」
「バンドって……そんなに楽しいのかな?」
「まだ私を含めて二人しかいないから、正確には“バンド”って呼べるほどじゃないんだけどね。でも、すっごく楽しいよ! やっぱり音楽っていうのはさ、自分の“好き”っていう気持ちでやらなきゃ絶対に面白くないから!」
胸を張って語る彼女のキラキラと輝く瞳に、私は息を呑み、吸い込まれそうになっていた。
――いいな。自分の“好き”な音楽を、自分のために伸び伸びとやれて。
私だって、幼い頃は音楽が大好きだったはずなのに。
コンクールの評価と母の顔色ばかりを気にして弾く今の自分のままでいいのかな……。
もう、何が正解なのかすら分からなくなっていた。
いいな。本当に、羨ましいな――。
胸の奥でそう呟いた次の瞬間だった。
それまで満面の笑みを浮かべていた彼女が、急に神妙な真剣な顔つきになり、何かを深く深く考え込み始めたのだ。
(えっ……変なこと、言っちゃったかな……?)
私が一人でハラハラと心配していると、彼女は突然「そうだ!」と音楽室全体に響くような大声を上げて立ち上がり、私の目の前にパッと立ちはだかった。
「ねぇ! 下澤さん、私のバンドに入らない!? キーボードとして!」
「……えっ、き、キーボード!?」
「うん! 絶対にハマると思う! だって下澤さんのピアノ、あんなに素敵なんだもん! 一緒にやろうよ、絶対に楽しいから!」
今になって振り返ってみれば、あの時の彼女のまっすぐな瞳には、すでに“大歓声に包まれたステージの上で共に奏でているバンド”の未来の光景が、はっきりと見えていたのだと思う。
「そうと決まれば、善は急げだよ!」
彼女は迷うそぶりすら見せず、私の返事を待たずにぎゅっと手を取って走り出した。
「ついてきて! 思い立ったら大吉日って言うでしょ!」
(それを言うなら『思い立ったら吉日』じゃ……)
強引に手を引っ張られながら、私は彼女の溢れんばかりの情熱と素敵さに圧倒されると同時に、この子は少しだけ抜けているおバカさんなのかもしれない、と理解した。
放課後の校舎を抜け出し、手を引かれて向かった先は――夕暮れ時の静かな住宅街の一角にひっそりと佇む、一軒の民家だった。
コメント
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いやあ、すごくいい話でした。如月鈴さんの「自分の“好き”をそのまま形にできる音楽がやりたい」って言葉、胸に刺さりましたね。コンクールや周りの評価ばかり気にしてた下澤さんが、あのまっすぐな情熱に引っ張られて、ちょっとずつ自分を取り戻していく感じが印象的でした。「思い立ったら大吉日」って言い間違えるところも、彼女の無鉄砲さと可愛さが出てて好きです。この出会いがどう広がっていくのか、続きがすごく気になります!
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#異世界転移
花月夜れん
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