今から遡ること数百年前。遥か彼方、銀河の反対側で起きた物語。 宇宙へ進出したアードは順調に勢力圏を拡大していったが、謎の機械生命体センチネルと遭遇。銀河の広範囲で数百年に渡る激闘を繰り広げていた。
そんな最中、長年の盟友であるリーフ人の本星であるリーフ星系がセンチネルに発見されてしまう。事此処に至り、アードは決戦を決意する。
センチネルの絶望的な物量からリーフ星防衛は絶望的であると判断したアードは、リーフ人に本星からの脱出と惑星アードへの移住を提案。最初は渋っていたリーフ側であるが、アード女王セレスティナが直接リーフ星へ赴き、古くからの親友であるリーフ女王フェルシアに直談判。
民の行く末を憂いていたフェルシア女王はセレスティナ女王の説得に応じて、リーフ星からの脱出を決意。勅命として直ぐ様公布され、全てのリーフ人はアードへの脱出することになる。
アードはこの脱出を支援するために各星系に最低限の戦力のみを残して、宇宙軍の90%にもなる戦力を結集。またその司令官として、知将として名を馳せるティリス提督を任命した。
彼女はセンチネルとの戦いの最初期から戦い続けた英傑であり、数多の困難な戦いをその類い稀な統率力と智謀によって勝利に導いた英雄であった。
「忠勇なるアード宇宙軍将兵に告ぐ。今まさに我が友人達がセンチネルによって滅亡の危機に晒されている。これを座視するのか?否である。
長きに渡り兵を養うのは何のためか。諸君らが日々その業を磨くのは何のためか。この時のためである!力無き者を無思慮な存在からその手で守るためである!顔を上げよ!胸を張れ!大義に生きる諸君らは正しいことを成しているのだ!精強なる諸君らと共に戦えることを誇りに思う!」
色鮮やかなアード軍旗を携えた妙齢の隻眼の女性軍人は、声高々に吠える。
「何も恐れることはない!私達のやることは変わらん!諸君、矜持の旗を掲げよ!」
「「「ォオオオオオーーーーッッッ!!!」」」
ティリス提督の檄はただでさえ高かったアード軍の士気を天元突破させてしまった。最初で最後の大決戦、世に言うリーフ会戦の始まりである。
アード軍が死に物狂いの決戦を挑んでいる頃、リーフ星の元老院には多数の老人と一部の若者が集まっていた。
「女王は?」
「惑星を去るのは最後であると。近衛も同じです」
「予想通りだな。それで、フリースト。手筈は?」
「万事、抜かり無く」
「よし。我らは新天地へと赴くのだ。古い慣習は捨てねばならん」
「うむ、その通りだ」
「しかし、確か女王の末娘が星を後にしていたな」
「開拓団だな。全く余計なことを」
「しかも妊娠しているとの話もあるぞ」
「ご安心を、既に手を打ってあります。あの開拓団の航路は安全なものですが、周期的にセンチネルの勢力圏を横切るように設定されております。そして、何よりもアード星系への航路データがありません」
「流石はフリーストだ。万事抜かりはないな」
「新天地では君が一族を率いるのだ。我が一族の新たなる夜明けを君に託そう」
「万事お任せを」
このリーフ会戦で惑星リーフはセンチネルが持ち込んだ直径百キロを越える小惑星を叩き付けられて死の星となったが、アード軍の死力を尽くした戦いでリーフ人の大半が脱出に成功する。
しかし最後に星を出たフェルシア女王と一族、そして近衛兵団を載せた脱出船が突然救難信号を出してセンチネルスターファイターの大群を惹き付けてしまい撃沈されると言う悲劇が発生した。民を逃がすため自ら囮となったされ美談として語られている。
また、アード軍の被害もまた甚大であり全戦力の八割を失い壊滅状態となった。英雄ティリス提督も瀕死の重傷を負い、大勢の部下を失った。更に彼女を支え続けた夫ディータ、息子のティダルも戦死する悲劇が彼女に追い討ちを掛けた。
最早生きる気力も失せた彼女であったが、状況は彼女の死を許さなかった。
「これは禁忌ですぞ、宜しいのですか!」
「禁忌だろうと、この情勢で提督を失うわけにはいかん!彼女の智謀はまだまだアードのために役立てて貰わねばならん!」
一部のアード人は禁忌を犯した。それはクローン体を作り上げ、そこに魂を移すことで蘇生させる手法である。だがアードではこれらは魂への冒涜、邪法とされている。
しかし、事はそう簡単には進まなかった。
「素体の完成はまだか!」
「無茶を仰らないでください!提督のマナ保有量は桁外れなのです!じっくりと馴染ませていかねば、素体が持ちません!成長にはまだ数年かかりますよ!」
「そんな時間はない!今すぐに魂を移し代えるのだ!」
「まだ幼子ですよ!?」
「構わん!必要なのは提督の智謀なのだ!この際肉体など二の次だ!」
秘密裏に進められていた計画は前倒しされて、治療院からティリス提督を拉致。そのまま新しい素体に魂を移し代える邪法が施された。
しばらくするとティリスが目を覚ました。
「おお!提督、目覚めたか!いや、君を死なせるわけにはいかんのでな。君を救うために少しルールを破ってしまった。その身体は不便だろうが、事は一刻を争う。直ぐにアード軍の建て直しのため知恵を貸してくれ!」
ティリスは男の言葉に答えず自らの身体を見て、そして傍らに横たわる傷だらけの自分の身体を見つめた。
そして。
「……んー?☆ティリスちゃん、おじさんの言ってることわかんなーい☆」
「なっ!?これはどういうことだ!?」
「まさか失敗したのか!」
「そんなはずは!術式は完璧です!」
「提督!悪ふざけは大概にしたまえ!」
「わかんなーい☆」
「なんと言うことだ!」
「どうするのだ!?禁忌に手を出して、更に失敗したとなれば我々は!」
「……やむを得ん!処分するのだ!全ての証拠を隠滅する!それしか!」
突如として扉が蹴破られ、大勢の戦士達が雪崩れ込む。その先頭には当時近衛兵長であったパトラウスの姿があった。
「禁忌を犯した重罪人共だ!残らず捕らえよ!」
「ばかな!?何故此処が!?」
禁忌を犯した一団は一網打尽とされ、禁忌は封じられた。
後始末を済ませたパトラウスはぼんやりとベッドに腰かけているティリスに近付き、生まれたままの姿の姉にローブを羽織らせた。
「……姉上、このような姿で分からぬかもしれませぬが私は…」
「パトラウス」
罪人の証言から記憶を失っていると考えたパトラウスは、名を呼ばれて目を見開いた。
「姉上、記憶を失われたわけでは!?」
「……疲れた」
絞り出すような姉の言葉に、パトラウスはそれ以上言葉を続けることは出来なかった。
この年、アードは宇宙からの撤退を決断。まだ取り残された同胞が居るのを承知で本星含む星系そのものを隠蔽魔法で隠し身を潜めた。
数十年後。
「ドルワの里?」
「はい、姉上。新たに浮き島を建設して里を作る計画です」
弟の下で何かをすることもなくただ日々を過ごしていたティリス。
「で、それがなに?」
「……敢えて申し上げる。住民は全て姉上が率いた特務艦隊の生き残り、或いは遺族です」
パトラウスの言葉に、ティリスの瞳が反応した。
「どこから聞き付けたのか。皆、姉上の下に集いたいと」
「私の?」
「はい。姉上は随分と尽くされた。私の庇護の下で静かに余生を過ごすのも悪くはないでしょう。しかし、それは姉上の望みでしょうか?」
弟の言葉は、ティリスの瞳に力を宿した。
「死に損ないの私にやれることがあるなら……やるよ。これも贖罪だ」
ドルワの里でティナが生まれる三百年前の出来事である。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!