テラーノベル
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「wats is love it ¿?」
流暢な英語がいやらしい舌の動きを目視する前に彼の口から発される。
自分の冷や汗が滴り落ち、上質なベルベットのカーペットの色がじんわり変色する。
口内に錆びた鉄の得も言えない不快な味が広がる。生唾と生き血が混ざり合い、反射で飲み込もうとして喉に違和が襲いくる。
huh.とシニカルに笑うも、眼前の彼の瞳は未だ揺らぎ続ける蝋燭の灯火の薄明かりを柔和に照り返すのみで生物としての理性的機能は備わってないように思えた。
それ程までに面前の彼は、陳腐な言葉で比喩するならば、愛情に飢えた捕食者の目をしていた。
本能が警鐘を鳴らしている。
そう、間違っていたのだ。初め(ハナ)から。奴隷と性的行為を交わした者に降り掛かる多岐に渡る凄惨な末路を耳が痛いほど聞かされてきた。
だが、いざ雄の色香を剥き出しにして娼婦のように艶めかしい色男を目の当たりにしてみればどうだ。
実際、彼の罹患を想起させるような、ウエストラインを強調するくびれは酷く扇情的で、自分が必死に身籠ってきた内なる欲求を誘発しかねない危うさがあった。
そもそも如何にしてこのような慙愧に堪えない状況に陥ったのだろう。
___そう。あの日は、身を切る様な酷寒だった。
私は水商売を生活の要にして稼ぎの主軸にしてる。所謂、男女問わず弄ぶ尻軽という部類に入る。
今日は勤め先から酒の肴となるつまみを買い足して来いとのご用達だ。チーズや生ハム…唐揚げ、イカの干物…
……断りを入れて置くと、決して居酒屋などではない。
店は人材不足で猫の手も借りたいそうだ。私に言わせれば猫には服従させるよりも手袋を買ってやった方が従事するだろう。
仕事にかこつけて酒を浴びるほど飲む不当な輩も居るが、呑みたがりな常連客の洗礼を受けた翌日には、鯨飲みして紅潮した頬が嘘の様に顔面蒼白になり、その日一日ヘルプにさせてくれと懇願してくる。全く以って滑稽としか表しようがない。
そんな下劣極まりない思考が頭を廻る。ショーウィンドウの向こう側には隔離された豪華絢爛なドレスがひだ一枚も靡かせずに佇んでいる。
朧げだが、陳列窓に飾られるドレスは同一ではないが勤め先の店の頂点に君臨する嬢が長い睫毛の一本一本をまばらに移ろわせてさも誇らしげにまるで自分専用のランウェイと謳うかのように颯爽と見せびらかして得意満面で歩き回っていた。
計らずしも、彼女にとって周りの嬢達はドレスを服飾するリボン、フリルにしか過ぎない。後援部隊としか思っていないのだろう。
彼女達は美貌を磨く余り、幸せの塗料ばかりが塗りたくられた額縁が何時迄も自分の傍、引き立て役に収まると信じて疑わない。
腐敗的で、それでいて儚さも兼ねている彼女達の為に出来ることは、温かいコーヒーを淹れ、彼女等に振る舞う事だけだろう。
種々雑多に思案を巡らせている間にも足は地を蹴り、着々と歩を進めていた模様だ。看板がライトアップされた遊び心ある演出の店頭に立ち尽くす。
改めて水陸兼用同時併用可能の屈強な健脚に感謝する。
かじかんで赤みを帯びた手が辛うじて扉を押す。ギィィイ…と年季の入った音を立てて慌てて扉の隙間から店内に駆け込む。
暖房の効く暖かい店内に安堵を覚える。溜め息すらも凍てついている事象にやり場のない憤りを感じる。
ふと目に止まった。
ガラス張りの窓に張り付いて結露へと蒸発していく雪を、しぱしぱと忙しなく瞬きをして無垢な目で追う冬物を着込んだ少年。
数秒後、保護者のような栗色の廂髪の女性が手を引っ張って何かを促す。
俯いて寂しげな雰囲気を漂わせる少年に女性は何かを察したのか、心なしか肌寒そうな少年に自身が身につけていたマフラーをふんわりと撫でるように優しい手付きで少年に巻いた。
紅く鼻を染めた少年は満ち足りたかのように破顔しておぼつかない足取りで母親を抱擁した。
カランコロンと耳通りの良い鈴音が余韻を浸して通り抜けた後に、あの親子(とおもわしき母子)が店を後にしたことに気づいた。
成程。情愛に満ちた行動だ。甚だ理解に苦しむが。
晴れて生を受ける。産声を上げて21年。
生まれてこの方惚れ込む、目で追いたくなる様な人間に巡り会えてない。
その特性が災いして生来の変人や鉄仮面など散々な言われようだ。
論ずるまでも無く、相方は取っ替え引っ替え。何故か『任務』満了期間を完了する頃合いには皆組織を相次いで自主的に退職している。
過酷な就労、組織を統率するボスの常軌を逸した湿っぽいイカれ具合。
反比例するかのように絶賛増幅真っ只中の潤沢な資金。
嗚呼そうだ!この尋常じゃ無い数の業務に追われて、死ぬほど煙草をふかした汚らしいおじさんを接待するのを率先してやりたければ私の電話番号にかけて下さい。謝礼金は弾みますよ?
不意に背後に視線を感じ、居心地悪く身を捩らせ視線の根源を確認する。
木目細かなカウンターを隔てて此方を凝視する人当たり良さげな丁年の男と目線がかちあうと男はころころと笑う。
どうも同性愛者っ気を払拭できないその蠱惑的な微笑は全てにおいて底知れない『巧さ』を醸し出していた。
陳列されている凛とした配色の彩り豊かな品物を値踏みするでもなくただ佇むばかりの私に、再度男は胡乱な視線を注ぎつつ慣れた手付きでカクテルグラスをキュッキュッと小気味良い音を立てて汚れを丁重に拭い去っていく。
眼前の男の名はイギリスといい、こじんまりとした日用雑貨店を営んでいる二十代後半に差し掛かる紳士だ。
私はイギリスさんが営む店のお得意様であり顔馴染み。日頃から陣中見舞いとして差し入れなどで媚びを売ったのが功を奏し、贔屓にして貰わせている。
小洒落たカンテラに灯る夕焼け色の光彩に誘われるかの如くカウンターに足を運ぶ。
カウンターの近傍には読み古したであろう塵埃にまみれた古めかしい本が物寂しげに据えられていた。
趣向を凝らした店内とはやや不調和な、ハッとさせるようなレモン色のしおりが書簡の中盤に到達する間に挟まれている。
「この本、思い入れのある特別な物なんです」
目を伏せて面映そうに頬を染めて口を上品に開くイギリスさんは、指が足りないほどに初恋を奪ってきたこと相違ないだろう。
「買った時の真新しさは見る影も無いですけどね。レジを移ろう誰もに古臭い本と思われてるに違いありません」
言われてみれば、若くて色男で経営に精力的なイギリスさんには確かに似つかわしく無い。
…まぁ、最も精神が熟達しているイギリスさんだからこそ、陰気な書庫で長らく埃を被らずに済んだのであって、私のような年端の行かない未熟者では恐らく持て余してしまうだろう。
「それにしても、今日のおつかいは随分と夜が更けているんですね」
ムッと反抗心で唇を尖らせる様子に不躾にもイギリスは至極楽しそうに薄笑いを浮かべる。
「この中枢に掲げる荘厳なる日の丸が見えないと申しますか…」
くふくふと漏れ出す特徴的な笑いに聞き耳を立てるのは癪に障るのであくまで無関心を装う。
「貴方は、本当に可愛いですね」
予期せぬ賛辞の言葉に頬から額までみるみる紅潮するのが分かる。
受付奥に備えられている可愛らしい薔薇色のシュロの葉で修飾されてある高貴な手鏡に映る自分の顔は到底愉悦とは言い難い。
「おや、気に障ったようならば申し訳ない」
「い…え、余りにも突拍子がなかったもので…」
イギリスさんとは調度品や家具などの共通の話題に度々花、いや…華を咲き誇らせていた。
最初は英国人特有の嫌味ったらしい思惑が絡みつく陰険な人だと勝手ながら、苦手意識を秘密裏に抱いていた。
だが会計時に余りにも一方的に歓談を仕掛けてくるため、始めは渋々談笑に応じていたが、次第にお互いに家具選びが好きだと判明してからの滑り出しは上々で、逝去した母を除いて一番気の合う人間だ。
しかしながら時折、何の脈絡も前兆もなくこの様に奇行に走ることがしばし有る。
男相手に『可愛いらしい』等々を恥ずかし気もなく言う意図が依然汲み取り切れずに、いずれ不整脈を起こしそうだ。
イギリスさんが克明に愛おしさと哀しみが入り混じった表情で頭からつま先までを一瞥する。
この一連の動作は、お菓子箱に付いているどうでもいい説明同等、決して気に留めてはいけない些事なのだ。
「さて…今宵は何をお探しで?」
「上等なワインに相応しい肴を…イギリスさんが選りすぐって貰えると嬉しい限りです」
「成程、承知致しました。先日良質なアテを入荷したんです。ぜひご賞味下さい。」
そう朗らかに述べ、さぞ暖房が効いているであろう奥の倉庫に入る背中に仄かに羨望を覚える。
洗練された瀟洒な店内は、木枯らしが吹き付ける小洒落たパリの街並みの角かのように錯覚させる。
カウンターが一本、テーブル五つ程の小ぢんまりした店内。
客席には喧しい話声は一筋もなく、室全体として静物の絵のしとやかさを保っていた。ときどき店の奥のスタンドで、玻璃盞はりさかずきにソーダのフラッシュする音が、室内の春の静物図に揮発性を与えている。
邸内はスズランの花を踏み躙ったような一種の甘い妖しい匂いに充ちていた。
過度な期待も切迫の表情もありゃしないこの店の人々には妥当とも形容出来るだろう。
ストーヴの傍で暖められたピアノの周辺は、旧態依然変わらず閑散として侘しい姿態だ。
生憎、私はピアノを履修した事がないため、乱暴に叩いてひずんで濁った音が洩れ出るのが相場だろう。
転じて、ボスは幼少期に短期間親の命でピアノの稽古を付けられていたという話が脳裏に浮かぶ。
只の一度だけしかボスのピアノは拝聴していないが、透き通るような色白で骨太の手とは裏腹に、訓練された十本の指は鍵盤の隅から隅までを疾風のように駆け巡り、洪波洋々と広がる海のような音を奏でていた。
カチッと引き締まった音で、店内の時計の秒針が進む。
ちゅ、と映画のワンシーンのような軽快なリップ音が水を打ったように静寂な店内に響き渡る。
夢から醒めたように前を見ると、イギリスが首を傾げ、形の良い唇に微笑をほんのり含ませていた。
「日本さん」
黒ぶどうのように濡れた瞳。甘酸っぱいワインの如く甘美に瞳の中で揺らぐ光。
目視した瞬間に自分の体の中で、沸騰したチョコレートが拡がり、湧き上がっている感覚に陥る。
ワイシャツを腕まくりした腕はしっかりと逞しく、白皙だ。子猫のように体をくねらせうなじを掻き上げる。
花びらの薫りの中に、自分の首がすっかり埋まってしまったような夢見心地な馨しい香りに我ながらおかしいほどにひどく興奮する。
次に発される言葉を夢想し、生唾を飲みこみ、ぞくぞくと自身の胸の動悸が聴こえる。
「肴、遅ればせながら注文通り持参しましたよ」
一泊置いて言葉の意味を理解し、棒杭のように押し黙る。
淋しげな情に襲われ、白けた気まずい沈黙が澱む。
「…体調が優れていませんか?」
「あぁ…いえ…ははは」
力なく苦笑し無理に乾いた笑いを押し出す。人の機微に敏感なイギリスさんのことだから遠に苦しい微笑を読み取っているだろう。コメントを差し控えているのが、彼が春の陽だまりのような人柄と評される所以だ。
苦し紛れに差し出された肴に視線を落とす。癖のあるブルーチーズやウォッシュチーズや不要な部分を限界まで削ぎ落とした生ハム。
すっきりさわやかで、きりっと引き締まったワインで喉に流し込めば天にも昇る心地だろう。流石の審美眼だ。
「お会計は、合計12625円です」
「現金払いでお願いします。」
札束と小銭で膨らんで型崩れした財布のファスナーを力任せにこじ開ける。
「どうぞ」
「有り難く頂戴致します。……おや?」
「お札…しかも万冊が余っているようですが」
「取っておいて、フレンチを心置きなく味わってください」
「…何故?」
「紳士な振る舞いは英国の特権ではありませんよ」
「ええ。正しくは支配している、ですね」
「とにかく、お釣りはお返しさせて頂きます」
「……」
不服そうに眉を顰める日本にまたしてもイギリスはにこにこと薄っぺらく唇を綻ばせる。
「またのご来店をお待ちしています」
鼻筋が通った華やかな顔立ちの男はうやうやしくお辞儀をする。
呼応するように軽くお辞儀をしてイギリスに背を向ける。
ガラス張りの扉に映る想い人は依然、笑顔を崩していなかった。
地上が厚い闇に閉ざされる。月が氷のように冴え返っている宵闇はまるで鏡だ。
ビルとビルとビルの間に囲まれた小さな夜空をすきま風が渡って行く。
未亡人のような儚さを併せ持つ自分の想い人____イギリスを視界の隅に捉える度に息が詰まるほどに甘美な気分に襲われる。
成就することのない愛情が湧いて泣く。
悲壮な気持ちに蓋をしたいのはやまやまだが、常連客ともなるとそうは行かない。
街行く車は速度を上げて眠っている街を駆け抜ける。
猛る心よ、どうか永遠に満たされることのない憧憬が今夜は忙殺されますように。
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初ノベル..!!書いては消し、書いては消し…右往左往試行錯誤しながら完成させました!
後半の方が描写の密度高かった気がします..お願い..後半まで読んで..
2話からアメ日要素ガッツリ入れる予定です。♡下さい‼︎‼︎‼︎(切実)
サムネイルは変えたい..線画清書する使命感
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