俺たちは、相棒だった。
性格も、得意なことも、趣味だって合わない。大嫌いで、最悪だった。それでも、大嫌いだからこそ、一緒にいた。別に気を遣う必要もないし、それを否定することも無い。相手の事には無関心で、他には話しにくいことも、お互いには全部話せる。いつの間にか、お互いがお互いの拠り所の様になっていた。それが何故か心地良く、少し、嬉しく感じていた。”特別”と言われるのに、悪い気はしない。誰にも言えない愚痴も、ちょっとした冗談も。とりあえずコイツには言える。本当に、それくらいには相棒だった。だから……コイツには、俺の秘密も話せると思って、ある日、口を開いた。
「お前さ、暗い話とか平気?」
前提として、聞いておく。多分聞く必要もないが、一応だ。
「うん?何を今更」
案の定、興味の無さそうな、淡々とした台詞が返ってきた。少し安堵して、そして、沈黙。自分で言ったくせに、それ以上言おうか迷って、声がつっかえる。何も言えずに、口をつぐんでしまう。首筋を軽く撫で、「あー……」と言って誤魔化した。
「何?」
少し苛立った声で、伊崎が言った。そして、続ける。
「別に君の事に関してあーだこーだ言う気無いし。さっさと言ってくれない?」
少し、楽になった。あぁそうだよな、と思った。そうだ、コイツは伊崎だ。
自然と、唇の端から笑みが零れる。
「あのさ」
怖い。
「その」
言うのが、怖い。
「実はさ」
引かれるのが、拒絶されるのが、怖い。それでも、それでもコイツは──
「俺……人を好きになれないんだ。」
もしかしたら、受け止めてくれるかもしれない。
「…………」
「…………」
伊崎は、黙っていた。あぁ、と。拒絶されたか、と思った。それ以外、考えられない。淡い期待を持った、自分を呪ってやりたい。俺は俯き、息をついた。
────────また、駄目か。
「だから何」
驚く程落ち着いた、抑揚の弱い声がした。
「まァ、そうだろうね。そんな気してた」
ただ、淡々と伊崎は言う。
「僕は透也の至るところが嫌いだし、そんなの別に今更って感じ」
俺は、目を見開いた。正直、信じられない。何より、否定されなかったことに、酷く泣きそうになった。
「……マジで?変だ、とか、思わねぇの?」
そう聞くと伊崎は、別に、とだけ返した。いつもと変わらないその態度に、幾分か救われた。
「そっか」
それだけ言った。すると、伊崎は意地悪そうな笑みを浮かべ、嘲笑うように言った。
「まァ、女の子に好かれても喜べないっていうのは、可哀想だけどねぇ?」
明らかに、悪意のある言い方だ。
俺は前髪を掻き上げた。はは、と笑う。視界が滲んだ。目を擦ると、手の甲が濡れていた。そこで気が付いた、泣いていることに。自分が今、大嫌いな相棒にどれだけ救われたかに。唇をきつく結んで、少し考えて、そしてポツリと呟いた。
「ありがとな」
伊崎は少し驚いた様にこちらを振り向き、そしてすぐにいつもの表情に戻った。その姿を見て、吹き出しそうになる。きっと、これが俺等で、これからもずっと、こんな関係なんだと思う。それでも、それでいい。それがいいと思う。お互いが大嫌いで仕方ない、相性も最悪の、相棒でいたい。今は、この関係が心地良い。
「俺さ」
別に言わなくてもいい。どうでもいいかもしれない。でも、今は伝えたい。呆れられてもいいから、言っておきたい。
俺等は、相棒。お互いが大嫌いな、相棒。友人なんかじゃない、なれっこない。嫌いだから。だからこそ、言う。
「お前のそういうとこ」
─────────────────
「大嫌いだ…」
雨が降りしきる。都内の霊園に、俺は立ち尽くす。その目の前には『伊崎家之墓』と掘られた1つの墓。
伊崎は死んだ。
交通事故だ。信号無視の車に突っ込まれた。最初聞いたときは、信じられなかった。ただ、時間と共に、それが事実だと段々分かってきただけ。
「あぁ……何で死ぬかなぁ?」
今までで1番、情けない声を出した。
「お前を殺すなら、俺って。お互い殺すならお前って、言っただろうが……」
涙で顔が酷い事になっているのだろう、分かってはいるが今は関係無い。
「本当、お前のそういうとこ。本当に……見下してて、皮肉っぽくて、勝手に1人で行っちまうとこ……」
空を見上げる。どす黒い雲が、強い雨を地面に打ち付けている。空に、吐息を漏らした。今だから言える、俺は、アイツのああいうところが。
「遅くなったな。マジで、遅くなりすぎた。」
目頭が熱くなった。立ち上がり、ミモザの花束を手向ける。アイツが好きだと言っていた花だ。そして、墓石に向かって、吐き捨てるように言った。
「大嫌いで、──大好きだったよ。遥馬」
初めて口にした相棒の名は、思っていたよりもずっと平凡な発音で。それが何故だがすごく、寂しく感じた。
雨が降りしきる。
ある夏の日の別れだった。
コメント
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あれ…目から滝が…なんでだろ …てかストーリー性上手すぎん? 構造とかしっかりしてるし 内容がわかりやすい。とりあえず ꒰ঌ(っ˘꒳˘c)໒꒱神〜!