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𝕔𝕠𝕔𝕠
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abc
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#さのじん
さき
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それから俺は、現実の勇斗と会う度に夢を見るようになった。夢に出てくるのはあくまで俺の想像に過ぎない。そうとわかっていても、いつからかこの夢を見るのが楽しみになっていた。誰にも邪魔されない自分と彼だけのたった二人きりの世界で、仮初めの恋愛ごっこは続いた。
「お疲れさま、仁人」
てっぺんまで続いた仕事をなんとか終えてベッドへ沈むと、俺はまた夢を見る。気がつくと同じ部屋に立っていて、微笑む彼に手招きされて隣に座った。大体「今日は何があったの?」なんて言葉から会話が始まるのだ。
一夜の夢だと思っていたこの夢は、驚いたことになぜか夜を超えてその形を保っていた。最初の頃こそ頭でもおかしくなってしまったのかと思ったが、どうせ夢だしと受け入れてしまうのはあっという間だった。
「はやと、」
「ん、なあに?」
当然のように指を絡め取られて恋人繋ぎにされた。甘やかな仕草で手を引っ張った彼に顔を覗き込まれる。太陽から加護を受けたような明るく整った顔がすぐそばにやって来て、少し怯んだ。この距離感に慣れてきたとはいえ、やはり恐ろしいほど精巧だ。吸い込まれてしまいそうな美しい漆黒の瞳が鏡となって俺を映す。
「……えぇと、手を」
「手? ああ、俺は繋ぎたかったんだけど……ダメ?」
無意識に呼んでいた名前を慌てて取り繕った言葉に、パチパチと瞬きをした後すぐに相貌を崩した。本当の恋人のような一挙手一投足に、むず痒い気持ちになっていることも全部見透かされていそうだが、ここの中だけの話だしどうでもいいか。
「だ、め……じゃないけど」
「ほんと? じゃあ、ずっとこうしてよ」
俺の返事に嬉しそうに笑って、握られた手がそのまま彼の膝の上に乗せられた。現実でも、ハイタッチやら握手やら手に触れることはそれなりにあるが、この繋ぎ方は妙に気恥ずかしくなる。そわそわする心を落ち着けようと言葉を探した。
「……勇斗、手、大きいよな」
「仁人と比べるとね。 一回りくらい違うかな」
どこまでも引っ張ってくれる力強さと、どんなに小さな幸せの欠片も取りこぼさないでいてくれる繊細さを兼ね備えた勇斗の手。現実なら、すべてを包み込んでくれる温かさも追加されるんだろう。
空いていた右手を広げてみる。何の変哲もない男の手だ。人前に立つ職業柄、必然的に美容には力を入れるが手自体にそこまで意識を向けたことがなかったなとふと思った。でも、こうして彼に触れられる機会が増えるなら、もっと気に掛けてみてもいいかもしれない。意味があるのかないのかは置いておいて。
「俺、仁人の手も好き」
「そう? 物好きだな」
「色んなものを支えて、救って、創り上げる、唯一無二の手だから」
「……そっか」
「まあそれと、こうやって包み込めるサイズなところも」
「いや、馬鹿にしてんな?」
「してないって、純粋に褒めてるだけ」
顔を見合わせて笑い合って、それから他愛もない話を続けた。現実でもこんな風に喋りたいと思う反面、なにかの拍子にボロが出てしまったらと思うとなかなか踏み出せなかった。
いつかこれが夢じゃなくなる日が来てほしいだとか、そんな期待は一ミリもしていない。それでも、あわよくば現実の勇斗にも同じ気持ちになってもらえたら。どうしたって抑え込めない欲が出てしまいそうで、怖かった。
「──仁人」
ふと会話が途切れて、握られた手に力が籠もった。どうかしたのかと見遣ると、ついさっきまでくだらない話をしていた勇斗が今はまっすぐに俺を見ていた。その瞳があまりに綺麗で、その他はみんな些末な事のように思えてくる。作り物に癒しを求めるくらい許されるんじゃないか、どうせ本物に手が届くことはないんだし。
そんなことを考えていると、彼の手が俺の腕を引いて体が傾いた。慌てて見上げた顔に熱を帯びた眼差しを見つけて、金縛りにあったかのように動けなくなった。
「俺ね、仁人のことが」
「勇斗、」
咄嗟に名前を呼んで言葉を遮った。一番聞きたくて聞きたくない言葉が続く気がした。
「……言わないでほしい」
勇斗はきっと、俺の心が望むままの言葉を贈ってくれようとしてくれたのだろう。しかし現実で聞く筈のないその言葉を聞けば、やっと見つけた居場所がなくなる。折角の夢から醒めてしまうような気がした。
わがままでごめん、と下手な作り笑顔で謝ると、寂しげな顔の彼がやっぱり綺麗に笑って首を振った。
「じゃあさ、俺のわがままも聞いてよ」
「いいよ、俺ができることなら」
「仁人が今一緒にいるのは目の前の俺なの。だから、この時間は俺のことだけ見てほしい」
切実な響きが胸を突いた。目の前の勇斗はただの作り物のはずなのに、その訴えはひどく痛切に響くのが不思議だった。その瞳に自分と似たような色を感じて、気がつけばコクリと首肯していた。
うれしい、と引き寄せられた腕の中。呼吸をする度に勇斗の香りで、体中が満たされていく感覚に陥った。そんなわけ、あるはずないのに。それがどうしようもなく虚しくて、寂しくて、鼻の奥がツンとした。誤魔化すように首元に顔を押し付けると、背中に回された腕があやすように動いた。
「……泣いてない」
「知ってるよ。……俺がね、安心したいだけ」
はっきりと断ることはしないくせに、抱き締め返すこともできない自分が嫌になった。これは彼への誠意なんかじゃなくて、ただの自己保身で身勝手な免罪符に過ぎないのに。
卑怯な人間だ。
そう、誰かに笑われている気がした。だけど、これでようやく現実の勇斗との適正な距離感を守れるようになった。意思の疎通を図るために目を合わせても、何気なく笑い掛けられても、それだけだ。そこにそれ以上の感情が混入することはない。不意に近い距離感になったとしても、必要以上に動揺しないで済む。居座り続ける想いに振り回される苦労がなくなった俺の心は、驚くほど凪いでいた。
──ああ、良かった。
これならきっと、この気持ちを上手く飼い殺して生きていける。