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両片思いかぁ。いいな⋯こんなふうに純粋な気持ちで思われたいわ。
文化祭の出し物は演芸でしかもお姫様と王子様の恋物語。そこに音楽を足してミュージカルっぽさも入れて。
そんな劇の主役は演劇部からの猛プッシュで若井は王子様、そしてお姫様役は演劇部で、更にクラスで1.2を争う可愛い子と配役も決定した。
俺は小道具とまさかの1曲提供することになった、これは若井からの案だった。
「元貴の曲みんなに聴いてほしいから」
みんなと歌うというのがどうにも恥ずかしくって歌うのは断ったけど、曲を披露できるのは嬉しくて、更にみんなからも好評だったことで俺はとても幸せな気持だった。
練習はみんなバラバラにしていて、挙句俺は小道具で裏方だったから詳しく若井の演技を見ることなく当日を迎えた。
「結局最終のリハーサルも見逃したから若井の演技ちゃんと見るの楽しみかも」
少しわくわくとする俺に若井は恥ずかしいから観られたくないけど、なんて最後まで抵抗していたのがおかしい。
「···あくまで、劇だからな。役でやってるんだから誤解するなよ」
その言葉だけが少しひっかかったけど、俺はただの観客としてクラスメイトと舞台を鑑賞する。
ストーリーは結ばれることのないお姫様と王子様が色々な困難を乗り越えて最後に結ばれるというもの。
俺が作った曲を女子たちが歌うのも若井のギターもすごく演出として素敵なものだった。
最後に王子様とお姫様は想いが通じ合って結ばれるのだが、2人は手を取り合い見つめ合いながらだんだんと近づいていく。
え···?なんで?
そして2人の顔が近づき···唇が重なったかどうかのところで舞台のライトが消えて劇は終わりを迎えた。
今のは、なんだったんだろう。
クラスメイトたちは拍手をして劇の出来栄えに満足しているようだったが、俺はただぼんやりとしているだけだった。
「やっぱり演劇部にいるだけあって演技も出来るし可愛いし、お姫様役にばっちりハマり役だったな」
「けど相手は若井じゃないとやらないっていうあたり、結構強気だよなぁ 」
隣で盛り上がるクラスメイトの言葉が聞こえる。
「そうだったの?」
「え···あ、そうらしいよ···大森知らなかったの?結構練習中も距離近くて本当にキスしてんじゃないのってからかわれてたけど」
僕はなんにも知らなかったけど···やっぱり若井はモテるから···。
そんなの分かってたけど、なんだか心が追いつかなくて俺は慌ててトイレの個室に駆け込んだ。
「やだな···見たくなかった···」
悲しくてなんだか少し惨めだった。
俺は誰にも気づかれないように好きでいて、若井にバレないように眠っている時にキスをするのに、あの子はあんなに大胆に皆の前で若井とそういうことが出来るんだ。
目をゴシゴシこすって、洗面所で顔を洗った。劇が終わった一緒に文化祭回ろうって若井が言ってくれてたのに···きっと俺を探してる。
笑え、笑って若井の演技良かったよって素敵な終わり方だったよって言うんだ。
トイレから出ると後ろから聞き慣れた声がした。
「元貴!探したよ、良かった···しばらく姿見えないから焦った···」
本当に探してくれていたんだろう、焦った表情が笑顔に変わって若井は汗で張り付いた前髪をかきあげた。
「ごめん···あ、劇良かったよ···ギターも···王子様役もカッコよかった」
俺は笑えているだろうか。
声が少し上擦ってしまった。
「なら、良かった···ほら、他のクラス回ろう?暑いからアイス食べたい」
若井の熱い手が俺の手を取ってくれたのに、とっさに俺は振り払ってしまう。
「あ、ごめん···ほら、俺、汗かいてるから···。アイス出してるクラスどこだっけ?早くいこ」
だめだ、今は何にもないフリして喋るので精一杯で、若井の顔なんて見えない。
「うん、いこっか」
俺たちはアイスを買うと非常階段の近く、人気のないところに座って溶けないうちに急いで食べた。
「···最後さ、あんな終わり方って知らなくてちょっと驚いた。けど、いい終わり方だったね。本当にキスしてるみたいなさ···」
食べ終えて何か話さなきゃ、と言わなくても良いようなことをペラペラと喋ってしまう。
「···だから、あれは劇で役だから···誤解するなって言っただろ。そう見えただけでしてないから」
「けど、あの子は若井の事好きだよね。若井は指名されてたんでしょ?練習時も本当にキスしてるみたいだってみんな言ってた、教えてくれたら良かったのに」
カッコ悪い嫉妬からつい責めるような口調になる。俺に言う権利なんて何にもないのに。
「···気になる?そんなに俺とあの子のこと」
隣に座る若井が下を向いていた俺の顔を覗き込んでくる。
気になってるよ、けどそんなこと言えやしない。
「そんなんじゃないよ···全然。けどあんなの···俺が女の子なら勘違いしそうだなって」
あんな風に好きな人にされたら···もしかしたら相手も自分のこと好きなんじゃないかって、勘違いしちゃうよ。
「ふぅん···。俺は台本通りにしただけで、したくてしたわけじゃない。別にあの子の事好きでもなんでもない」
はっきりと若井はそう言ってくれる。
なのに俺はやっぱり顔をあげられなくて。
「けどさ、練習の時も本番も···あんなに近くでしてたんだろ」
なんで俺こんなことしか言えないんだろう、若井もきっと呆れてる···。
「元貴は俺が他の子とキスしてたら嫌?」
「だからっ、そういうんじゃないってば·····っ?!」
何がおこったのか一瞬わからなかったた、くいっと顔が若井の手で上を向かされたかと思うと、若井の唇が俺の唇に押しつけられて、パッと離れていったから。
「···あんまり元貴がしつこいから」
「なっ···なにするんだよ···」
慌てて口を手で押さえる。
若井は余裕そうに、にやっと笑って立ち上がった。
「なにってキスだよ。そんなに言うなんてしてほしかったんじゃないの?」
「そんなわけ···馬鹿···!」
キスされた、若井に。
頬も耳も熱くなり血がのぼるのがわかった。
「ほら、お化け屋敷でもいこう。楽しまなきゃ終わっちゃうから」
若井はいつも通り···何にも気にしてない顔で俺の腕を引っ張った。
こいつが何を考えてるのか俺には全くわからない。
俺はからかわれているんだろうか。
「嫌だよ、怖いじゃん」
俺だって普段通りの表情を作って若井を睨んだ、なのに若井は笑って俺の手を握って繋いでくる。
「手繋いであげるから、行こうよ」
「だから馬鹿にするなって!」
あっはっは、と笑う若井は俺が睨んでいるのなんて何にも気にしないで手を繋いだままお化け屋敷に連れて行こうとする。
そして俺はしっかりと若井の手を繋いだままお化け屋敷に入らされることになって、ぎゃあぎゃあ叫んだ俺を見て笑う若井にまた怒ってー···結局最後なんだか俺も可笑しくて息ができないほど笑ってしまった。
あのモヤモヤした悲しくて惨めな気持ちはすっかり消えて、あとには 若井の押し付けてきた唇の温かさだけが俺に残っていた。