テラーノベル
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文化祭のあと若井が俺にキスをしてきた。けどどちらからもその事には触れることなく日々は過ぎて俺達の関係は良くも悪くもなんにも変わらなかった。
「今日も寒いなぁ···朝布団から出たくないから冬って困っちゃう」
「それが元貴くんの遅刻の理由?」
休み時間に眠くて机にうつ伏せている俺を見て若井がふふっと笑った。
「まぁ、それだけじゃないけど···」
ちなみに昨日は遅くまでゲームしてたから。そんなのわかってるよって言うように若井が俺の髪をくしゃっと撫でた。
「もうすぐ冬休みだから早起きしなくてもすむよ」
「冬休みかぁ···若井はサッカーで忙しい?」
「そんなこともないよ···俺も元貴と夜遅くまでゲームしてクリスマス会もしたいし」
俺たちは昔からささやかだけどクリスマスプレゼントの交換をしている、今年は何にしようかな···高校生になったし、アルバイトでもしようか。
「冬休みも、楽しみだな」
若井は目を細めてにこっと笑う。
その表情が俺は大好きで仕方ない。
大好きな人へのプレゼント。
何にするか考えるだけで早くも俺の気持ちは楽しく明るくなっていった。
冬休みに入って俺はスーパーでバイトして、合間に予定があえば若井と遊んで···と、充実した日々を送っていた。
「若井喜んでくれるかな···」
ラッピングされたプレゼントをベッドの下に隠して早く待ちに待った12月25日、今日の夜に若井と会えるのを楽しみにしていると電話が鳴った。
「ちょっと大森!今から出て来れる?一生のお願いだから来てほしいところがある!」
クラスの友達からの誘い。
若井が来るのは夕方からだし、と俺は指定されたところに向かった。
町中はカップルが多く、あちこち飾り付けしてあってみんな楽しそうな雰囲気を楽しんでいる。
「大森ありがとう!」
「一生のお願いなんていうから···どうしたの?」
友達の向こうにはこちらをチラチラと伺っている知らない女の子···いや、1回だけ会ったことがある。文化祭のときに俺の作った曲が良かったって言ってて、と紹介された子···確か、友達の従姉妹って言ってたっけ。
「あの子、大森のことが好きらしいんだ。今日どうしてもデートしたいって頼まれて···一生のお願い!可愛い従姉妹のお願いだからさ···騙して誘うような真似して悪いけど、だめ? 」
「はぁぁっ?!」
ちょっと待ってよ、どうして俺がほとんど初対面の子とデートしなきゃいけないんだ。しかも今日はクリスマスで、俺は···若井と会う約束をしてるっていうのに。
「俺は若井と約束してるから···っ」
「知ってる、前にお前らが約束してたの聞いてたから···勝手だけど連絡したら若井は別にいいって」
別にいい?
いいって俺が知らない人とデートしてもどうでもいいってこと?
若井に慌てて電話をかける。
『もしもし、元貴?』
「若井、あの···今日って···約束···」
約束なしにするなんて言わないよね?
俺はずっと楽しみにしてたんだから···。
『あいつから聞いたよ。元貴がその子と過ごしたいなら俺は明日とかいつでも···だから元貴がもしそうしたからったら···』
若井の声がだんだん遠くに聞こえる。
こんなの聞きたくなかった。
楽しみにしてたのは俺だけだった?
若井は俺のことなんてやっぱりなんとも思っていないんだ。
若井が喋っているのに最後まで聞かず俺は電話を切った。
「わかったよ···ちょっとでいいなら」
そう友達伝えると思わず声が震えたけど、深呼吸をして女の子のところへ向かった。
「じゃあ···行こうか?」
安心した表情、けど嬉しくて堪らないといった顔でその子は俺を見た。
たぶん同い年っていってたっけ。
「ごめんなさい、急に···彼女いないって聞いて、私どうしても会いたくて···」
俺より背が低くって、可愛い子。
ひらひらの短いワンピースにブーツ。
髪だってくるくるに巻いてアクセサリーも付けてキラキラしている。
大抵の男ならこんな子が好きっていってくれるなら喜んでデートをするだろう。
「ううん···せっかくだし、どこか見て回ろうか?」
俺たちは並んで歩き出した。
俺は当たり障りない会話をしながら雑貨屋を覗き、疲れてカフェに入り、その子がどこの学校なのかどんな子なのか···端から見れば高校生カップルの初々しいデートだろう···をした。
カフェから出ると外はもう真っ暗でイルミネーションが輝いている。
···なんで俺、こんなところで居るんだろう。今頃本当は若井とゲームして、ケーキを食べてプレゼントを渡して、あいつのびっくりする顔を見たかった。
ぼんやりとしていると彼女は立ち止まり、俺の手を握った。
「今日はありがとうございました···私、大森くんのことが好きで···友達からでもいいんで、仲良くしてもらえませんか?」
緊張からか、その手は少し震えている。友達からでもいい···その言葉にうん、と言ってあげればどんなに喜んでくれるだろう。可愛くて俺の話も聞いてくれて音楽の趣味も合いそうだ。こんな子と付き合えばきっと俺は普通に幸せになれるんだろう。
けど。
「···ごめんなさい。今日は楽しかった···けど、俺、好きな人がいるんだ」
今日、デートしながら何度忘れようとしてもだめだった。
雑貨屋では若井が喜びそうなギターのキーホルダーが目にとまって、カフェでは若井にいつも元貴はよくそんな甘いの飲めるねって苦笑いされながら言われるのを思い出して。イルミネーションを見ては若井が隣にいたらって考えてる。
「好きな人とはきっと上手くいかなくて···けど、諦められそうにないから···ごめんなさい」
彼女はショックを受けた顔をしてたけどありがとうございました、と丁寧にお礼を言って帰っていった。
俺は急いで家に帰るとプレゼントの袋を掴んで若井の家に向かった。
だって今日はクリスマスなんだよ。
俺にだっていいことのひとつくらいあってもいいでしょう。
贅沢は言わないから。
好きな人に会うくらいのプレゼントがあったっていいじゃないか。
コメント
6件
どうか⋯若井さんに大森さんの思いがどうか届いてほしい🙏 ▒▓█▇▆▅▃▂▁ก(ー̀ωー́ก)