「ボクが絶対にみんなを守るから!」
ゆっくりと意識が表層に浮かび上がってくる感覚。
「それは頼もしい限りだけど、私たちのことだって頼りにしてよね」
「あたしたちが力を合わせれば、絶対に切り抜けられるよ」
どうにも騒がしくて、緊迫とした雰囲気だ。
「うん……そうだよね! コウカ姉様だってあんなに頑張ってくれているんだし、アンヤと主様だってきっと!」
「だからそれまで、あたしたちで2人とコウカねぇの帰る場所を守ろう。あたしたち4人分の障壁ならこんな魔法、防ぎきれるはず!」
どうやら私たちの力が必要みたいだ。
――行けるよね、アンヤ。
「ぁ……お姉さま~……?」
目をゆっくりと開くと瞠目しているノドカと目が合った。
驚いた彼女が歌うことをやめてしまったため、その異変に他の子たちも気付く。
「ノドカ、歌は止めちゃ――あ」
「主様……主様だよね!」
彼女たちに続く形でシズクもこちらを向いて、先程までとは別の雰囲気の中で騒がしくなる。
随分と心配を掛けてしまったようだ。
そのことに謝りたいという気持ちはある。それに私が眠っている間も頑張ってくれていたみんなに感謝したい気持ちだって。
でも今はやらなければならないことがあるんだ。
「霊器“月影”」
私は脅威である足元に広がっている巨大な術式を断ち切る。
月影の性質を以てすれば、容易に術式そのものを崩壊させることが可能だ。
「お待たせ、みんな。そして……」
空の上から見下ろしてきている彼を睨みつける。
これから私は彼を倒すのだ。彼が得た力と私の持つ調和の力は全くの別物であると見せつけてやる。
だから――。
「ノドカ、私たちと一緒にトリオ・ハーモニクスを」
「えっ!?」
みんなが驚くのも無理はない。
力の性質が酷似しているヒバナ、シズクとのトリオ・ハーモニクスとは違い、他の子たちとトリオ・ハーモニクスになっても負担が大きすぎて戦うことなど、これまでではまず不可能だった。
「ユウヒちゃん……大丈夫なの?」
「うん、きっと」
今の私たちなら大丈夫だ。色んな人の想いを力に変えた私たちなら。
「さあ、ノドカ」
「はい~お姉さま~アンヤちゃん~! ふつつかものですが~!」
飛び付いてきたノドカ。私たちの体が重なり合う。
「モジュレーション――トリオ・ハーモニクス」
私とアンヤの中にノドカが加わり、何とも不思議な心地となっている。
『アンヤちゃんとも繋がるのは~はじめてですね~』
『姉さんをこんなにも感じられる……』
とても温かく、心地よいのは確かだ。
負担もこれまでのデュオ・ハーモニクスと同等くらいだろう。全く気にもならない。
「さあ……旋律を奏でよう、テネラディーヴァ」
月影を鞘に納めた私は、代わりにノドカの霊器であるハープを取り出した。
時を同じくして、カーオスが私たちを閉じ込めるために展開していた結界が崩壊し、その外から無数の光線がこの場所目掛けて襲来する。
だが届かせはしない。
「【リヴァベレーション・ガスト】!」
弦を弾いた瞬間、突風が発生してプリスマ・カーオスの攻撃のほとんどを弾き返す。残ってしまった光線もそばに居る3人が即座に対処してくれた。
色濃い驚愕を浮かべている彼に倣い、私も魔力の翼を展開して天へと昇る。この上昇速度もデュオの時と比べて明らかに速い。
「たった1体、加えたところでッ!」
今の私なら逃げる彼にも追従できる。それどころか、追い付くことだって。
追い付いた私に向かって、彼は2本の剣を振るってきた。それに私は鞘の月影を引き抜いて応じる。
当然、こちらの性質により魔力の剣は無用の長物と化す。
すぐに剣を手放した彼への追撃として、翼に魔力を込めたことによる加速を利用した蹴りをお見舞いした。
「グッ……あり得るわけがないだろう。そのような不完全な力で完全な個となった我を超越することなど!」
確かにこの力は彼が言ったように不完全な力なのかもしれない。
でも完璧な存在になれようともそれでひとりぼっちになるのなら、私たちはそんなもの真っ平ごめんだ。
「人は不完全だから孤独でいられずに済むんだ!」
「言い訳だな、不完全が故の!」
「みんなと一緒にいられないのならそんな完璧さなんていらない! 私たちはこれからも支え合いながら生きていく!」
独りでいるのは寂しい。
だから一緒にいたいと願った私たちは、たとえ1つになったとしても1人になっちゃいけないんだ。
1人じゃ支え合うことも、寂しさを抱いた心に温もりを与えることもできないのだから。
「違っていることにこそ意味があるんだ。あなたたちだって皆プリスマ・カーオスでも、一人一人が違う存在のはずなんだ!」
「そんなもの、認められるわけがないだろう!」
こちらを拒むように魔法による凄まじい猛攻を加えてくるプリスマ・カーオス。
私は彼を追い掛けつつ、手に持った月影の刀身に簡単な風魔法を纏う。
『……アンヤたちの紡いできた絆』
『これは~一緒に歩いてきた~証だから~!』
そうだ。私たちはこうやって歩んできた。そしてこれからもこうやって歩んでいく。
その先の未来には、1人では掴めないような可能性が広がっているはずだから。
「それが分からないようなあなたには負けない! あなたの言う力が完全な同調でも、私たちの信じる力が不完全な調和だとしても! 紡いできた想いが――絆が生み出す可能性はそんなものじゃない!」
月影を振り抜き、そこに纏った風を広範囲に広がる斬撃として利用する。
それらの斬撃に触れた光と闇の魔法は徐々に瓦解していった。
それはプリスマ・カーオスが咄嗟に展開しようとした防壁も。そして彼の翼も例外ではない。
「ただの風に性質を!? そんなバカな話が――」
「これが私たちの紡ぐ、調和奏楽だ!」
彼に向かって、共に翼を羽ばたかせる。彼に向かって、共に刃を突き出す。
――手のひらから嫌な感触が伝わってきた。だがそれも斬り抜けるまでの一瞬だ。
その感触を忘れないうちに私は体を空中で反転させ、頭から地上へと落下していく彼を見つめる。
きっと彼が――彼らが助かることはないだろう。それでも私は彼を追うように降下していく。
外を見ることすらも阻んでいた結界がその色を失っているというのは、彼らの命の灯が消えゆく寸前だということを示しているのだろう。
「こんなことはあり得ない……我の……私とあの御方が目指した理想郷が……もう……すぐ……」
地面に倒れ伏し、血だまりの上から遠くに見える神殿へ向かって覚束ない手を伸ばす彼。
その体から無数の人影が分離していく。
「嘘だ……僕たちが……あの方からの……使命……っ」
「痛ぇ……痛ぇよ……メフィストフェレス様……俺を……助け……」
彼らのすぐそばに降り立った私はただ彼らの逝く様を見送るだけだ。
――私が殺したのだろう。
彼ら全員を殺めたという感覚はほとんどなくとも、これは不変の真実だ。
「『私』……『僕』、『俺』……みんな……」
でも彼女は違った。
どうしてなのかは分からないが、唯一倒れておらずに座り込んで呆然と周囲に広がっている死屍累々の光景を見渡す彼女。
そんな彼女に向かって私はゆっくりと歩み寄る。
「マスター!」
「そこで見ていて、コウカ。私に任せてほしいんだ」
ヒバナに支えられながら近くまで来ていたコウカが私を心配してくれている。
あの子だけじゃない。ヒバナもシズクも、ダンゴだって。
――でも私だってもう逃げたくはないから。
「ひっ」
近寄ってくる私に気付いたのだろう。
こちらに振り返った彼女が引き攣ったような声を上げ、身を縮こまらせた。
「や、やめてっ……来ないで……殺さないで……あ、あたし思い出したの! 人間だった頃の記憶とか本当の想いも全部! だから――」
視線の先には体を震わせ、まるで幼子のように蹲ることで頭を守っている彼女の姿があった。
そして私の右手には刀が握られている。
『ますたー。やっぱりアンヤが……』
ありがとう、アンヤ。
でも……お願い。私にもみんなと同じものを背負わせてほしいんだ。
『わたくしからも~……お願い~』
ノドカも私と同じことを考えていたのだろう。
――構えも取らず、私はすぐ目の前で蹲る彼女を見下ろす。
「あなたが何を言おうが……私はもう――」
その瞬間の私の目に映るもの。
それは妖しい笑みをその表情に貼り付けた彼女の姿だった。
「――あなたを信じることなんて、できないよ」
私の頬のすぐ隣では細身の剣が突き出されていた。
そして私の左手に握られている影の剣は――彼女の胸を貫いている。……そう、私たちが自分の意思で貫いたんだ。
「……やっぱり」
思っていた通りだった。
「ぇ……う、そ……」
驚愕の表情で固まる彼女の手には細身の剣が握られている。さらにその手を抑え込むために、地面から伸びる影が彼女に絡みついていた。
――彼女は嘘つきだから、その言動を信じることなど到底できやしない。
でも目の前にいるこの子はどこか私やあの子に似ているから、最後まで決して諦めようとはしないだろうと信じていた。
「あ、あは……は…………救世主サマってば、覚悟決まりすぎ……」
乾いた笑い声と共に脱力していく彼女の手から細剣が零れ落ちる。
影の剣を手放し、影による拘束も解除すると彼女の体はゆっくりと地面に倒れ込んでいき、その目は他の者たちと同じように神殿を見据えていた。
「あぁ……メフィスト様……あたし……は……」
私は彼女の目から光が消える瞬間を見届ける。
――そして深く息を吐きながら空を見上げた。
『ますたー……ノドカ姉さん……』
結界がゆっくりと崩壊していく光景を見つめていると、不意に温かいものが私を包み込む。
「辛いね、ユウヒちゃん」
シズクが私を抱きしめ、労わるような手付きで背中を撫でてくれていたのだ。
そして少し離れた場所でコウカが困ったように笑う。
「覚悟を決めても、辛いものは辛いに決まっています。……マスターは我儘ですよ。わざわざ背負う必要もなかったものなのに」
彼女は前から私が人を殺めなくてもいいように気を配ってくれていた。
「そうだね、結構キツイかも。だから……この戦いが終わったら、みんなにいっぱい甘えさせてね」
今日、私は初めて自分の手で人を殺したんだ。
でも私はそれを乗り越えてでもみんなと一緒に前へと進みたかった。
「うん、うん! 主様、頑張ったよ。すっごく頑張ったよ」
「ノドカもよ。あなたもきつかったら無理はしないで。もちろんアンヤだって」
一緒にいてくれるのがこの子たちで本当に良かった。
彼女たちの屍を乗り越えて、私たちはあの神殿へと歩みを進める。
――決してあなたたちの死をどうでもいいことのように扱う気はないけれど、いつまでも引き摺るつもりもない。
難しいことかもしれないけど、私は幸せになるために前を向くと決めたのだから。
◇
プリスマ・カーオスと四邪帝を打ち倒したことで敵は全ての戦力を失ったのか、先程までの喧騒が嘘であったかのように静かになった。
もう全てが終わったのかと錯覚するくらいだ。
だがこの灰色の空と視線の先にある神殿から伝わってくる猛烈な存在感が、それこそ錯覚だと訴えかけてくる。
「相手は神様、か」
そんな大きな存在とこれから相対する。
そしてその存在と私たち……いや、この世界で暮らす全てとが敵対している。間違いなく戦いは避けられない。
「うぅ……何だか震えちゃうよ……」
「ダンゴちゃん~緊張しちゃったの~?」
「そうかも……」
どこかソワソワとしているダンゴ。少し心配だが、戦いになるとそうも言っていられなくなるだろう。
それでもどうにか緊張を和らげてあげたいとは思う。
「ダンゴもですか……実はわたしもなんです」
「コウカねぇも? 2人とも柄にもないんじゃない?」
呆れたように彼女たちを見遣るヒバナも、左手で右腕をギュッと握り締めていることから、腕の震えを必死に隠そうとしていることは明白だ。
かく言う私も緊張はしている。恐らく、他の子たちだって。
「あはは。この緊張感は怖いのとは違うはずだから、そんなに悪く考えなくてもいいと思うよ」
横から口を挟んだ私にみんなの視線が集まる。
「きっとこれは武者震い。大切な戦いの前に心を奮い立たせようとしているから、体が震えているんだ。みんなも覚えがあるんじゃないかな」
大切なのは心持ちだ。恐怖心に呑まれなければ、この緊張感は大きな力へと変わってくれる。
「私だってほら。こんなに震えているけど、怖くなんかないよ」
手足の先まで震えているが、私はこの子たちに向かって笑顔を見せた。
これで少しは安心してくれるだろうかと思ってのことだったが、事態は考えていたものとは別の方向へと向かう。
「もう……こんな時にまで強がらないでください」
「そんなに震えながら言われても、説得力がないのよ」
なんと、呆れたような顔で笑われてしまったのだ。
「主様……うん、大丈夫! ボクが守ってあげるから!」
「良い心意気です、やっとダンゴらしくなってきましたね」
「えへへ」
ダンゴが奮い立ち、全員が賛同する形でまとまってしまっている。
勝手に盛り上がっているあの子たちを見ていると、何とも言えない気持ちになってしまう。
「せっかく励まそうとしたのに……」
そういう纏まり方は求めていなかった。
理由は上手く説明できないが、これではなんだかかっこ悪いじゃないか。
「よしよし~みんなちゃんと分かっていますから~拗ねないで~?」
「さっきのユウヒちゃん、あたしはかっこよかったって思うよ。ね?」
そう言って浮かんでいるノドカと精一杯、背伸びをしたシズクに頭を撫でられる私。
拗ねているわけではない、少し不満があるだけだ。
「子ども扱いされても嬉しくないもん」
2人の言動には余計なものが付随しているのだ。
私はちゃんとみんなのお姉さん的な立場でいたいのに、この2人はまるで手の掛かる妹のように接してくるではないか。
複雑な心境である。不服やら気恥ずかしいやら、かといって決して甘やかしてくれるのが嫌ではない。
そうでなければ、甘えさせてもらいに行くことなんてしない。でも今はそうじゃないんだ。
――そんな私の肩に手がそっと乗せられる。
「……思うように……伝わらないこと、アンヤにもある」
「アンヤ……」
自分の考えや気持ちを伝えることが苦手だというアンヤは、口惜しそうにしていることがある。
だからきっと私の気持ちを痛いほどに分かってくれるのだ。
彼女は少し首を傾けると、少し嬉しそうに微笑んだ。
「仕方がないこと、だと思って……今日はますたーも……妹になってみてほしい。アンヤもお姉ちゃん……やってみたかった」
「アンヤ……!」
全然違うじゃないか。
私が今この時に望んでいるのは頼れるお姉ちゃんなのに、アンヤから提供されたのは末っ子の立場である。
流石に不満が爆発した私が取った手段は――。
「せめて今日のうちはみんなのお姉ちゃんのままでいさせてよぉ!」
みんなに懇願することだった。
気付けば緊張感も何も無くなってしまっていた私たちは、近付いてきた神殿を前にして簡単な話し合いをする。
「作戦はどうしようか。とは言っても、相手の情報がないんだけどね」
シズクが困ったように呟いた。
その言葉で私がアンヤの方を見ると丁度彼女もこちらを見ていたため、2人して頷き合う。
「それなんだけど、邪神の力についてアンヤが分かるかもしれないんだ」
「アンヤちゃんが?」
プリスマ・カーオスがアンヤに向かってぶつけてきた言葉から考えられるのは、あの子が植え付けられていた力と邪神の力との関係性だ。
「蝕……それが邪神の力かもしれない」
「アンヤ、それって……」
「……そう。光を呑み込み、魔を蝕むあの黒い力」
実際にあの時のアンヤと戦うこととなったコウカは覚えがあるだろう。
他のみんなだって言伝にどんな力なのかは聞いていたはずだ。
「アンヤちゃん。知っているところまででいいから、もう一度詳しく聞かせてくれるかな」
「……ええ。あの力は――」
知っていることも多いが、おさらいも兼ねてアンヤの説明を集中して聞いていく。
彼女の説明を簡単にまとめると、魔素やそれを元とする魔力を消滅させる力だ。
そして厄介なのは、消滅させた魔力と結びついている魔力も消滅させるために侵蝕していくという性質だろう。
「実際に戦ったコウカねぇとしてはどんな感じだったの?」
「戦ったと言ってもアンヤが必死に抑えてくれていましたから、あまり戦ったという実感はありませんね。少しでも触れてはダメですから戦いづらいことは確かですけど、その蝕の及ばない場所を狙えば十分に戦いようはあったかなと思います」
あの時はコウカも本調子とは程遠く、何とかアンヤの右腕を切除しなければならないという条件下であったため、苦戦を強いられた。
その条件がなければ、もっと簡単な戦いではあったのだろう。……しかしだ。それは相手も同じではないだろうか。
アンヤに植え付けられていた力が邪神と同等などまずありえない。
果たして、その“蝕の及ばない場所”が本当にあるのか。
抱いている懸念をみんなに伝える。
「でもその蝕が邪神の力そのものなら、私たちの魔力のように自在に操れるものなのかもしれないよ。みんなの体みたいに邪神の体も蝕そのものなのかも」
「でも~触っちゃだめって~難しいですよ~?」
みんなの霊器を構成する要素の1つに魔力がある。もし相手の全身に触れてはアウトなら、一筋縄ではいかなくなるのだ。
魔力の通っていない普通の武器も《ストレージ》を漁れば出てくるだろうが、そんな武器で太刀打ちできるとは到底思えない。
蝕の力の影響を受けていたアンヤに付いていた右腕は、コウカのライングランツを易々と受け止めていたからだ。
それ以上の力を持つと考えられる邪神には、まず通らないと考えるのが自然だ。
試さない手もないが、別の手段が取れるのならその手段は除外されるだろう。
「ねえ、アンヤちゃん。その力で消せるのって本当に魔素や魔力だけでいいのかな?」
「……たぶん」
「なら、やりようによってはどうにかできるかも……」
その言葉を聞いた途端、私だけではなく全員がシズクを食い入るように見る。
「シズ。何か思い浮かんだのね?」
「うん。蝕の力と魔力の関係って、水魔法と氷魔法の関係との類似点が多いように思うんだ。そこで後はアンヤちゃんにもう少し詳しく話を聞きたいのと、実際にダンゴちゃんに確かめてみてほしいことがあってね」
「えっ、ボクが?」
力についての知識を多少なりとも持っているアンヤだけではなく、自分にもそのお鉢が回るとは思っていなかったのだろう。
ダンゴはキョトンとして首を傾げていた。
「その結果を含めたうえで判断することになるけど……あたしの見立て通りなら、みんなで力を合わせれば勝機はあるよ」
そうして聞かされた作戦はいつも通り、私たちが力を合わせれば十分に実現可能であるシズクらしい作戦だった。
◇
神殿の大きく開かれた門戸をくぐれば、異様な雰囲気に支配された空間に足を踏み入れることとなる。
そんなとても大きな空間の最奥に“彼女”はいた。
「ミネティーナ様……じゃない。あなたが邪神メフィストフェレス」
どこか似ているようで全く違う雰囲気。
ミネティーナ様と瓜二つの彼女はその場所に佇んだまま、私たちの姿をその瞳の中に捉えた。
「なぜ其方らがこの場所にいる。此方がカーオスへ命じたのは足止めだったはずだがな」
平坦で感情の起伏を感じさせないような声だ。でも感情がないわけじゃない。
僅かに感じられるこれは――怒りか。
「プリスマ・カーオスも四邪帝たちも、私たちが倒してきたから」
「もうこの世界にいるのは、わたしたちを除けばあなただけです」
事実を告げた私の前に立つコウカは剣を構える。
だが邪神は未だ戦う素振りを見せはしない。張り詰めた雰囲気だけがこの場に蔓延する。
「なるほど。ミネティーナがなぜこの世から女神が消えぬと言ったのかを理解した」
突然、邪神がそう独り言ちる。
彼女がずっと見ているのは私だった。
「其方はすでに女神の器たる存在として完成しかけている。いいや、その何物にも染まることのできる色を持ち、何事にも順応し得る素質を持つ其方の許容量は規格外だ。其方はいずれ本来の女神すら凌駕し得る存在となるだろう。そうだ、其方は此方の器たるに相応しい」
思ったよりも理性的な相手で困惑するが、相手が何を言っているのかは理解できない。
「この身体はこれ以上、此方の力を受け入れられんうえにミネティーナの力とも親和性が低い。そのせいで未だ全てを取り込めてはいないが……其方なら話は別だ」
そして次に発せられた一連の言葉でまた空気が一瞬のうちに張り詰める。
「肉体、魂、感情、記憶。其方を其方たらしめるもの全てを自らと同化させることで、此方は其方とミネティーナ、そして此方自身の力を完全に手中へ納めることができる。そうなれば此方は絶対的な存在となれるのだ」
「それって……まさか、ユウヒちゃんを乗っ取るつもり!?」
「そうではない。ただ同一の存在となるだけだ」
私に成り代わろうと言うのか。
きっと私と同じ姿をして、同じ物を持っていたとしてもそれはもう私ではない。私の皮を被って、私のフリをしている悍ましい何かだ。
自分の存在そのものが狙われているという事実に思わず、震える己の体を抱きしめる。
さらにその上から、ノドカがギュッと抱きしめてくれた。
「そんなこと~絶対にさせません~!」
「何も気に病む必要はない。其方ら眷属のことも、それまで通り主人として愛してやろうとも」
そんな傲慢な物言いに反発したくなるのは当然だろう。
「そういう一方的な押し付け。主様が嫌いなヤツだよ!」
「あんたみたいな奴はこっちから願い下げだわ!」
怯まずにそう言い切った2人とシズクが私を守るかのように前に立ってくれる。
こんな状況だというのに嬉しくてたまらなかった。
みんなが一緒にいたいと思ってくれているのは他でもない、ここにいる私だということなのだから。
「……あなたはここで倒す!」
アンヤの意志が込められた宣言。
その直後、視線の先から感じられる存在感が一気に膨れ上がる。
「ならば我ら神の力を以て、其方の存在を手中に収めるとしよう」
邪神の体から6つの色が混ざり合った巨大な光球が飛び出し、彼女の頭上に鎮座した。
「その力、まさか……!」
「聖魔法の……!」
あの光球からはミネティーナ様のような気配を感じる。
そしてそれが聖魔法であると見抜いたのはシズクだった。
「矮小な者たちよ、神の力の前にひれ伏すがいい」
「来ます!」
コウカが私たち全員に向かって叫ぶ。それと同時にノドカが私から離れてテネラディーヴァを構えた。
そして彼女の代わりに駆け寄ってきたのはアンヤとコウカだ。
「ますたー」
「やりましょう」
2人から差し伸べられた手を取り、私は告げる。
「【ハーモニック・アンサンブル】――トリオ・ハーモニクス」
巨大な12本の腕を背中から生やした邪神メフィストフェレスを見据える私の右手には霊器“ライングランツ”。そして左手には霊器“月影”が握られている。
私の横に並ぶのは大きな盾と戦斧を構えるダンゴだ。
そして私たちの後ろではヒバナとシズク、そしてノドカがそれぞれの霊器を構えている。
これが正真正銘、私たちの最後の戦いだ。
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