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町外れの教会にやって来た特殊刑事課つぼ浦匠、ましゃかりトラボルタ。彼らはそこで「なにもかもを忘れてしまった脳」を持った男の懺悔を聞くことになる。
静かな場所だ。この街の、この街で懺悔をしたいという人間は、みんなここに来るんだそう。特殊刑事課の、つぼ浦匠とましゃかりトラボルタこと赤ちゃんキャップは、ひょんなことから口を縫われてしまった。
神に祈り、誤ちを認め、一歩前に進むことができれば、また喋ることができるようになると。そんなもの、誰が信じるか。と、思う2人であったが、本当に口を開けることができない。困った。
そんなこんなで、この場所までやって来たのだ。静かで、綺麗で、埃を被ってはいるものの、汚いとはとても言えない。煌びやか、でも落ち着いた。そんな場所だ。
しばらく2人で懺悔の方法を考えていた時のことであった。こつこつと、こちらに近付く足音を耳にする。この足音もまた、懺悔室になにかを求めているのであろうか。椅子を引き、荷物を下ろし、少し経ったころ、ふうと肩の力を抜く呼吸音が聞こえた。
「こんにちは。」
若々しい、落ち着いた声であった。我々としては、声を上げることができないので、返事を返すことができない。
というか、どうやら入り口を間違えていたらしい。今、特殊刑事課が2人して座っているここは、本来であればシスターが座るべきはずの場所であった。つまり、我々が神の代理人として、この男の懺悔を、最後まで聞き、赦さなければならない。
どうしようと焦っている暇はない。男は、「今はいないのか、それとも。」と、ぶつぶつ呟いている。
「まあいいや。 まずは、神という存在に対し、明確な信仰心を示すことのできないこの状況に、深い謝罪を。」
感情の籠っていない声は、淡々と話を続ける。男は個人医だという。しかし、記憶が無い。名前も、身元も、友人も、全て忘れてしまっていたのだという。
では何故、ここに来たと思いたくなるが、男はどうにも言葉に表す、表現力に冴えているらしく。
「製薬場で、目を覚ましたんです。 私の知る記憶は、ここがスタートでした。 すぐに救急隊を呼びました。 私は、救急隊の呼び方を覚えていたのです。
当時の私は、ずいぶんと街から離れた山奥に居たようで、わざわざヘリコプターに乗って、迎えに来てくださった。
不運なことに、途中でヘリが墜落してしまい、火傷まで負ってしまいましたが、“心優しい”別の医師が、私をトイレで治してくれました。」
開幕早々、味の濃いエピソードに頭を打たれる。製薬場で目を覚まし、ヘリが墜ち、トイレで蘇生された。はあ、まあ。この街ではありえないことはないが、それにしても癖の強い。
それにしても、なんだか雰囲気が誰かと似ている。誰だろうか、そういうことは、あまり考えたくはないのだが。どうにも親近感があるというか。まあ、きっと気のせいであろう。
「完治してからというもの、私の行動は迅速かつ最善のものであったと思います。 警察署に行き、名前を教えてもらいました。
それから、職業も。
全くと言って良いほど、その名前と職業にピンと来るものはありませんでしたが、心優しい警察の1人が、私の端末に入っている電話番号や、かつての情報から、人のあやを作ってくださいました。」
用意して来た作文用紙を机の上に添え、それをマイク越しに、すべての人に伝えている高校生のよう。ここまで聞いて、我々は疑問しか感じなかった。何故、この素晴らしいエピソードを懺悔室に持って来たのか。何故、この前提を我々に叩き込んだのか。わからなかった。
先ほどとは若干質の違う呼吸音が、この部屋中を通る。
「私はのちに、この刑事を裏切ってしまいます」
ああ、なるほど。と、2人して頷いた。つまり、この男は寄り添ってくれた警察に、謝りたいというわけだ。恩を仇で返してしまい、申し訳ございませんでしたと。
「しかし、私はこのことに一切の後悔を感じていません。 それどころか、満足感を覚えてしまっている。」
どうしよう、流れが変わってしまった。
まさか、こんなことがあり得ようか。汚職警官、光堕ち、さまざまなものを見て来たが、よもやこう言ったパターンもあるとは。根から腐っているわけでもなく、正義に走るわけでもなく。考え、行動し、助けを乞い、助けの声を聞き、最終的に、ただ自分だけを信じる存在が、目の前にいる。
「彼も、私のやりたいことは知ってくれている。 しかし、理解はなさっていないのです。 私が発見した、この街の住人の、共通点があるんです。」
「自分の命に疎い。」
あまりにも、あまりにも疎すぎる。彼はそう思った。人間というのは、生きているだけでも立派で、神秘的。かつてないほどに出産の成功率を上げ、育て、自立、衰え、死。なにもかもを、精一杯の100年で、遂げる。
だというのに。ここにいる人間はみんなして、「私は大丈夫だ」と言う。
「どこが?」
大量の血を流して、ストレスを感じ、銃弾を体の中に捩じ込まれ、痛みに耐えれず、動くことができない。そんな状態で、大丈夫?私は血が止まらないと判断した場合、いち早く救急隊を頼る。戦場から街の中心部にあるあの場所まで、そこまで行って。
「なにせ、死が恐いものですから、 知識があるからこそ、倍増するんです。 恐怖というものは。」
「人間は学ぶのです。 学んで、自分の世界を創り上げる。 自己意識というものです。
その中で、最も危険だと知らせるものは、恐怖心。 ピエロが怖い、血が怖い、なんていう無意識のうちの恐怖から、私たちを守ってくれる。」
「その中で、私が最も怯える対象といえば、死です。 死を想ってこその恐怖が、そこにあるのです。」
それだというのに、この街の人間といえば。と、まあ正しいが、正しくないものを、正義にしている。誰にだって正義は存在するが、この男の正義は人一倍ひん曲がっていてかつ執念深いもの。きっと、その意志の強さに負けたものだって居るだろう。
「この町ではこの行いが悪だと言います。 なので、私は表面上の懺悔をここで行うことにしました。」
それが大人というものだ。心からそう思っていないものであっても、相手の様子を伺い心情を隠す。それを、この男は全力でやっているのだ。本当に反省したと思わせるために、ここまでするのだ。
男は、その行いとやらをはっきりと喋ることはなかった。ただ、警察を裏切るような内容とだけ。それはもしかすると、その刑事にだけ傷を負わせてしまったというだけかもしれない。だからこそ、我々は聞いているしかなかった。
「私は、個人医として働くことでしか、存在意義を見出せない。」
彼は言われた。「ありがとう」と。それも、たくさんの人間に。「お前がいてくれて、よかった。」と。なにもかもを失ってしまった、この世界のルールすらわからない、そんな彼には、この言葉だけが生き甲斐になっていた。
逃走補助、公務執行妨害、そんな罪知ったことではない。目の前に、消えてしまいそうな命がある。記憶を失う前の記憶は一切存在しない。しかし、命を失う怖さだけは、ずっとこの体にこびりついている。
かつて世話になった救急隊に、呼び出しを食らった。「私の行動は、度を越しているらしい。」本来であれば警察が「終わった」と判断してから人命救助を開始するところを、安全危険問わず、白黒関係なく、助けたことへの説教だという。
根本的な感性から、もう合わないことがわかっていたらしい。助けたくて、いてもたってもいられない。だというのに、助けに行くことができない。
「そんな職場で暮らしている彼らは、きっともう心が無いのでしょう。 悲しいと、口では言っていました。 救えなかった命が、私にもあると、仰っていました。」
私はその言葉を聞いて、胸が締め付けられるような痛みを覚えました。私は一度も患者を殺したことがない。ましてや、死にかけだったところを、何度も何度も救っている。でも、何故か、あの救急隊の人間が言っていた、目の前で消えた命のことを考えると、どうも気分が悪くなってしまう。
「記憶を失う前の私は、殺したことがあるのかもしれない。 人を。」
この男は前の男の代役として現れた。というわけではない。表面上の謝罪に、意味を加えている。謝る理由、嘆く理由、反省するための理由を。
「今日はありがとうございました。私の目の前に、誰がいるのか分かりませんが。」
明らかに感じるその視線は、我々を架空の存在としてみている。そこには誰も居なかったと、そう感じさせた。怖いというわけではなかったが、まあ不気味という言葉が良く似合う。
「“神はあなたを赦す。”でしたっけ。」
そう言って、男はその場を去っていった。シリアスに付き合うつもりなんて一切なかったというのに。あのおとこはむりやりそれをなしとげた。
もう勘弁、そう思っていた頃には口を開くことができて。どうやら我々は、人の話を最後まで聞けと言われていたらしい。二度と聞かない。もう腹一杯。
そうして、特殊刑事課の1日は終わるのである。
参考ネタ
『岸辺露伴は動かない』