テラーノベル
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十一月中旬のある日、
僕は電車に乗っていた。
向かいの席には女性が一人。
無表情。おしゃれで、かっこいい。
その人は携帯を見ていた。
たまに、指で画面をスクロールしたり。
口角が上がっている。
きっと本人は、その事には気づいていないだろう。
一体なにを見て、微笑んでいるのだろうか。
面白い動画?動物が戯れている動画?
それとも──
ふと視線が、女性の手に移った。
左手の薬指には、銀色に光る指輪がはめられている。
この人は幸せなのだろうか──
僕は今、どうでもいい事を考えている。
「アンタなんか生まなきゃ良かった!!」
「早く消えてよ。この恥知らず。」
はぁ……
変わらない、平凡な日々。 つまらない。
深いため息をついて、
視線を窓の外の方へ逸らした。
やがて目的がある駅に着くと、
席を立って電車を降りた。
冷たい風が当たる。
それが、少し温まった僕の体と脳を冷やした。
海に来た。こんな寒い時期に。
波の音が響いている。
波打ち際まで立って、空を見上げた。
晴天、青空が広がっている。
靴の中まで海水が入ってくる。
「……冷たい。」
足を一歩前に出す。やっぱり冷たい。
でもそんなの関係ない。
気づいたら、
下半身が浸かるほどまで入っていた。
体が冷えて、海の中が温かく感じる。
「ねえ、そんな所でなにしてるの。」
突然、知らない声が背後から聞こえてきた。
振り返って見た。長身の男性。
風が、彼の少し伸びた白髪を揺らしている。
前髪の隙間から、綺麗な瞳が見えた。
視線を前に戻して、 僕は黙ったまま考えている。
「海の底まで、沈んでみようと思って。」
「冷たくない?」
「うん。冷たくない。」
「沈んでどうするの。」
「分からない。」
「……俺も一緒に行ってもいいかな。」
もう一度振り返って彼を見つめた。
波打ち際に立って、俯いている。
どういう意味。どうしてそんな事を言ったんだろう。
きっと、僕が今なにしようとしてるかなんて
分かってるはずなのに。
無意識に、体が砂浜の方へ戻っていった。
気づけば彼の目の前まで立っていて、
彼を見上げている。
「君、誰。」
「水元 朔。君は?」
「深瀬 七音。」
長い旅に出ようとした日。
苦しくてたまらない、この残酷な世界の中で
僕は彼と思いがけない出会いをした。
僕──深瀬 七音(ふかせ ななと)
彼──水元 朔(みずもと さく)
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