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瞼の裏が少し明るい。目をゆっくりと開けると、カーテンの隙間から陽の光が漏れている。
昨日は色々ありすぎて、寝る直前までお兄ちゃんの行動に振り回されてしまってなかなか寝付けなかったけど、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
ベッドから降りて部屋を出ると、どこからも物音がしない。リビングに行くと、机の上には朝ごはんとお兄ちゃんからの置き手紙があった。
『楓へ 仕事行ってきます。今日はいつもより遅くなるかもだから、先に夕飯食べてていいからね』
お兄ちゃん、もう出ちゃったんだ。時計を見るともう昼近くになっていた。まさかこんなに寝てしまっていただなんて思わなくてびっくりする。お見送りできなかったな……。
せっかく両想いだってわかって恋人になって初めての朝だったから、できればお見送りしたかった。でも、昨日のことを思い出すとどんな顔で何を言えばいいのかわからない。
むしろ今日はお見送りできなくてよかったのかな、なんてちょっとだけ安心してしまった。
正直、今日もお兄ちゃんが帰ってきたらどういう風に接すればいいのかわからない。両想いだってわかって嬉しいけど、だからといって急に恋人同士のような距離感なんて取れるだろうか?
お兄ちゃんはどう思っているんだろう。何を望んでいるんだろう。聞きたいけど、どう聞いていいのかもわからない。
とりあえずお兄ちゃんが用意してくれた朝ご飯を食べて、気分転換に買い物に行こう。そう決めて、私はテーブルの上のご飯を食べ始めた。
買い物に出てかれこれ何時間経っただろう。外に出て歩いていると余計なことを考えずに済むから、いつもより買い物の時間が長引いてしまった。
建物から外に出ると、外はもう夕暮れ時になっていた。そろそろ帰って夕飯の仕度をしよう、そう思った時。
「……遠野?」
「……佐々木くん?」
ふと、名前を呼ばれた気がして振り向くと、そこには同期だった佐々木くんがいた。
「やっぱり遠野だ!よかったー!元気そうじゃん」
明るい茶髪に人懐っこそうな笑顔。変わってないな、と思いつい笑顔になる。
「佐々木くんも元気そうだね」
「まあ、俺はね!相変わらずだよ。遠野、急に辞めちゃったから実は心配してたんだ。でも、久々に偶然会えて笑顔見れてよかった」
ほっとしたような顔で私にそう言う佐々木くんは、新入社員の研修で同じ班だった。研修後の配属で私は総務、佐々木くんは営業だったからフロアが違かったけど、たまに社内でばったり会うと気さくに話しかけてくれた。人柄が良くて誰からも愛されるような好青年だ。
「あー、うん。元気だよ。心配かけてごめんね。ありがとう」
「なぁ、遠野って連絡先変わってない?確か新入社員研修の時に交換してたよな」
「え、あ、うん。変わってないよ」
「そっか、だったら今度……」
「楓?」
ふと、聞き慣れた声がして横を向くと、そこにはお兄ちゃんがいた。
「お兄ちゃん……!どうしてここに?」
「外回りでたまたま。楓は……買い物?」
お兄ちゃんは微笑みながら聞いてきたけど、なんとなく声に圧がある。なんだろう、笑っているのに、目は笑ってない。
「えっと、うん。そう」
「こちらは?」
そう言って、お兄ちゃんは佐々木くんの方を見る。
「前の会社で同期だった佐々木くん」
「初めまして、佐々木です。……遠野、お兄さんいたんだな。知らなかった」
「えっと、あー、うん」
お兄ちゃんとは呼んでいるが、血縁でもなければ今はもう戸籍上でも兄ではない。しかも昨日から恋人になっている。どう説明していいものか迷っていると、お兄ちゃんが急に私の肩に手を回して引き寄せた。
「……前の会社で一緒だった?」
声が低い。まるで佐々木くんを警戒するような、威嚇するような低く怖い声音だ。ハッとしてお兄ちゃんの顔を見ると、佐々木くんを睨みつけている。
「お、お兄ちゃん!佐々木くんは前の会社で味方になってくれた人だよ!だからそんな怖い顔しないで!」
そう、佐々木くんは聡の件で私がありもしない噂を流された時、味方になってくれた同期の一人だ。何度も遠野はそんなことする奴じゃないと皆に言ってくれていたけれど、私の味方をすることで佐々木くんに迷惑がかかってしまうと思って、私はなるべく佐々木くんと接点がないようにして会社をすぐに辞めてしまった。
「……お兄さん、前の会社でのこと知ってるんですね。あの時、同期として力になれなくてすいませんでした」
そう言って、佐々木くんは深々と頭をさげる。
「なっ、どうして佐々木くんが謝るの!?佐々木くんは私のこと信じて味方になってくれたじゃない。むしろ、私の味方になって迷惑かけたんじゃないかなって思ってたの。ごめんね」
「遠野は何も悪くないだろ。もしかしたら俺にもっとできることがあってちゃんとできてたら遠野は辞める必要なんてなかったんじゃないかって思ってたんだ。遠野は仕事ができるから、あんな奴らのことで辞めるなんてもったいないよ。俺、悔しかったんだ」
「佐々木くん……」
そんな風に思ってくれてたなんて知らなかった。ありがたいのと同時に、すごく申し訳なく思ってしまい、思わず俯く。
「……話はわかりました。君は楓の味方になってくれてたんですね。ありがとう。でも、もう楓は新しい気持ちで前に向かって歩き出している。気にしなくて大丈夫です。それに、俺がいますから」
そう言って、微笑みながらお兄ちゃんはグイっと私を引き寄せて体を密着させた。なんだろう、微笑んでいるのに、お兄ちゃんはいつもと違ってやっぱりまだ何か怒っているような気がする。
「そう、ですか。それなら良かったです。遠野、会えてよかったよ。また連絡する」
「あ、うん。私も会えてよかった。ありがとうね!」
私の返事に佐々木くんは二カッと笑うと、お兄ちゃんに会釈して歩いて行った。後姿を見送ってからお兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんはまだ冷ややかな視線を佐々木くんの後姿へ送っている。佐々木くんは味方でいてくれた恩人なのに、なんでそんな冷たい視線なの?
「楓、もう帰るんだよな?」
「えっ、あ、うん。買い物はもう終わったから帰るよ」
「そうか。家に着いたらちゃんと連絡をしてくれ」
「えっ?やだ、私もう大人だよ?ちゃんと家に帰れる……」
「俺が連絡を欲しいんだ。ダメかな?」
「え、あ、うん……わかった」
お兄ちゃんの圧が強い。有無を言わさぬ様子に、私はうんと言うしかなかった。
「今日は遅くなる予定だったけど、なるべく早く帰れるように頑張るよ。色々と話したいことができた」
話したい事?もしかして、佐々木くんのことだろうか。もし佐々木くんのことを悪い人だと誤解しているなら、ちゃんとわかってもらわないといけない。
「わかった。晩御飯準備しておくね」
そう言ってお兄ちゃんを見ると、視線がぶつかる。お兄ちゃんの瞳の奥には、何か底知れぬ燃え滾るような炎が見えた気がして、ドキッとする。その視線はまるで纏わりつくようなねっとりとした執着のあるような視線で、怖いはずなのになぜか体の奥が疼いた。