テラーノベル
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音を重ねるたびに、確信が深くなる。
──この音は、ここにしかない。
スタジオの中で鳴る音は、相変わらず歪で。
でも、どこよりも気持ちよかった。
琉夏「……なあ」
曲の終わりに、ぽつりと声を落とす。
冬星がギターを下ろしながら、ちらりと見る。
冬星「なに」
琉夏「このままでいいと思う?」
自分でも曖昧な問い。
でも、聞かずにはいられなかった。
冬星は、少しだけ間を置いてから。
冬星「いいだろ」
迷いのない返事。
その言葉に、胸の奥が少しだけ重くなる。
(……やっぱり)
そう思ってしまう。
音は、完璧なのに。
未来が、見えない。
ライブの日。
客は、前より増えていた。
歓声も、前より大きい。
それでも。
どこか“壁”がある。
伝わっているのに、届いていない。
そんな感覚。
演奏が終わる。
拍手が鳴る。
でも──
あのときみたいな、熱はない。
琉夏「……っは」
マイク越しに、小さく息を吐く。
隣を見る。
冬星は、いつも通りの顔で立っていた。
何も気にしていないみたいに。
(……違う)
気づいてしまう。
同じ音を鳴らしているのに。
感じているものが、違う。
ライブ後。
外に出ると、夜風が少しだけ冷たかった。
観客の何人かが、話しかけてくる。
「さっきの曲よかったです」
「でもちょっと難しいですね」
笑って返す。
適当に言葉を返して、距離を取る。
その全部が、少しだけ遠く感じる。
冬星は少し離れたところで、それを眺めていた。
冬星「……満足?」
不意に、声が落ちる。
振り返る。
琉夏「……どうだろ」
正直に答える。
満足していないのは、分かっている。
でも。
何が足りないのか、はっきりしない。
冬星が、少しだけ視線を逸らす。
冬星「俺は、してる」
その言葉に。
胸が、少しだけ痛む。
琉夏「……そっか」
それしか言えない。
沈黙が落ちる。
同じ音を鳴らしたあととは思えないくらい、遠い。
帰り道。
並んで歩く。
でも、少しだけ距離がある。
前はこんなこと、なかったのに。
琉夏「……冬星」
名前を呼ぶ。
冬星が、わずかに顔を向ける。
琉夏「もしさ」
言葉を探す。
うまくまとまらないまま、続ける。
琉夏「俺が、違う音やりたいって言ったら」
一瞬の間。
空気が、静かに張りつめる。
冬星は、すぐに答えなかった。
少しだけ考えてから。
冬星「……好きにすれば」
あの日と、同じ言葉。
でも。
少しだけ違う響き。
突き放すようでいて。
どこか、受け入れている。
琉夏「……そっか」
頷く。
それで、全部分かってしまう。
──繋がってるのは、“音”だけだ。
その音が変われば、たぶん。
簡単に、ほどける。
でも。
(……それでも)
足が止まる。
冬星も、同時に止まる。
振り返る。
言葉が、喉に引っかかる。
何を言えばいいのか、分からない。
でも。
言わなきゃいけない気がした。
琉夏「……このままじゃさ」
少しだけ、声が揺れる。
琉夏「多分、どっちか壊れる」
静かな言葉。
でも、確信だった。
冬星が、わずかに目を細める。
否定しない。
それが答えだった。
琉夏「……俺、多分」
息を吸う。
怖い。
でも。
逃げたくない。
琉夏「音も、ちゃんとやりたい」
本音だった。
全部、捨てることはできない。
この音も。
未来も。
どっちも、欲しい。
でも。
それは、きっと──
一緒には持てない。
沈黙。
長い、長い間。
冬星が、ゆっくりと口を開く。
冬星「……じゃあ」
一歩、距離を取る。
ほんの少しだけ。
でも、はっきり分かるくらい。
冬星「俺とやる意味、なくなるな」
静かな声。
責めているわけじゃない。
ただ、事実を言っているだけ。
その方が、痛かった。
琉夏「……っ」
言葉が出ない。
分かっていたのに。
実際に言われると、何も言えない。
冬星が、少しだけ視線を逸らす。
冬星「でも」
小さく続ける。
冬星「あの音、嫌いになったわけじゃない」
その一言で、胸が締め付けられる。
冬星「むしろ——」
言いかけて、止まる。
代わりに、少しだけ笑う。
冬星「……まあ、いいや」
曖昧に流す。
でも、分かる。
同じだ。
同じものを、手放せない。
でも。
同じ未来は、見ていない。
夜の空気が、少しだけ冷たくなる。
並んで立っているのに。
もう、少しだけ遠い。
ほどけるわけじゃない。
でも。
このままじゃ、ほどけない。
だから──
ほどくしかない。
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