テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
🎧最終話「アンコールは、もういらない」
最後のライブは、小さな箱だった。
特別な日でもない。
大きな告知もしていない。
ただ、いつも通りのステージ。
──のはずだった。
袖で、琉夏はベースを握る。
隣には、冬星。
何も変わらない距離。
何も言わない空気。
でも。
これが“最後”だと、分かっていた。
琉夏「……いつも通りでいいよな」
確認みたいに言う。
冬星は、少しだけ間を置いて。
冬星「それしかできないだろ」
小さく返す。
それで、十分だった。
ステージに出る。
ライトが眩しい。
客席は、前より少しだけ埋まっている。
ざわめき。
期待。
知らない顔も、少し増えた。
それでも。
探さなくても分かる。
隣の気配だけで、十分だった。
「──始めます」
短く告げる。
合図もなく。
音が、鳴る。
冬星のギターが、最初に外れる。
あの日と同じ、不協和音。
琉夏のベースが、それを受け止める。
声を乗せる。
一瞬で、戻る。
ぶつかって、歪んで、でも離れない音。
何も変わらない。
いや──
前より、少しだけ優しい。
互いを壊さないように、どこかで無意識に抑えている。
それでも、気持ちよかった。
これが、最後でも。
この音が鳴るなら、それでいいと思えた。
一曲目が終わる。
拍手が鳴る。
前より、少しだけ大きい。
でも。
どうでもよかった。
隣を見る。
冬星も、同じことを思っている気がした。
次の曲。
その次も。
全部、出し切るみたいに鳴らす。
音が、少しずつほどけていく。
繋がっていたものが、ゆっくり離れていくみたいに。
最後の曲。
イントロが鳴る。
自然と、少しだけ息が揃う。
これで、終わる。
そう思った瞬間。
少しだけ、寂しさが混じる。
でも。
不思議と、後悔はなかった。
声を出す。
音が重なる。
最後のフレーズ。
伸ばした声が、静かに消えていく。
ギターが、最後のコードを鳴らす。
余韻が、空間に残る。
──終わった。
沈黙。
それから。
大きな拍手。
歓声。
誰かが叫ぶ。
「アンコール!」
何人かが、それに続く。
手拍子が揃う。
名前を呼ぶ声。
あの日と、同じ光景。
違うのは──
その意味だけ。
琉夏は、少しだけ目を閉じる。
あの頃なら、迷わず戻っていた。
求められるままに、何度でも音を鳴らしていた。
でも。
今は、違う。
隣を見る。
冬星も、こちらを見ていた。
ほんの一瞬。
言葉はいらなかった。
琉夏「……どうする」
小さく問う。
冬星は、少しだけ息を吐いて。
それから。
静かに言った。
冬星「──もう、いいだろ」
優しい声だった。
どこか、少しだけ寂しくて。
でも。
ちゃんと、前を向いている声。
冬星「アンコールは、もういらない」
その言葉に。
ゆっくりと、頷く。
琉夏「……ああ」
それで、終わりだった。
ステージを降りる。
拍手は、まだ続いている。
でも、振り返らない。
音も、鳴らさない。
それでいい。
それがいい。
外に出る。
夜風が、少しだけ暖かい。
並んで歩く。
少しだけ距離がある。
でも、前より軽い。
琉夏「……終わったな」
ぽつりと呟く。
冬星が、少しだけ笑う。
冬星「だな」
短い返事。
それだけで、十分だった。
少しだけ歩いて。
立ち止まる。
自然と、同じタイミングで。
言葉が、浮かぶ。
でも。
全部言う必要はない気がした。
琉夏「……じゃあな」
シンプルな別れ。
冬星が、わずかに頷く。
冬星「……ああ」
それだけ。
振り返らない。
そのまま、別々の方向に歩き出す。
音は、もう重ならない。
でも。
消えたわけじゃない。
それぞれの中で、ちゃんと残っている。
──共依存じゃなくても。
あの音は、消えない。
少し先の未来。
別のステージ。
琉夏は、一人で立っていた。
新しいバンド。
新しい音。
ちゃんと整っていて、前よりも遠くまで届く。
それでも。
ふとした瞬間に、思い出す。
あの歪んだ音。
あの、不完全なまま成立していた時間。
(……まあ、いいか)
小さく息を吐く。
それでも、前に進んでいる。
それでいい。
それが、いい。
ベースを鳴らす。
声を乗せる。
音は、ちゃんと響く。
──もう、一人でも鳴らせる。
でも。
あの音を、忘れたわけじゃない。
一生、消えない。
それでいい。
コメント
2件
今1番ハマってるノベルです🥹💞 互いのことを1番に思ってるからこそ離れていくふたりがエモくて……✨ この距離感がいちばん尊くて大好きです😭💗 チャットノベル版も続きの更新も楽しみにしてます🫶