テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「おはようっ。」
「おはよ。」
「おはよ〜!」
今日はいつもよりも少しだけ早めに掛けた自分のアラームで目が覚めた。
「テンション高いなー。」
眠たそうに目を擦りながら若井がぼくの方を見てくる。
「逆になんでそんなテンション低いの?!今日はグランピングの日だよ!ねっ、涼ちゃん!」
そう言って、ぼくは若井から涼ちゃんに目線を移すと、涼ちゃんは『うんっ。そうだね〜。』と言いながら、リモコンを手に取って暖房のスイッチを入れた。
ピッ、という音とともに、エアコンからあたたかい風がゆるやかに部屋に流れ出す。
暫くして、部屋の空気がじんわり温まり始めると、一番に涼ちゃんが布団から抜け出して、今日から一泊二日のグランピングに向けた準備を始めた。
「元貴はまだ起きないの?」
バタバタと支度を進める涼ちゃんの横で、布団に包まったままのぼくを見て、若井が問いかけてくる。
「ぼくは、昨日のうちにちゃんと準備したから余裕なの。若井こそ、まだ起きないのー?」
「おれも、準備終わってるからね。」
「じゃあ、涼ちゃんだけだね。なんで昨日のうちにやらなかったんだろ?」
「確かに。でも、それが涼ちゃんらしさでもあるよね。」
「ねー。意外とマイペースなんだよなあ。」
リビングを出たり入ったりしながら、慌ただしく動き回っている涼ちゃんを眺めつつ、ぼくと若井は布団の中で顔を見合わせて小さく笑う。
時々、涼ちゃんが『ドライヤーいると思う?!』なんて声を掛けてきて、若井が『ドライヤーは設備の欄に書いてあったからいらないと思うよ。』って返す。
そんなやりとりを聞いていると、なんだか年齢の上下も曖昧になってくる。
こうして、ぼくたちにとって初めての旅行の朝は、らしくもなく落ち着いたりはせず、いつものようにちょっと騒がしくて、でもどこか特別な空気の中で始まっていった。
・・・
「着いたー!!!」
「同じ関東なのに、空気が澄んでる気がする〜!」
「さむっ。でも、なんか気持ちいいね。」
準備を終えたぼくたちは、ワクワクを胸に家を出た。
最寄り駅に着く直前で、あれだけ朝からバタバタしていた涼ちゃんが、まさかの“財布忘れ”に気づくという軽めの事件はあったものの、
それも今となっては、旅の思い出として笑い話になっている。
電車に揺られ、さらにフェリーに乗って、数時間。
少しずつ空の広さが変わっていくのを窓越しに眺めながら、 やっと目的地の港に辿り着いた。
港には潮の香りがふんわりと漂っていて、肌に触れる空気は少し冷たくて、でもそれがまた心地いい。
見渡す限り、自然ばかりで、遠くには山の稜線がうっすらと浮かんでいた。
都会の喧騒から抜け出してきたことを、改めて肌で実感する。
「うわー、すごいね…」
と、若井が小さく呟く。
「空、こんなに広かったんだね〜。」
と、涼ちゃんが肩をすくめるように笑う。
「夜、星とかめっちゃ見えそう……!」
思わず声が出るほどに、そこはまるで絵に描いたようなロケーションだった。
グランピング施設までは港から少し歩く。
キャリーケースを引きながら、ぼくたちは並んで坂道を登っていった。
振り返ると、海がきらきらと陽に照らされていて、それを背にした涼ちゃんが一歩遅れて歩いてくる。
きっと、この旅も、また忘れられない思い出になるんだろうな。
そんなことをぼんやりと考えながら、ぼくはまた前を向いた。
坂を登りきると、目の前に現れたのは、木々に囲まれた広々とした敷地と、真新しい丸い形の白いテントたち。
奥にはウッドデッキと焚き火スペース、外に設置された大きなソファセット…
まるで雑誌の中から飛び出してきたような場所だった。
「わ、やばっ……すごくない?ここ。」
一番に声をあげたのは若井だった。
思わず荷物を置いて、きょろきょろと辺りを見渡している。
「なんか、海外のリゾートみたい…」
と、涼ちゃんも目を丸くしながら、手の平を額にかざして空を見上げる。
「写真で見た時もすごかったけど、やっぱり実際来ると全然違うね…!」
息を呑むような景色に、自然と声が小さくなる。
どこか遠くで鳥の鳴き声がして、木の葉がさらさらと風に揺れていた。
受付を済ませて、案内されたのは、敷地の中でも少し奥まった場所にある三人用の大型テント。
木製のドアを開けると、中にはすでにふかふかのベッドとラグ、暖かそうな毛布が用意されていて、中央には薪ストーブまで備えられていた。
「え、ここ…泊まっていいの?ほんとに?」
「わあ…すごーい。旅館とはまた違う贅沢感あるね…。」
「こんなとこ、住めるじゃん…!」
テンションが一気に上がったぼくたちは、靴を脱いで中に飛び込むと、それぞれのベッドに倒れ込んだ。
「うわー…今日ここで寝るのかぁ……しあわせえー…。」
上を向くと、ベッド側は白い幕ではなくて、透明な幕が張られていて、青い空が広がっていて、思わず声が漏れた。
体の下のマットレスが優しく沈んで、空気までなんだか柔らかい気がする。
「夜、何する?焚き火?それともバーベキュー?」
「どっちもでしょ!星も見なきゃだし!」
「全部やる気じゃん…元貴、元気すぎ。」
「え〜、せっかく来たんだから、楽しまなきゃ損でしょ?」
「はいはい、じゃあまずは荷ほどきして、それからスケジュール立てよ〜。」
そんな涼ちゃんの一言で、また自然と立ち上がって、それぞれ荷物を広げ始める。
…特別なことなんて、きっとしなくてもいい。
でもこの“特別な場所”で、三人で過ごす時間が、もうすでに充分特別で、かけがえないものになる気がしていた。
・・・
荷物の整理も終わり、夕方まで数時間。
ぼく達は暖炉の前であたたかい空気に包まれ、室内に置かれていたトランプをやりながら時間を潰していた。
何回目かの勝負が終わった頃、若井が立ち上がって伸びをした。
「そろそろ限界。トイレ行ってくるわ〜。」
『勝ち逃げする気でしょー。』と軽口を叩きながら、ぼくはカードをかき集める。
若井は鼻で笑って、ドーム型のテントのドアを開けて外に出て行った。
その背中を眺めながら、そういえば到着時に受付で、トイレとお風呂はドームの外、同じ敷地内にある別の建物って説明されてたな…とぼんやり思い出す。
ベッドや室内の雰囲気に感動しすぎて、その辺の設備はまだちゃんと見てなかった。
どんな感じなんだろう──と、なんとなく考えていたそのとき。
「うわっ!ちょ、なにこれ!?すご!!!」
トイレがあるであろう方角から、若井の驚いた声がうっすらと聞こえてきた。
「えっ…なに?」
思わず手元のカードを置いて、ぼくと涼ちゃんは顔を見合わせる。
二人とも同じように、不安と好奇心が混ざった顔をしていた。
少しすると、バタバタと音を立てながら若井がテントに戻ってきた。
「ちょっと!二人ともこっち来て!」
息を弾ませながら、若井は目を輝かせて叫んだ。
顔は興奮そのもので、なにか見つけた子どもみたいな表情をしている。
「なに?どうしたの?」
「とにかく、いいから!やばいよ!!!」
ぼくと涼ちゃんは顔を見合わせたまま、つられるように立ち上がった。
若井に手を引かれるようにして、ぼくたちは再び外へと足を踏み出す。
『もおー寒いのにー。』と小言を言いながらも外に出ると、すぐ隣にあるロッジ風の建物に案内された。
そして、そこに足を踏み入れた瞬間、さっきの若井同様、ぼくも涼ちゃんも驚きの声を上げた。
「なにこれ!やばっ!!!」
「すご〜〜い!!!」
そこには、手前が脱衣所と洗面所とトイレがくっついた広い空間。
そして、ガラスで仕切られていた奥には家の何倍もありそうな広いお風呂。
そして更にその先には、なんと露天風呂も付いているようだった。
「ね!やばいでしょ?!」
そう言って、若井は自慢気な顔するから、ぼくと涼ちゃんは思わず笑ってしまった。
「なんで若井がドヤ顔してんの。」
「ふふっ、ほんとだよねぇ。」
「なっ!いいじゃん!おれが最初に見つけたんだからさー。」
ぼくと涼ちゃんに笑われて、若井は少し拗ねたようにそう言うけど、『そうだ!露天風呂からの景色が最高なんだよ!』と思い出したように言うと、また少しドヤ顔でぼくと涼ちゃんの手を取り、露天風呂の方まで引っ張っていった。
「………っ、わ…..! 」
「ね、いいでしょ?」
目の前に広がっていたのは、思っていたよりずっと広い、開放感たっぷりの露天風呂だったけど、それよりも、その先に広がる景色に、ぼくは息を呑んだ。
「…きれい。」
眼下にはゆるやかな山の斜面と、その奥に広がる深い森。
そして、ちょうど沈みかけた太陽が、空と地面の境界を優しくオレンジに染めていた。
風が通り抜ける音だけが静かに聞こえてきて、まるで時間がふっと止まったみたいだった。
「うわぁ…..これ、絶対夜も綺麗だよねぇ…。」
「星、見えるかな?」
「見えるでしょ!絶対ヤバいって!」
涼ちゃんがうっとりと声を漏らすと、若井は得意気に頷く。
ぼくは二人の間に立って、その景色をもう一度見渡した。
日常から切り離されたみたいな、どこか遠くの国に来たような気分。
そして、そんな場所に、若井と涼ちゃんと一緒にいられることが、なんだか不思議で、でもすごく嬉しかった。
「……ねぇ、夜に三人で入ろうよ。」
ぼくがぽつりと呟くと、涼ちゃんがふわっと笑って、『うん、入りたい』と頷き、若井は『よっしゃ、じゃあ晩ごはんの後な!』と張り切った声を上げた。
この時間が、きっと思い出になる…
そんな予感が、胸の奥で静かに灯っていた。
…to be continued
コメント
3件
3人の旅行とかほんと可愛すぎて…🥹