黒い魔物たちの軍勢。
その最後の1体が崩れ落ちる。
「終わった……。みんな、無事だよね!」
全員が入り乱れる乱戦となっていたせいで、途中からコウカとダンゴの姿を見失ってしまっていた。
だが魔力経路の繋がりを感じられたことと、返事が返ってきたことから無事であることが確認できたのでホッと息をつく。
「はぁ……結局、この魔物は何だったのかしら」
「全部、あたしたちだけを狙ってた……それにこんなに黒いのは本でも見たことない……」
不可解な敵であった。
統率が取れているとまでは言えないが、別の種族の魔物たちと争うことなくまっすぐ私たちを狙っていたのは実に不可解だ。
まるでラモード王国の迷宮で戦ったコアが生み出した魔物のようだった。
「これ、持って帰りたくはないわね。集めて燃やしてしまってもいいかしら、ユウヒ?」
「そうだね……そうしてくれるかな」
死んでいるというのに、あの言いようのない嫌悪感は離れてくれなかった。
これを持ち帰って買い取ってもらう気にはなれなかったのでヒバナの提案を呑み、この場で全て処分することにした。
この魔物たちは多分あの淀んだ魔素を取り込んでいたはずだ。
あの魔素がいったい何だったのかまでは分からないが、魔素自体にこんな大きな淀みがあることは今までになかった。
「お姉さま~、嫌いな感じが~戻ってきた~……」
ノドカが言うように、浄化した魔素にまた淀みが生じ始める。
これは一刻も早く魔素鎮めを終わらせないと、面倒なことになるだろう。
「それを燃やしたら、全員で魔素鎮めをするよ」
そうして魔物たちの処理が終わった後に全員で円陣を組み、みんなの力に私の力を調和させた。
ファーガルド大森林の魔泉は非常に広く、魔素鎮めも大変であった。しかし、問題はそれだけではなかったのだ。
ノドカが進化したことでその分、楽になると思っていたのだがどうにも淀んだ魔素に対してはみんなが持つ精霊の力の通りが悪く、魔素鎮めは難航していた。
そのため、私も女神の力を使って浄化しつつの魔素鎮めとなった。
私にはこの場所の魔泉を一度にカバーできるほどの力はまだ備わっていない。
そのためじっくりと力を回復させながらの作業となり、余計に時間が掛かる。
そして、遂に――。
「終わったぁ……!」
「ふぅ、今までで一番大変だったんじゃない? 全員でやったのにこんなにも時間が掛かったし……」
朝から森の中に入ったのに、もう日が暮れていた。
魔力はほぼすっからかんだし、今日はこれ以上動けそうにない。ならば今日はここで野宿だろうか。
森の最深部で野宿など本当は嫌だが気持ち悪い感じは消えているし、魔物もさっき倒したばかりだ。魔泉が正常な状態に戻ったことで、またすぐに生まれることはない。
野宿用に昔、買っていたテントを《ストレージ》から取り出した。
すでに組み立てた状態で収納されていたので、わざわざ組み立てる必要もない。
テントを地面に固定し終わった時、グゥと腹の虫が鳴り、全員の視線が私に集まった。……すごく恥ずかしい。
「あはは、お腹すいたみたい……」
「なら、私が何か作ってあげる」
言うが早いか、ヒバナは自分の《ストレージ》から私が譲った調理台などの道具一式を平らな地面に設置した。
こんな森奥で料理を食べられるのはありがたいのだが、果たして食材はあるのだろうか。
そんな疑問がどうやら顔に出ていたようで、シズクが補足を入れてくれる。
「ひーちゃんって食材を買い足せなかったときのことを考えて、いつも《ストレージ》の中に買い込んだ食材を多めに入れているんだよ」
それは知らなかった。
だが今はそのおかげで料理にありつけるのだ。願わくは彼女が失敗しないことを祈るばかりである。
とりあえず私も全員で座るためのテーブルと椅子を並べ、その1つに腰掛けることにした。
「あれ、ノドカちゃん……? ひーちゃん、こっちに来て! 帽子も取って!」
「どうしたのよ、シズ」
シズクが首を傾げながら近寄ってきたヒバナの腕を掴み、ノドカの側に寄る。
そして同じように首を傾げるノドカをまっすぐ立たせるとその隣にヒバナを並ばせた。
「や、やっぱり……! あたしたちよりも高くなってる……!」
――ああ、身長の話か。
たしかにノドカの方が微妙にシズク達よりも高い。とはいっても本当に微妙な差でしかなく、みんな私よりは低い。
ただ、依然として一部においては大敗を喫している。それは私も例外ではなかった。
「ふふ~、少し~勝った気分~」
「何だか悔しいわ……! 今からでもいいから縮みなさい!」
妹のノドカに身長を追い抜かされるというのは、案外悔しいものなのかもしれない。ヒバナはノドカの肩を掴むと上から体重を掛け始めた。
じゃれ合い始めた彼女たちのことは置いておいて、いつの間にか隣の席に着いて朧月の手入れらしき動作をしているアンヤへと話しかける。
「アンヤ、もう刀を使い熟してたね」
「……まだまだ」
私の目を見てから口を開いたアンヤは、それだけ言うとまた手入れに戻ってしまった。
アンヤには随分と向上心があるみたいだ。その手入れだって手探り状態だろう。だというのに、少しでも自分のモノにしようと頑張っていた。
まだ料理は出来上がりそうにないので他の子たちの様子も見てみる。
――あれ、何だか暗い。
「ダンゴ、何だか元気がないね。コウカも」
元気の良さが特徴的なダンゴが浮かない顔をしているのはあまり良くないことだと思う。
コウカだって、こんなに暗い顔をしているのは珍しい。
「あっ、主様……少し考え事をしていたんだ。心配させちゃってごめん」
「……わたしも同じようなものです」
それを話してくれる様子はないので、私も無理に踏み込めなかった。
「そっか……何かあったら相談してね。力になれるかもしれないしさ」
だから、こんなことしか言えない。
だがダンゴは少し表情が明るくなり、コウカも僅かに口角を上げた。
「うん、ありがとう」
「ありがとうございます、マスター」
そうしてしばらく待つこと数十分、私はついに食事にありつけた。
私の誕生日の時のように失敗しなかった料理は、色々とムラがあるものの概ね美味しいといっても良いものだった。
お腹を満たし、魔力も回復した私たちはいつものように浴場を作り、お風呂に入った。
その後、自然と進化したノドカの話となる。
「進化したおかげで〜わたくしも〜眷属スキルを使えるようになりました〜」
ノドカは進化したことで眷属スキル《カンタービレ》を手に入れたようだ。
これは歌のテンポやトーンによって魔素に影響を与えるという能力らしい。
今日使っていたのは、周囲の魔素を引き寄せる効果があったらしく、歌の届く範囲の魔素濃度が上がっていたのだとか。
残念ながら弱点もあるらしく、当然のように敵もその恩恵を受けることができてしまう。
だが、その問題を改善する方法が話を聞いていたシズクから飛び出した。
「う、歌が関係しているんだったら、風で歌声を遮ればいいんじゃないかな……?」
「あ~それです~」
歌が届かなければ、相手がその恩恵を受けることはない。
前衛組が動き回る場合、恩恵を与えることは難しくなってしまうが、ヒバナとシズクだけなどと限定することができれば自分たちだけが恩恵を受けることができる。
「そういえばノドカちゃんのディーヴァも形が変わっていたよね。他に何か変わったのかな?」
ノドカの持つ霊器“ディーヴァ”は進化に伴いその形状を少しだけ変化させていた。
少しサイズが大きくなったなど、それほど大きな変化でもないが確かに変わっている。
「実は~名前も~変わりました~」
その新たな名は霊器“テネラディーヴァ”というらしい。
さらにその変化と共に性質も少し変わり、テネラディーヴァが風魔法を生み出すための術式を自動で維持してくれるのだとか。
通常なら遠くへ届けようとするほど魔法術式が瓦解してしまいがちになるところを、そうならないように魔力がある限りは自動で補正してくれるようだ。
「とっても~便利~。これなら~集中しなくても~魔法を使うのが~らくらくですから~」
杖であるテネラディーヴァが勝手に補助してくれるので、魔法制御が楽にできる。それがノドカのお気に入りらしい。
そこで考えるのが楽をすることなのかと全員が呆れ顔だが、何ともノドカらしい。
――しかも、まだもう1つの機能があるとか。
「“コルポディヴェント”~」
彼女がそう呟くとテネラディーヴァはその形を大きく変え、2メートルを優に超える巨大な弓となった。
ハープに張られていた弦はその弓に張られている1本の弦へと収束されている。
これは攻撃手段を持たないノドカの唯一の攻撃手段となり得るものだ。
――そのはずだった。
「う~重い~」
ノドカは魔力で矢を生成することはできたものの、肝心の弓を引くことができなかった。
残念ながら身体能力が問題なのか、それとも技術的なものが問題なのかはそれがノドカだけが使える武器であるせいで分からない。
他の誰かが使ってみようとしても、魔力を一切受け付けなくなってしまうのだ。
「たしか……《弓術》っていうスキルがあったはずだから。ノドカちゃん、練習してみるのはどう?」
「えぇ~……」
ノドカが明らかに嫌そうな顔をした。……この子、結構面倒くさがりだからなぁ。
「あ~いいこと~思いつきました~。お姉さまが~練習すれば~いいんです~」
いったい何を言っているんだと思ったが、すぐにどういうことか思い至った。
私がミネティーナ様から貰ったスキルには《継承》というスキルがあって、それはたしか自分の持っているスキルと同じスキルをコウカたち全員へ与えることができるというスキルだ。
みんなが使っている《ストレージ》だって、私のスキルを《継承》して使っているものなのだ。
「そうすれば~みんなも弓を使えて~お得ですよ~」
「えぇ……」
正直、面倒くさい。
みんなが《弓術》スキルの恩恵を受けることができるようになっても、それが役立つのはノドカくらいだろう。
お互いが面倒くさがったのでこの件は平行線を辿り、やがて有耶無耶になった。
そうして朝になるまでやることもなかったので、今日はもう休むことにした。
コウカが見張りをやると言ってくれたのだが、ノドカの索敵は寝ている間でも使用することができるのでそれに任せることにする。
ノドカは夜ぐっすり眠れないことを嘆いていたが、普段から魔法を使いながらでもぐっすり眠っていることが多いので特に問題ないだろう。
そう、それは別に問題なかったのだが――。
「ヒバナ姉様、もう少しそっち寄れない?」
「私だって狭いのよ、我慢して……って、だ、だき、抱き着かないでよ!?」
「あのアンヤ、危ないので朧月を抱きながら寝るのはやめてください」
「……いや」
「お姉さま~ぎゅぅ~」
「いや、ちょっとノドカ、せめて背中から……っていうか、反対側向いて!」
「え、あ、あたし……!? ひゃっ、ノドカちゃん!?」
まだ誰も進化していなかった時に買ったテントだったから、すごく狭かった。かといって外で寝るのは寒いから嫌だ。
テントの中はしばらくの間、騒がしかったが少なくとも寒くはなかった。
◇
朝になり、まず始めに魔泉に異常がないかを確認した。今回のような異変は初めてだったので、念には念を入れる。
だが特に何ともないことが確認できたので、朝食としてコウカが取ってきてくれたらしい林檎モドキを食べる。
そして食べ終わると私たちは帰り支度を済ませ、方向が分からなかったのでノドカに空の上から確認してもらった後、出口を目指して歩き始めた。
森の中には疎らに魔物が居るようだが戦う必要はないので、ノドカの魔法で事前に察知して進路を変更する。
今日はいい天気だし、早くここから出て太陽の下を歩きたいものだ。
そのまま割と気楽に歩き続け、数時間掛けてやっとファーガルド大森林を抜け出すと遠くに見えるファーリンドの街へと進路を取る。
ファーリンドへ到着したのはお昼を回った頃だった。
まず報告をするために冒険者ギルドへと向かった。
丸一日経っても私たちが戻ってこなかったため、ギルド職員のジェシカさんには心配を掛けてしまっていたらしい。
私たちの無事を確認し、ホッとした様子の彼女にファーガルド大森林で起こったことを報告した。
すると彼女は目に見えて驚いていた。
「本当に……もうあの場所の異変は治まったんですか……!?」
「はい。一応、他の人にも確認してもらってください」
こんな報告だけではどうにでも誤魔化せるから信じられないだろうし、ギルドの信頼が厚い人物に調査をしてもらえば、本当に魔泉が正常な状態へ戻っていることが証明できるだろう。
「私たちは明日にはここを発とうと思っているので、報酬はまた次の機会で大丈夫です。確認にも時間が掛かるでしょうし」
何もせずに同じ場所に留まるのはあまりいいことではない。
この国のまだ行ったことのない街にも行くべきだろう。
「その必要はないぞ」
そこに現れたのはギルドマスターだった。彼は受付の裏にある扉から出てくると、ドカッと椅子に腰かけた。
そのまま受付に肘を突いた状態で話し続ける。
「元々、お前さんの依頼はファーガルドの調査依頼だ。報告だけで依頼は達成している。ただまあ、後日調査をして虚偽の報告をしていると分かれば、その時点で罰則が科せられるがな。あと、お前さんを指名した俺の評価も下がる」
最後の方は少し冗談っぽかったが、ギルドマスターとしても半信半疑なのだろう。
もちろん簡単に信じてもらえないことは分かっていたので、一々気分が悪くなったりはしない。嘘は吐いていないので、堂々としていればいいだろう。
「あのギルドマスター、この国では魔泉の異変ってどれくらい起こっているんですか?」
ギルドマスターともなればそう言った事情にも詳しいのではないかと思い、今後の予定を組むためにも直接、聞いてみることにした。
「それほどだな。現状、ファーガルドほどの異変は存在しない」
なら焦ることもなさそうだし、しばらくの間はキスヴァス共和国内のまだ行ったことのない場所を巡ってみようかと思う。
指名依頼の達成処理を終わらせてからギルドマスターたちと別れた私たちは、その次の日にファーリンドの街を去った。
この街でかつて出会ったアルマとカリーノの姉妹、そしてヴァレリアンと会えるのではないかと思っていたが、もうこの街にはいなかったのだろう。
まあいい。どこかでまた会える時がきっと来る。
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