テラーノベル
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コロシアムの地下控室へ続く廊下。観客席からの喧騒が遠く響く中、俺は冷たくなった缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱へ放り投げた。
高圧液体窒素弾良し、血液凝固散布剤良し。
【流血の美学】ジャン=リュック・モロー。血を刃に変え、死角なしの広域切断陣を展開する大貴族の御曹司。奴の「流体血界魔法」をどう封じ、どう180倍以上の払戻金を回収するか——完璧に組み立てたシミュレーションを頭の中で反芻していた、その時だった。
「——待たせたね、悲しき異端のハーフ」
廊下の暗がりから、薔薇の香水の匂いとともに現れたのはジャン=リュックだった。
白い手袋をはめた手で優雅に胸元を押し当て、薄氷のような冷笑を浮かべている。
(……フン、いつもの美学気取りの挨拶か。軽くあしらって終わりに——)
「単刀直入に尋ねよう」
ジャンはすっと指先を立て、氷のように冷徹な……しかし、どこか尋常ではない「怒り」を宿した瞳で俺を射抜いた。
「君とエレナ様は、一体どこまでの関係なんだい……!?」
「……あ?」
完璧に組み上げられていた俺の脳内シミュレーションが、一瞬でガタガタと崩れ去った。
「とぼけるなよクロード! 僕は見逃さなかった! 前回の試合前、君に無詠唱の生体加速で迫るエレナ様の、あの可憐で凛々しいお姿を! そして……試合前のあの悪夢のような会話をだッ!」
「……おい、待て」
「『負けたら付き合っていいかな?』『勝ったら付き合ってよね!』……あぁ、思い出すだけで血反吐が出そうだ! 言うに事欠いて、この僕の至高の女神であるエレナ様にそんな口説き文句を言わせるなど……万死に値する!!」
ジャンは胸元から取り出した絹のハンカチをギュッと握り締め、血の涙でも流しそうな勢いで熱弁を振るい始めた。
(……嘘だろ。こいつ、ただの気障な大貴族じゃなくて、エレナの重度な過激ファンかよ)
セリスとの「妄想デート疑惑」、三人組からの「根掘り葉掘り取り調べ」、そして今度は対戦相手からの「推しを奪った男への怨念」だ。
魔法で脳みそが沸いている奴らの恋愛脳(あるいはオタ活脳)は、一体どこまで俺の貴重な試合前時間を削れば気が済むのか。
「手は繋いだのか!? 連絡先の魔道コードは交換したのか!? まさかエレナ様の手料理を食べたのではないだろうね!? 答えろクロードッ!」
詰め寄ってくるジャンの顔は、もはや「美学」も何もない。ただの厄介オタクのそれだ。
「……落ち着け。手も繋いでないし、コードも交換してない。俺が欲しかったのは180倍の払戻金と、ハンスからの特殊装備だけだ」
「嘘だッ! 負けたあともエレナ様は『クロードの意地悪……』と愛おしそうに呟いていた! 僕には分かる! あれは完全に絆されている女の顔だッ!」
「お前ら、どいつもこいつも人の顔を勝手に都合よく解釈しすぎだ……」
俺は深々と溜息をつき、本日何度目になるか分からない盛大な欠伸を吐き出した。
あまりのくだらなさに、手首の時計の秒針が進む音すら虚しく聞こえてくる。
「……ジャン。お前のそのくだらない妄想に付き合う気はない。俺はただ、次の試合で100倍超えのオッズを回収して、ハンスから光学迷彩を買い占めるだけだ」
「妄想だと……!? 僕の純愛を侮辱するかッ!」
ジャンの周囲で、赤黒い血の気配が爆発的に跳ね上がった。
指先から滴り落ちた一滴の血が、凄まじい密度の刃となって石床を深々と切り裂く。
「許さない……! エレナ様の視線を奪い、その心を惑わせた罪、僕の流体血界魔法で刻んで刻んで刻み尽くしてあげるよ!!」
「……ハッ」
俺は外套の裾を押しやり、高圧液体窒素弾を装填した消音拳銃のグリップへ指をかけた。
(やれやれ……美学者気取りの熱狂的ファンか。まあいい)
「来いよ。お前のその『過激な純愛』ごと、液体窒素でカチコチに凍らせて砕いてやる」
コロシアムへと続く扉の向こうから、開戦を告げる大きな鐘の音が響き渡った。
「エレナ様ァァァッ! 今すぐこの泥棒猫を血の海に沈めてみせますッ!!」
開戦の鐘が鳴り響いた瞬間、ジャン=リュックの正気は完全に吹き飛んでいた。
大貴族らしい洗練された「流体血界魔法」の緻密な面影など微塵もない。
奴は両腕の皮膚を自ら切り裂き、溢れ出る膨大な血液を魔力で強引に駆動させると、コロシアムのリング全体を覆い尽くすほどの超巨大な血の波頭(津波)を錬成した。
「喰らいなさいッ! 『血界絶禍・無量大斬波』ァァッ!!」
観客席から悲鳴と歓声が上がる。
リングを丸ごと飲み込み、骨すら残さず切り刻む大技。だが——嫉妬と怒りに狂った奴の攻撃は、あまりにも大雑把で、あまりにも大振りだった。
(……呆れたな。嫉妬で目が血走って、魔法の構成がスカスカだ)
俺は視界に広がる血の津波を見上げながら、本日何度目かわからない盛大な欠伸をかました。
どれほど絶大な威力を誇る大技だろうと、術者の意識が「俺への殺意」だけに偏っていれば、そこに生じる死角は巨大な穴となって広がる。
「——『局所遅延(ディレイ)』」
コンマ01秒。
迫り来る血の波頭の「中心軸」だけを時間干渉で微小に遅らせる。
すると、均等に迫っていた血の刃の波に、ほんのわずかな密度の歪み(隙間)が生じた。
俺はその隙間へ滑り込むと同時に、懐から取り出した散布型血液凝固剤のセーフティを抜き、宙へ投げつけた。
パンッ!
消音拳銃の一撃で空中の缶を破裂させる。
飛散した微粒子状の凝固剤が、迫り来る血の波に接触した瞬間——
バリバリバリッ!
流体だったはずの巨大な血の津波が、俺の頭上で巨大なレバー状の「血の塊(塊肉)」へと一瞬で凝固し、自重に耐えかねてドサリとリングへ落っこちた。
「な、なにぃぃッ!? 僕の美しき血の芸術が……固まった……だと……!?」
大技を押し潰され、魔力を大幅に消費して膝をつくジャン。
俺は凝固した血の塊の影から静かに姿を現し、懐から引き抜いた消音拳銃の銃口を、呆然とするジャンの眉間に無造作に突きつけた。
装填されているのは、ハンスから仕入れた**高圧液体窒素弾**だ。
「エレナとの仲を疑って自滅か。……大貴族の美学も形無しだな」
「くっ……殺せ! エレナ様の愛を得られぬなら、僕の命など……っ!」
「殺すわけないだろ。弾代の無駄だ」
パンッ!
至近距離から撃ち抜いたのは、ジャンの足元だ。
破裂した液体窒素が一瞬でリングとジャンの両足を凍りつかせ、激しい冷却ショックで奴の意識を刈り取った。
「……勝者、クロード・ヴァルネぇぇぇッ!!」
静まり返るコロシアムに、審判の悲鳴のようなアナウンスが響き渡る。
「……はぁ。どいつもこいつも、くだらない感情で大技に頼るから足元を掬われるんだ」
俺は倒れた過激ファンを見下ろし、冷たくなった拳銃をホルスターへ戻すと、ポケットの中で膨らんでいく換金手形の感触を確かめた。
これでベスト4進出。
オッズの払戻金は、ハンスから最新型の光学迷彩と大量のクレイモア地雷を買い占めても余りある額になる。
歓声をあげる観客席の隅——そこには、いよいよ俺をただの「出来損ない」とは見なせなくなったルシアンの、灼熱のような殺意の視線が突き刺さっていた。
コメント
1件
いやもう、今回めっちゃ笑ったわ😂 試合前にまさかの恋愛脳カオス襲来って、クロードの脳内シミュレーション崩壊シーンで声出た。「エレナ様ァァァ!」って叫ぶジャン、完全に過激オタクのそれじゃん…。でも本番のバトルは冷静にディレイかけて血の津波を塊肉に変えるクロード、マジで格好いい。計算高いのに周りが変人ばかりで振り回される主人公、この温度差がたまらん。払戻金ゲットでベスト4、次も楽しみ!🔥
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