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「……我は、もうすぐ消えるアルよ。」
夜更け、灯りの下で王耀がそう告げた。
いつもと変わらぬ柔らかな声音で。だがその瞳だけは、深い哀しみを湛えていた。
「なにを、仰って……」
口に出した瞬間、声が震えていることに気づく。
冗談だと笑い飛ばせればよかった。だが、彼の目を見た瞬間、その言葉が真実であると悟ってしまった。
「心配するな、菊。……ただ、最後まで一緒にいられたら、それでいいアル。」
胸を締め付ける痛みを覚えながらも、菊はうなずいた。
それからの日々は、不思議なほど「いつも通り」だった。
茶を淹れ、並んで庭を眺め、他愛もない会話を交わす。
まるで何事もないように、穏やかな時間を重ねていった。
けれど、心の奥底では恐怖が燻り続ける。
やがて訪れる「その時」を思うだけで、息が苦しくなる。
それでも笑顔を崩さなかったのは、約束したからだ。最後まで――共にいると。
――だが。
その瞬間に、菊は居なかった。
ほんのわずかな用事で部屋を離れた、そのわずかな隙に。
戻った部屋には、静寂だけが残っていた。
机の上は整えられ、茶器は空のまま。
そこに居たはずの人影は、どこにもない。
「……え?」
目を瞬かせた。
何かが欠けている。何を失ったのか、分からない。
書類にも、記録にも、写真にも、欠けはない。
それなのに。
頬を伝うものがあった。
涙だった。止めようとしても、次から次へと溢れてくる。
「どうして……私は……泣いているのだろう……」
理由は分からない。記憶もない。
だが胸の奥は焼けるように痛み、心は引き裂かれるように叫んでいる。
――まるで、かけがえのない誰かを喪ったかのように。
涙に濡れた視界の向こう、ただ夜の闇だけが広がっていた。