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今更になって九尾太宰と酒呑童子中也を書いていないことに気づきました。
にょたゆりです!!!
酔っ払った中也が太宰に甘えてるシチュが好き。
夜の帳が下りる頃、山背の冷たい風が竹林を揺らし、葉と葉が擦れ合う微かな音だけが周囲を満たしていた。人間たちの営む里から遥か離れた、妖どもの蠢く深い山奥。そこには、およそこの世のものとは思えないほど豪奢で、同時にどこか寂寥感を漂わせる古びた庵がぽつりと佇んでいる。
その庵の濡れ縁に、二人の少女の姿があった。
一人は、燃えるような緋色の髪を無造作に結い上げ、小柄な身体に不釣り合いなほど大きな酒器を抱えた少女。名を中也という。彼女の背後には、時折その気配を震わせるだけで周囲の重力を歪めてしまうほどの荒々しい神気が渦巻いていた。この山の長であり、恐るべき怪力と神速を誇る鬼の頭目――酒呑童子。だが、現在の彼女にその恐ろしさは微塵もない。普段の威風堂々とした佇まいはどこへやら、衣服の合わせも乱れたまま、琥珀色の瞳を熱っぽく潤ませて完全に酩酊していた。
そしてもう一人。その中也のすぐ隣で、だらしなく身を横たえている少女がいた。名を太宰という。雪のように白い肌に、底の知れない漆黒の瞳。緩やかに波打つ焦茶色の髪の間から覗くのは、ぴんと立った獣の耳だ。そして、彼女の腰の辺りからは、夜の闇に溶け込むような、けれど不思議な光沢を放つ九本の大きな狐の尻尾が、まるで生き物のようにゆらゆらと揺らめいていた。数多の国を滅ぼし、天変地異すら引き起こすと恐れられる大妖――九尾の狐。しかし彼女もまた、今はただの退屈そうな、けれどどこか満ち足りた表情を浮かべる十五歳ほどの少女に過ぎなかった。
二人は、生まれ落ちたその瞬間から女の子だった。人間の男たちが勝手に作り上げた「酒呑童子」や「九尾の狐」の伝承など、彼女たちにとっては知ったことではない。二人が出会ったのはほんの数年前、互いの力がぶつかり合い、山一つを消し飛ばしかけた最悪の邂逅が始まりだった。それからというもの、喧嘩を繰り返し、時に手を組み、気づけば言葉にせずとも互いの隣が定位置になっていた。付き合っている、という自覚はある。しかし、どちらが上でどちらが下か、どちらが守りどちらが守られるかといった、人間が好むような「受け攻め」「凹凸」「上下」などの境界線は、彼女たちの間には存在しない。ただ対等に、魂の根底で結びついた二匹の怪異としての、形のない愛着がそこにあるだけだった。
「ん……おい、太宰ぃ……」
中也がろれつの回らない声で呟き、抱えていた瓢箪から直接、なみなみと注がれた神酒を煽った。
ぷは、と荒い息を吐き出す彼女の頬は、林檎のように真っ赤に染まっている。お世辞にも上品とは言えない飲み方だが、その小さな唇から溢れた一滴の酒が顎を伝い、白い首筋へとしなだれていく様は、妖艶という他ない。
「なぁに、中也。またそんなに飲んでるの? 鬼の頭領が聞いて呆れるよ。お酒の神様なんて言われてるくせに、自分の許容量も分かってないんだから」
太宰は肘をついて頬杖をつきながら、呆れたように、けれどどこか楽しげに目を細めた。
中也は太宰の言葉に、ふん、と鼻を鳴らそうとしたが、上手く息が抜けずに「へふ」と気の抜けた音になってしまう。それが自分でも不満だったのか、中也は眉間に皺を寄せ、手にした瓢箪をごとりと床板に置いた。
「うるっせえ……。俺の、酒が……弱いんじゃ、ねえ。この酒が、美味すぎるのが……悪いんだよ……」
「はいはい、分かったから。そんなに睨まないでおくれよ。怖い怖い」
太宰はちっとも怖がっていない口調で笑うと、自身の九本の尻尾のうちの一本を、気まぐれに中也の目の前で揺らしてみせた。
その瞬間、中也の琥珀色の瞳が爛々と輝いた。まるで、目の前で猫じゃらしを振られた子猫のような反応だった。普段の傲岸不遜な中也が見せたら、手下の鬼たちが卒倒するような無防備さだ。
「あ……」
中也は、吸い寄せられるように手を伸ばした。
太宰の九尾の尻尾は、一本一本が人間の大人の胴体ほどもある、圧倒的なボリュームを持っている。毛並みは極上の絹糸よりも細く、しなやかで、夜露を浴びて淡い燐光を放っているようにすら見えた。中也はそのうちの一本を、両手でぎゅっと抱きかかえるようにして掴んだ。
「うわ……ふわふわ、だ……」
中也は顔を尻尾の毛並みに埋め、すりすりと頬を寄せた。
鬼の肌は強靭で、刃物すら通さないと言われているが、中也の頬は柔らかく、少女特有の瑞々しさを持っている。その柔らかな肌が、狐の毛並みに沈み込んでいく。中也はうっとりとした表情を浮かべ、今度は両手で毛をせっせと揉み解すように弄り始めた。
「ちょ、ちょっと、中也……!? くすぐったいってば!」
太宰は思わず身を震わせ、耳をぴんと後ろに寝かせた。
九尾の尻尾は、大妖としての魔力の源泉であり、同時に極めて敏感な動性感帯でもある。それを、加減を知らない鬼の怪力(これでも中也なりに手加減はしているつもりなのだろうが)で、わしわしと、揉みくちゃにされているのだ。変な声が出そうになるのを、太宰は必死に噛み殺した。
「ふわふわ……気持ちいいなあ、これ。太宰のくせに、生意気な毛並み、しやがって……」
「中也お酒弱すぎない……?」
太宰は引き攣った苦笑を浮かべ、自分の尻尾を中也の腕から引き抜こうとした。しかし、中也はそれを許さない。ふん、と鼻を鳴らし、さらに力を込めて別の尻尾まで巻き込んで抱きしめた。今や二本の太い尻尾が、中也の小さな身体を包み込むようにして捕らえられている。
「離さねえ……。これは、俺の特等席だ……」
「私の尻尾を寝床代わりにしないでよ。まったく、これだからおこちゃまの鬼は困るんだ。十五歳にもなって、お酒に呑まれて甘えるなんて、恥ずかしくないのかい?」
「甘えてねえ! 俺は、この毛皮の……品質を、確かめてやってるだけだ……!」
言い張りながらも、中也の動きはどんどん鈍くなっていった。
酒の勢いと、狐の尻尾のあまりの心地よさに、急速に眠気が襲ってきているようだった。太宰の尻尾は温かい。夜風で冷えかけた中也の身体を、優しく包み込んで温めてくれる。中也はふにゃふにゃと弛緩した顔で、太宰の尻尾を毛並みに逆らうように撫でたり、逆に毛並みを整えるように優しく撫でさすったりを繰り返している。
太宰は、溜息を一つ吐いた。
これ以上抵抗しても無駄だと悟ったらしい。寝かせた耳を少しだけ戻し、中也の様子をじっと見つめる。
普段の中也は、誰よりも強気で、口が悪くて、すぐに手が出る暴れん坊だ。同じ女の子だというのに、手加減というものを知らない。けれど、こうして酒に酔い潰れた時だけは、その獰猛な爪を綺麗に隠して、ただの寂しがり屋の少女になる。そのギャップが、太宰にとってはたまらなく愛おしく、同時に少しだけ意地悪をしたくなる要素でもあった。
「本当に、中也は私に無防備だね。私がその気になれば、今ここでその可愛い首を絞め落とすことだってできるんだよ?」
「やってみろよ……。返り討ちに、してやる……」
中也は目を閉じたまま、口先だけで反論した。
その言葉に、太宰は小さく吹き出した。返り討ち、ねえ。今の中也のどこにそんな力があるというのだろう。尻尾に顔を埋めて、すーすーと小さな寝息を立て始めているというのに。
「嘘つき。もう眠りかけてるじゃないか」
太宰は、自分の身体を少しだけ中也の方へと近づけた。
中也に捕らえられていない残りの尻尾を優しく動かし、中也の背中や肩を覆うようにして、夜風を遮る壁を作る。二人の距離は、完全に零になった。中也の体温が、太宰の肌へと伝わってくる。熱い。鬼の体温は人間よりも少し高いが、酒が入っているせいで、今の中也はまるで小さな暖炉のようだった。
太宰はそっと手を伸ばし、中也の緋色の髪に触れた。
昼間の戦闘で乱れ、酒のせいで少し湿り気を帯びた髪は、絹とは違う、どこか野性的な力強さを持った手触りだった。それを指先で優しく梳いていく。中也は、髪に触れられるのが心地いいのか、小さく「ん……」と声を漏らし、さらに太宰の尻尾に身体を押し付けた。
「……ずるいなあ、中也は」
太宰は、誰に聞こえるでもない小さな声で呟いた。
自分たちは付き合っている。けれど、人間の男女のように、形に嵌まった関係ではない。どちらが主導権を握るわけでもなく、ただ二人の間にある圧倒的な力と、それ以上に深い結びつきだけで繋がっている。
時には、太宰が中也を翻弄し、泣きそうな顔にさせることもある。逆に、中也の真っ直ぐな言葉や行動に、太宰の張り巡らせた策謀や心の壁が木端微塵に砕かれることもある。受け攻めなんていう矮小な概念は、この二人には必要なかった。ただ、互いが互いの欠かせない半身であり、唯一無二の理解者であった。
「なあ、太宰……」
完全に眠ったかと思われた中也が、薄く目を開けた。
その瞳は、まだとろんと霞んでいる。けれど、真っ直ぐに太宰の顔を見つめていた。
「なんだい? まだ起きていたの」
「お前……どこにも、行くなよ……」
中也の小さな手が、尻尾から離れ、太宰の着物の袖をぎゅっと掴んだ。
その力は驚くほど弱かった。いつもの怪力はどこへ行ったのかと思うほどに。ただ、離したくないという強い意思だけが、その指先に込められていた。
「私は九尾の狐だよ? 気まぐれで、嘘つきで、人を騙すのが生業の、大妖だ。明日の朝には、中也の宝物を全部盗んで消えているかもしれないよ?」
太宰はわざと意地悪な笑みを浮かべて言った。
しかし、中也は小さく首を振った。
「消えたら……世界の果てまで、追いかけて、ぶっ飛ばす……。だから、逃げられると、思うなよ……」
「ふふ、それは恐ろしいね。鬼の追跡から逃れるのは、いくら私でも骨が折れそうだ」
太宰は、掴まれた手をそっと自分の手で包み込んだ。
中也の手は、太宰の手よりも一回り小さい。けれど、剣を握り、拳を振るってきたその手には、確かな戦士の硬さがあった。太宰はその手の甲に、自身の唇をそっと寄せた。
「行かないよ。どこにも行きやしないさ。私には、この退屈な世界で、君以上に面白い玩具も、愛しい怪異もいないんだから」
その言葉が、中也の耳に届いたかどうかは分からない。
中也は、太宰の言葉を聞くと、安心したように今度こそ完全に瞼を閉じた。規則正しい、小さな寝息が庵の静寂に響き始める。
太宰は、中也の寝顔をしばらく無言で見つめていた。
普段の刺々しさが消え失せたその顔は、ただの十五歳の、どこにでもいるような、けれど世界で一番綺麗な女の子の顔をしていた。太宰は、自分の胸の奥が、じんわりと温かいもので満たされていくのを感じた。
「……本当にお酒、弱いんだから。明日起きたら、絶対に頭が痛いって騒ぎ立てるよ、君は」
太宰は苦笑しながら、中也の頭を優しく自分の胸元へと引き寄せた。
中也は、無意識のうちに太宰の首筋に顔を埋め、ふにゃふにゃと身体を擦り寄せる。太宰の九本の尻尾は、今や完全に中也を繭のように包み込んでいた。
夜はまだ深い。
人間たちの世界では、様々な陰謀や戦いが渦巻いているのだろうが、この深い山奥の庵には、そんなものは届かない。ここにあるのは、ただ二人の少女と、静かな夜の空気だけだ。
太宰は、中也の温もりを感じながら、自身の目を閉じた。
狐の耳が、夜風の音を拾う。中也の心音が、太宰の胸に心地よく響く。
明日になれば、また口の悪い鬼と、意地悪な狐に戻って、飽きもせず喧嘩を始めるのだろう。けれど、この夜だけは、互いの境界線をすべて溶かし尽くした、二人だけの特別な時間が流れていた。
「おやすみ、中也。可愛い私の鬼さん」
太宰の囁きは、優しく夜の闇へと溶けていった。
中也の抱きしめる九尾の尻尾が、愛おしげに、その背中を何度も、何度も、優しく撫で続けていた。
コメント
7件
狐太は本当に大好き…! そして狐太のしっぽふわふわする中也も可愛いすぎる いつも素敵な作品をありがとうございます!!
(⋈◍>◡<◍) 。✧♡ナゲ うん、普通に好きです。それしかいうことが見つからないッ‼‼相変わらずの凄い語彙力でございますね……うらやま
第16話、拝読しました。酔っ払った中也が九尾の尻尾に顔を埋めて「ふわふわ」と蕩ける姿、可愛すぎて胸がぎゅっとなりました…!普段の凶暴さとのギャップがたまらないですね。太宰が「行かないよ」と囁くラストの温かさも、左右なしで対等に繋がる二人の関係性が美しくて、何度も読み返したくなる回でした。