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こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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「命令」や「希望」を口にすると相手を従わせてしまう、不思議な力を持った桃さんのお話です(最終話)
あにきは筋トレのためにジムへと向かい、子供組は夕飯を食べに行くのだと部屋を後にした。
誰も違和感を覚えることなく、なんとか打ち合わせを終わらせられた…そう思ったけれど甘かった。
「ないこ、おつかれ」
まろは、椅子に座ったまま動かなかった。
あにきの誘いも子供組からの外食の誘惑にも応じず、資料をとんとんと机の上で整えながら会議用の長い机の向こう側から声をかけてくる。
にこりといつもの穏やかな笑みを浮かべていて、労うような言葉をかけてきた。
「…うん、おつかれ」
微笑み返したつもりだったけれど、うまくいったかは自信がなかった。
もしかしたら頬が引きつってしまっていたかもしれない。
それを証明するかのように、まろは笑んだまま言葉を継いだ。
「何かあった?」
表情は優しいのに、こういう時に追求の手を緩めないまろは優しくないと思う。
こっちが聞かれたくないと分かり切っていることでも遠慮なく踏み込んでくる。
……いや、違うか。聞かれたくないと思いつつも、本当は心のどこかで聞いてほしいと思っているからまろは追ってくるんだ。
こういう時のまろは、何を言ってもごまかせないと知っている。
「それ以上聞くな」と口にすれば、この会話を終了させることはできる。
俺にとってそれは楽勝なことだ。だけど、それだけは絶対に自分に許すことはできない。
「……まろ、『言霊』って…信じる?」
だから、気づくと自分でも意識しないうちにそう口にしていた。
話して引かれたとしたら……その時は「忘れろ」とでも言えばまろの記憶を消すことができるだろうか。
そして俺はそうなった時、その卑怯な手段を選ぶことができるんだろうか。
回らない頭ではそんなことを考えてもちっとも答えは出ない。
「言霊? …って、あれ?口にした言葉がそのまま現実になる…みたいな」
問い返すまろの言葉に、「うん」と小さく頷く。
「俺、その力持ってるんだよね」
まろからしたら寝耳に水みたいな告白を口にした。
斜め前の辺りに座っているまろは、その青い瞳を大きく見開いていく。
その表情には気づかないふりをしたまま、俺は今までのことを話した。
子供の頃のこと、そして今まで俺がどれほど意識的に命令構文を使わないように気を付けてきたのかということ…。
こんな特異体質、捨てられるなら捨ててしまいたいほど疎ましいと思っていること。
嫌いなはずのこの力を、さっき初めてメンバーに使ってしまったこと…。
「……そっ…か…」
聞き終えたまろは、なんと声をかければよいものか言葉を探しているのかもしれなかった。
少し思案するように視線を周囲に巡らせた後、ふっと息を吐く。
「…それは……しんどかった、よな…」
こんな話を「嘘だ」とか「疲れてるんだろ」なんて一蹴せずに、戸惑いながらもそう口にするまろ。
そんな「あいつらしさ」に、俺は目の奥がつんと熱くなるのを感じた。
「…それでかなぁ。さっき、一瞬だけ不思議な感覚に陥ったけど…」
確かに声が出せなかった、とまろは続ける。
現実に自分が体感したせいで、俺の話に納得してくれるのも早かったんだろう。
身をもっての体験が、にわかには信じ難いようなこともすんなりと受け入れざるを得なくなる。
「んー…でもないこは、一個だけ勘違いしとるかも」
机に肘をついた態勢で、まろは小さく首を傾げて俺を見た。
…勘違い…??? 突然降ってわいたようなその言葉に、俺はもう一度目を瞠った。
「ないこに『命令』されたときって、ふわふわ頭と体が浮くような感覚っていうんかな…夢見心地、みたいな? だからないこが思うように、命令された人間は別に苦しいわけでも辛いわけでもないよ」
「そんなわけない…! 昔、妹だって辛そうだったし…」
「それはその時の『命令』が『体調不良』やったからやろ? でも今回は違ったよ。思うように喋られへんだけで、どこかが痛いわけでも辛いわけでもなかった」
「……っそんなわけ…っ」
「ないこ、自分が『命令』されたことないやん。『そんなわけない』なんて言葉も言えんはずやろ」
ふふ、といつも通りの笑みを浮かべるまろはこれでもかというくらいに眉を下げる。
こんな話をした俺に引くわけでもなく軽蔑するわけでもないその変わらない様子に、ひどく安心する自分もいた。
「なんかなぁ、ふわーってして、口開こうとしても声が出んのに苦しくなくて…今思うと、『支配されたい』みたいな気持ちになるんかも」
「……何それ」
「強キャラ感でるよな」
俺の気持ちを軽くしようとしているのか、まろは今度は「ひひ」と笑ってみせる。
だけどそのすぐ後、その笑みをふっと消した。
真剣な表情に戻り、かたりと音を立てて椅子から立ち上がる。
机に手をついて、正面のこちら側に身を乗り出した。
もう片方の手が伸びてきて、俺のピンク色の髪に触れる。
「何年も何年も…言いたいことも我慢せないかんって…、辛かったよな」
すい、と手が髪を撫でたのは気のせいだろうか。
サイドの髪を滑ったと思ったそれは、今度は頭の上に乗せられた。
ぽんぽん、と子供をあやすみたいに優しく叩く。
「でもさっきの話やったらさ、うっかり命令を口にしても取り消す言葉を使えば大丈夫そうやん。そんなに怖がらんと、自分をセーブするん控えてみたら?」
「……とんでもない提案してくるじゃん」
「んはは」
頭を後ろにのけぞるように動かすと、すっとまろの手が自然と離れた。
その提案を拒む意思表示のようなものだった。
「無理だよ。お前も言ったじゃん、『支配されたい』気持ちになるって。他人の心なんて俺がそうやって勝手に支配していいものじゃないじゃん」
「だから、失敗したなとか後悔したなって思ったら取り消せばよくない? そうでもせな、ないこだけがこれからもずっと我慢することになるやん。ないこは周りの人間の心を守ろうとしてくれるけどさ」
俺の頭から離れたまろの手が、空を掻く。
かと思ったけれど、あいつはその手をそれでもまた俺の方へ伸ばした。
今度は頬に触れる。
冷たい指先に触れられているのに暖かい…矛盾した感覚。
暖かさと共に訪れた悦びのような感情に、一度身震いしそうになってしまった。
「じゃあないこの心は、誰が守ってくれるん?」
指先が頬を撫でたかと思った次の瞬間、今度は大きな手のひらが包み込むようにして触れた。
「ないこの希望とか言いたいことは、全部飲み込まなあかんの?」
さっきこらえたはずなのに、また目の奥がツンとする。
それをごまかすかのようにごくんと息を飲み下すと、目の前のまろはきれいな青い目を細めて微笑んだ。
「何でもいいよ。試しに口にしてみ? ほとけにタスク全部終わらせるよう命令でもしてみる? それでほとけがタスク漬けになって辛そうやったら、解除してやろ」
困るいむを想像したのか、まろはまた「ひひ」と楽しそうに笑った。
これもこちらの心を軽くするための気遣いみたいなものなんだろう。
それが分かったから、俺は一瞬だけ目を伏せた。
俺の頬を包むまろの手に自分のそれを重ね、意を決したように再び顔を上げる。
「……何でもいいの?」
問い返した俺に、まろは「いいんじゃない?」とまた笑った。
……あるよ、一つだけ。
何よりも自分の心を侵食していて、ずっと……ずっと口にしてみたかった言葉が。
もう長い間自分の中で押し殺すと決めていた言葉が。
「?」
一瞬黙りこんだ俺を、まろは微笑んだまま首を傾げて見つめ返す。
その目をまっすぐに見据え、俺はもう一度唇を開いた。
「俺のこと、好きになってよ」
そう告げる声は、自分でも驚くくらい低かった。
言ってはいけないとずっと押し込めていた言葉だから当然だ。
それでも口にした途端、言葉にならない解放感と安堵感にと共に、どっと疲労が押し寄せる。
目の前のまろは、大きく目を瞠った。ぱちりと深く瞬きをする。
…あぁ、これでまろは俺のことを好きになってくれるんだろう。
俺の「希望」通り、毎日愛を囁いてくれるんだろうか。
俺の好きな声で、そこにまろの意志なんて関係なく。
きっと俺は、すぐに後悔する。
自分の意志じゃないまろの言葉に、身を切り裂かれるほどの罪悪感に押し潰されるに決まってる。
やっぱりこんなのは間違ってる。
こんな言霊なんかで、人の想いを縛っていいはずがない。
まろにだって好きな人はいるかもしれなくて、その誰かとの未来が待っているかもしれないのに。
「…うそ、今の取り消す。俺のこと好きにならないで」
すぐに告げた取り消しの言葉。
まろはこの後、この時のことを覚えているんだろうか。
…いいや。もし覚えていたら、今度は記憶を消すように…俺との今日のこの会話を全て忘れるように命令してしまおう。
それはまろのためだ。じゃないと今後まろが苦しむことになる。
俺のことを好きになれないから、俺を救えなかったことで自分を責めるかもしれない……そういう、優しい奴だから。
「……ないこ」
頬を包み込んでくれたこの手だけで、俺はもう十分だよ。
重ねたそれに力をこめて、そのまままろの手を俺の頬から引きはがす。
静かに呼びかけてくるまろの声に言葉を返しはしなかったけれど、目線だけは外さないように見つめ返した。
そんな俺と絡んだ青い眼差しが、ふっと緩やかな色を宿し直した気がする。
「……効いてないかも、『命令』」
続けたまろの言葉に、「え」と思わず盛大に眉を顰めた。
「…どういう…こと?」
「んーさっきは『喋るな』って言われたまさにその瞬間にふわーってなった感じやったけど、今は最初の言葉言われたときも何の特別な感覚もなかった」
つまり…俺に「好きになれ」と言われても支配された感覚はないということ…?
そんなはずはない。幼い頃から、今まで一度も俺の言葉を回避できた人間なんていない。
「…あ」
何かを思いついたように、まろは声を上げた。
茫然とした思いでそれを眺めていると、あいつはもう一度俺を正面から見据えて微笑んだ。
「分かった。最初から『そう』やったら、ないこの希望も命令も何の意味もないんやわ」
そっかそっか、そういうことか。
なんて言って、まろは一人で納得して頷いている。
嬉しそうに目を細めているその姿を、俺は呆気にとられて見上げることしかできなかった。
「『そう』って……どういう…こと?」
震えそうな声で何とかそれだけ尋ね返す。
問われたまろの方は、俺から引きはがされたはずの手を懲りもせずにまたこちらに伸ばした。
今度は親指が下唇をなぞる。
「ずっと前から、ないこのことが好き」
言いながら、まろの親指が俺の唇をそっと割った。
差し込まれるほど乱暴ではないのに、下唇の少し内側を撫でるように触れる。
…うそだ、という言葉は声にならなかった。
まろはそんな嘘をつく奴じゃないことは知っている。
俺を慰めるためだけにそんな演技をする奴じゃない。
「好きになって」という希望が無効だった以上、「やっぱり好きにならないで」なんて懇願もこいつの前じゃ何の意味も成さなかったんだろうか。
あの時喋れなくなった5人とは違う…、今のまろの目は確かに正気と自我を保っているように見える。
「いくらないこの力がすごくても、俺の意志はないこの言葉じゃ動かせんみたい」
そんな自画自賛みたいな言葉を優しく笑いながら言うから、俺は思わず泣きたくなってしまった。
「ないこ、キスしてもいい?」
重ねて尋ねられて、俺はもう潤みかけていた視界でもう一度正面にまろを捕えた。
唇をなぞる感覚が心地よくて、小さく頷く。
「…キスして、まろ」
そんな俺の命令に似た懇願も、先にまろの意志が存在する以上効果なんてなかった。
言霊に支配された様子もないまろは、笑んだままの唇をそっと俺に重ねる。
俺の希望も願望も、これから先ずっとこの男だけは縛りつけることができないのかもしれない。
そんな予感に胸を震わせながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
コメント
2件
最高です! やっぱり青桃はてぇてぇ
2話まで見てやっとタイトルの意味が分かりました...タイトルの由来を考えるのもとっても楽しいですっꉂ🤭︎💕 青さんが包容力の塊でほっこりしちゃいました...💕 希望よりも実際の想いの方が強いのにきゅんときました!このお話別サイトで閲覧して大好きなのでここでも見れて嬉しいです😭😭💕