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#ワンナイトラブ
おまる
ハネムーンから帰国して、数ヶ月。
私たちの生活は、劇的に変わったようでいて、その実、心地よいリズムを刻み続けていた。
「高橋さん、こちらの資料の確認をお願いします」
「はい。すぐに見ますね」
オフィスで「高橋さん」と呼ばれて顔を上げるのにも、ようやく慣れてきた。
私は今、リーダーとして新しいプロジェクトを牽引しながら
徹さんの「最良のパートナー」としてバリバリと働いている。
薬指で鈍く光るプラチナの指輪は、今や社内の誰もが知る、私たちの絆の証明だ。
「……高橋夫婦って本当にかっこいいなぁ」
「専務と並んで歩いてる姿、まるでお手本みたいな理想の夫婦ですよね」
後輩たちの憧れの視線を背中に受けながら、私は廊下で徹さんとすれ違う。
彼は相変わらずの「鉄の面」で、鋭い指示を部下に飛ばしているけれど。
私と視線がぶつかる一瞬だけ、その瞳がふっと柔らかく細められるのを、私は知っている。
◆◇◆◇
仕事帰り
私たちはあえて車を使わず、一年前と同じように夕暮れに染まる街を歩いていた。
「……懐かしいですね。あの日も、こうして一緒に帰りました」
足を止めたのは、あのエレベーターの前。
一年前、人生のどん底にいた私を、彼が強引に捕まえたあの場所だ。
「……あの日のエレベーターの事故が無ければ、きっと今ほどの俺はいないよ」
徹さんは私の隣に立ち、そっと私の手を握りしめた。
手袋越しではない、直接伝わってくる彼の体温。
かつては冷徹で遠い存在だった彼の横顔が、今は何よりも身近で、愛おしい。
「結衣。あの時、君に彼女のフリを頼んだ自分を、生涯最高の判断だったと誇りに思っているよ」
「……ふふ、ビジネスライクな言い方ですね」
私が笑うと、徹さんは私の腰をぐいと引き寄せ、沈みゆく夕日を背に、私の額に優しく唇を寄せた。
「嘘から始まったとしても、君を愛したことだけは、僕の人生で唯一の真実だ」
「…この先、何があっても、俺は君を離さない。君の隣は、世界で一番価値のある特等席だから」
「……ふふ。私も、ずっとここにいますよ。徹さんの奥さんとして、そして、最高のパートナーとして」
一年前の私には想像もできなかった、光に満ちた現在。
そう確信できるのは、私たちが多くの困難を乗り越え、嘘を真実へと変えてきたから。
エレベーターが到着し、扉が開く。
私たちは互いの体温を確かめ合うように強く手を繋ぎ、新しい明日へと続く一歩を踏み出した。
夕暮れの街に溶けていく二人の影。
そこにはもう、偽りの契約など必要のない
永遠の愛だけが満ちていた。
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