全くを持って予想外だった。
葉子が坂本を殺そうとするなんて。
坂本が吉良を逃がそうとするなんて。
いろいろ計算は狂ったが。
―――まあ、悪くない。
私は、猟銃の冷たい感触を楽しみながら、地上への階段を上った。
葉子は坂本を撃ったので、その指に硝煙反応が残っている。
一発も二発も同じだ。大丈夫。
葉子が吉良も殺したということにすればいい。
そして自暴自棄になった彼女ともみ合いになって、殺されそうになった私が止むなく彼女を撃ったことにすれば、正当防衛は成立するはずだ。
一発も二発も同じだ。大丈夫。
「……ふふ」
笑いが込み上げてきた。
なんだ。
紆余曲折はあったものの、すべて思い通りになったではないか。
自分を愛してくれない男に失意の葉子。
いろいろ知りすぎた坂本。
そして父の皮を被らされ、愛され続けた吉良。
全員が死ねばハッピーエンドだ。
彼はこの家から逃げられない。
そして私は猟銃を持っている。
「使い方、教えてくれてありがとうね。お父さん」
笑いながら仏間の脇を通過する。
ギイ。
扉の音がした。
ーーーそう。そうよね。もうあなたにはそこしか逃げる場所がない。
私は笑いながらインナーガレージに向けて歩き出した。
仏間に散乱していたはずの遺影がないことには、
気が付かなかった。
インナーガレージに続くドアは、向こう側から鍵がかけられていた。
「無駄なことを……」
鼻で笑いながら、そのドアノブめがけて一発銃弾を放つ。
バキバキと音を立てて、鍵が扉ごと飛び散った。
私は宙を見ながら考えた。
これで―――4発?
外で葉子が坂本を撃ったのが1発目。
地下室で葉子が坂本を撃ったのが2発目で、
3発目は私が葉子を撃った。
合っている。これで4発目だ。
この散弾銃の装弾数は5発。
あと一つ、弾は残っている。
私は扉を足で開けようとした。
「―――?」
開かない。
銃弾で開いた穴から中を見る。
脚立やら古い椅子やら壊れた長机なんかで簡単なバリケードができていた。
「無駄なことを」
私はもう一度言いながら、穴から手を入れてその粗末なバリケードを脇に押しのけていく。
やっと扉が開いた。
私は中に足を踏み入れた。
ぷうんとオイルの臭いが香る。
裕孝のブレーキフルードに細工をしたとき、垂れたオイルの匂いはなかなか取れずに、数ヶ月経った今でもこうしてガレージに入った瞬間だけ臭う。
壁にある照明のスイッチを押す。
「?」
点かない。どうやら電球を割られているようだ。
「小賢しい真似をしてくれるわね」
こんなことをしても無駄なのに。
袋のネズミとはこのことだ。
電動シャッターは四桁の暗証番号を押さないと開かないため、出られない。
車2台分のスペースの狭いガレージ。
隠れるところなんてない。
おそらくは葉子の真っ赤なビートルの影に彼はいる。
気配はある。
僅かだが息遣いも聞こえる。
私は猟銃を構えたまま、死角ができないように壁に背をつきながら、ビートルの後ろ側からゆっくりと回り込んだ。
車の中もありうる。
私はスモークでよく見えない窓に目を凝らしながら、回り込んだ。
―――いない……?
そんなわけはない。どこかにいるはずだ。
視線を上げる。
目の前にサイドミラーがあった。
「――――!」
思わず声を出しそうになった。
ミラーに映った父が愛用していたオレンジのジャンパーの影に、それは見えた。
薄暗いがはっきりとわかる。
父に似せられた、その大きな目。
ミラーに映っているのを気づいていないのか。
こちらをまっすぐに睨んでいる。
「ーーーーー」
私は息を潜めて、猟銃を両手で握り直した。
引き金に指を入れる。
振り向くと同時にーーーー撃つ。
精神を集中させて、少しだけ振り返り、オレンジ色のジャンパーを視界に入れた。
心の中で狙いを定める。
弾は1発。
チャンスは1回だ。
モタモタはしていられない。
初めの銃声が響いてから時間が経つ。
地下での2発は防音だから聞こえなかったとしても、ガレージで放った1発はおそらく近所にも聞こえている。
誰かの通報でそろそろパトカーが駆け付けてもおかしくはない。
さっさと始末しないと。
―――お母さん。私を、守ってね……。
私は息を吐いた。
――全部、あんたのためにやってんだから!!
私は目を見開くと振り返り、ジャンバーに向かって最後の1発を撃ち込んだ。
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